ちょっとした失敗、からのぉ素材調達
「……主様、この惨状の説明を請うのだが?」
「……聞くな」
俺からカゴメをひっ攫ったメア達は、説教ついでにダンジョン探索の汚れ落としとひとっ風呂したらしい。そろってホカホカと湯気をまとい、頭からバスタオルを被った何故か普段よりも露出率の低い恰好で戻って来た。
そして出会ったのが、部屋中赤錆まみれで汚れきった状況である。正直、俺でも風呂上がりに見たいとは思わん状況だ。メアやカルエの汚物を見下げるような視線にも納得するしかない。
「いやまあ、ちょっとゲーム仕様からの変化を見間違ってな。でもつい根詰めたら止まらんかった」
カゴメの超貧弱ステータスを確認した俺は、早急な防御能力が必要と考えた。で、出た答えはカルエと同じく前衛から下げた位置で魔攻重機で守るというもの。しかも後衛とは言え直接戦闘は考えない。だから選択するのは紙装甲な軽量型ではなく、どんな攻撃も避けずに耐えれる超重量型だ。割りきった言い方をするなら動くシェルターでもいい。
で、カルエのと同じ感じでサクサク形にしていったんだが、まあなんだ。見事に失敗したんだな。
メニューから重量型の骨格を選び、脳内設計内で頑丈さ優先のコクピットや分厚い装甲をはめ込み、普通に移動できる手足をあつらえる。そのつもり程度だったんだが、基本形状を組んだ時点で見事に破綻した。どうやら素の素材強度や駆動負荷を考えず、無理やりスキルで補ったのが悪手だった。その場は治まっても、結局それで感知しきれない別のトラブルが誘発され、最終的には構造を維持できない破壊状態となったのだ。
で、これはもう最初からやり直しと一度素材に還元しようとしたら、機体のほとんどが還元失敗、みごとスクラップ化を通り越した完全廃棄物な錆の塊と化したのだった。
しかもまあ、そうなった途端アイテムストレージからすら掃き出された。魔攻重機三機分の錆が部屋にぶちまけられたとなれば、この惨状も当然だろう、ということで現状の有り様となったのである。
ちなみに最初の一機分は不可抗力だ。残り二機分は単なる意地の結果である。反省。
ううむ、まさか【Paradise of Fauve ♂】の現実化でこんな変化が起きてたとは、スブキ・キザオミ、一生の不覚だ。
「こりゃリモッドキストの自称トッププレイヤーの看板は外さにゃならんなあ……」
「悔恨もいいが疾く、部屋をかたしてほしいぞ、主様」
「うわわっ、メア姉様の吐息だけで部屋が煙ってきます!」
「みくん、るいじなきおくにてきごう。これこそ、ここあぱうだぁ?」
「違うぞ、カゴメ。これは廃棄物だ。なので食うことはまかりならん」
「うい、めあ姉」
どうやら、カゴメの中でのメアやカルエはしっかり自分より上位者な立ち位置に決まったようだ。
それはさておき、実は地味にカゴメの能力でこの錆を綺麗に消してほしいと思ってたんだが、どうにも言える雰囲気じゃないようだ。面倒だが自分で何とかしましょうかい。
そんなこんなで、次の日。
俺達は揃って鉱山道の一つに来ていた。
「ふむ?」
「暗いですねえ。土の友達だらけです」
「いし? とりゅふ? みくん」
「あらあら、カゴメちゃん、ここに食べ物は無いから!」
坑道のスミに転がる石コロを食そうとしたカゴメを押し止めるカルエ。オレが単に用事があるからとついてきた女衆は、なぜ坑道にいるのかを理解してない。メアが疑問ありな顔を俺に向けてくるが、これから説明するんで今は放っておく。
「よし、情報通りまだまだ採掘の余地はあるところだな」
この坑道は、縦に割られた山の中腹あたりに位置する鉄鉱石用の廃坑道だ。チェリーフォルンの中心部からはやや離れた町外れ、といった位置になる。そして廃坑道とは言っても枯れたから放棄されたわけじゃない。ここを掘っていた時期に他の場所で大鉱床の当たりが出た。露天掘りが可能で人手はいくらあっても足りない規模だったそうだ。で、ここは一時放置され、そちらに集中。約三十年が経過してもまだ枯れる気配は無いらしく、こちらに人が戻る予定もない。
で、そんな状況が数十年なんで一部情報が欠けたらしい。この場所の近くに居住区画が配されたので、今度は崩落防止で大規模な採掘の対象にはできなくなったんだな。
採掘可能な場所は厳密に決められ、例え鉱床が続いていても掘る許可は下りない。かなり面倒な扱いの場所だってことで、結果的にこの町の住人からは放棄された感じになった場所なのである。
「そんな感じな設定で、ここはプレイヤーが好きに掘れるっていうクエスト対象の場所なわけだ」
今までの説明は【Paradise of Fauve ♂】がゲームの頃のクエスト背景だ。生産職人を気取るプレイヤーで鉱物素材が欲しいやつが、結構初期で世話になる素敵作成やら採掘系スキル上げの定番な場所なのである。
「集会所でダメ元の確認したらクエストが生きててなあ。あー、地味に助かった」
ゲーム時代、採掘素材の採集クエストは常設扱いで置いてあった。自前の素材を集めつつのクエスト報酬も狙うという一石二鳥な行動は、プレイヤーにとって必須な技能だ。俺もプレイ初期に散々お世話になった。
一応、プレイヤーが個人レベルでカツコツ掘る程度なら崩落の危険も無いし町の市場価格への変動にも影響しないだろう、という感じでのクエストたった。実際には何千人という生産プレイヤーが鮨詰めになる状態で、クエストでいう小規模な印象なと欠片もなくて微妙な気分にさせられたんだが。
オレの場合、そういう集団に混ざって延々抗夫生活する気は無かったんで、取りあえずの資金を貯めたら自前での採掘作業は早々に切り上げた。後は素材買い集めて精製したのを売り飛ばしての生産サイクルに移行して、生産系スキルが適当に上がったら拠点をコロコロと変えて適正生産を積み重ねて行った。
この行動が間違いとは今でも思わんが、それで自己中心的な活動になったのも確かであり、結果、ボッチプレイヤー化した原因の一つだったのだろうとも思う。
ま、最終的には性格以外は高水準なメアと相棒以上になったわけだから、そこに後悔する部分は……ほんの少しだけだと、思う。
「で、主様。そろそろ我々が抗夫活動する理由を教えろくださいと願うんだが?」
「うん。ぶっちゃけ鉄鋼素材の在庫がヤバい。だから自前で掘りに来た」
オレの説明にメアが「は? 何言ってんのこのバカ」という表情で返してくる。いやまメアの反応は良く解る。ゲーム時代の【PoF♂】から素材を持ち越したオレだ。極々一般的な素材である鉄鋼素材など、一生使っても使いきれない在庫を持ってて当然だと思うわけだろう。オレもそう思ってたし。だが現実は違った。無限かと思ってた在庫はいつの間にか実に微妙な量まで減っていた。むしろ在庫量としては、ミスリルやらアダマンタイトとか希少な素材の方が多かったりしたのだった。
そう言えば、ここ数年希少素材集めには躍起になってて、一般素材は買いあさりで済ませてたもんなあ。ここでもそれで済むなら問題はないんだが、一般市場は素材流通が壊滅寸前。鉄鋼素材の精製品質すらバラバラで、正直全てを買い占めてもどれだけ使えるかを調べるだけで時間をくう。それならば、鉱石状態で入手して自分で精製した方がまだ一定品質で揃えられると考えたのだ。
「確か主様のストレージ容量は、巨大タンカー並みと聞いた記憶があるのだが」
「そうだな。まあ大体四割は埋まってるな。うち素材は六割、完品二割、ガラクタ二割ってとこか」
「割合で答えるところに敢えて突っ込むのだが、そのタンカーとやら、積算容量ではどの程度なのだろうな、主様」
「……ま、おおよそ30万トンってとこか」
ちっ、誤魔化しきれなかったか。
「つまり主様は、その六割、約18万トンの中から鉄鋼素材を使いけったというわけであるな。何というか、貯蓄も無しに投資話に有り金ぶち込んで借金するようなダメ旦那の有り様であるな。まあ我は誠心誠意尽くしまくって貢ぐ覚悟はとっくにあるので問題無いが」
「えーとえーと、旦那様を嫁が支えるのは当然なので、もっとドンドン借金まみれになっても平気ですよ、ご主人様!」
「うい、たべた魔物、はんすうするよ。みくん」
「メアよ、オレをディスるならそーじゃない方向で頼む。マジで」
何で昭和初期のダメ亭主なイメージをおっ被せてくんだか、この露出狂。
「うふふふふ。我も散財っ気は主様に負けぬが、ちょっと裏通りを歩けば臨時収入には困らぬ器量と裁量の美少女である。なんなら一生ヒモ旦那として生きても好いのだぞ」
「待て、そういうのはオレは好かん」
さすがに女にそんな稼ぎをさせて生きるのは趣味じゃない。なのでそこはマジに否定しとく。
「……ふむ。あい解った。いや裏通りの雑魚NPCは、殺れば殺るほど名声と財布が潤う宝庫なのでな。出合えば即殺るのが普通になっていたのだ。とは言え、考えてみると弱いもの虐めな感もあるか。主様が嫌ならば今後は自重するとようか」
「いや待て。それは許す。というかもっと殺れ」
忘れてたが、野盗退治とか強盗退治とか、その手のクズ討伐系クエストも常時依頼で普通にあった。ゲーム時代にメアの実績ステータス見た時、悪党NPCの成敗数が十万越えという異常数字があったのって、この小遣い稼ぎの成果だったわけだな。
確かに裏路地で全裸美少女が立ってりゃ、下衆がワラワラ集まるだろう。正直、返り討ちでも当然と言える連中なので、俺たち糧のために是非集まってほしいと言える。
「それは重畳。実は試したい項目の上位だったのだ。エンマリオに帰ったら早速キャッキャウフフフフしまくろう」
あれ、なんかメアのやつ、急にヤンデレ系な表情で喜びやがるなあ。
「ゲーム時代なら早々にポリゴンで消えた人体が、この現実ではどう踊るかが楽しみだ。確か物騒な代名詞付きの裏道に『赤の路地』とかあったが、まずはそこを文字どおり真っ赤に染めてみよう。是非殺ろう」
「待て。待て待て待てっ!」
「なんだ主様、せっかく好いテンションになったのにぃ」
ううむ、しばらくぶりにメアの変なスイッチを入れちまったようだ。というか露出癖だけでも処理しきれんのに殺意の波動まで常駐されたら正直俺が保たない。
「今は採掘が優先だ。今日はその馬鹿馬力を岩の壁に発揮しやがれください」
「……むう……。あい解った、でもこんな柔い岩壁で我のテンションが治まると思われるのは人外だ。余った気分は今晩、タップリと責任とってもらうぞ、主様」
「解った解った。希望の量さえ採れればお前が満足するまで……可愛がってやる」
「ご主人様! 私だって頑張りますよ! 土の友達総動員でこんな岩山秒殺で更地にしちゃいますからっ!」
「いや待てカルエ、それは逆に困るからな。あくまで個人の範疇で掘れる程度のクエストなんだからな」
『だから何日かは炭坑婦生活だぞ』と続けるつもりだったのだが。
何故かカゴメも含めてやる気になった女衆は凄かった。
というか、この作業をゲーム時代のクエストと同じだと、どこかで思いこんでた自分が愚かだったと気づくのに少し遅かった。
メアの馬力とカルエの友人達の活躍。加えてカゴメの収納力が融合した行動力は、僅か半日の内に山の内部をスッカスカにしたのだった。
うん、そりゃ現実で鉄鉱石分が減れば、その分その土地の質量は減るわな。ゲーム時代なら虚空から補充される成分が無いんだから当然だ。そもそも、この山が縦半分に割れてるのだって長年の採掘作業の成果だって設定なんだから。そのあたりが現実化で反映されない方がどうかしてる。
というわけで、山の外観は保ったまま、中味は現在の居住区を保持する強度を保つ程度の天然岩製ハニカム構造という、町はまるでスポンジのような状態へと変貌した。俺が途中で気づかなかったのは、カルエが実に微妙な調整を披露して俺の感知外から処理したせいだった。
「もともとこの町は採掘具合で町の機能を移動するのだ。崩壊までに引っ越しできるならば問題もあるまい?」
「その崩壊原因として、町全部の引っ越し代を請求されたらタマランだろうがっ!」
「むう……」
結局、足が着くのもヤバいので下手にクエスト完了の報告もできずにソソクサと町を出た。鉄鉱素材は充分得たので、痛いのはクエスト放棄による名声ダウンくらいだ。と言うか、いっそ直ぐにでも山が崩れて俺達が生死不明扱いになった方が助かる。もちろん、住人に被害が出るなら本気で願うことじゃないけどな。
てことで、まるで夜逃げ同然に俺たちはチェリーフォルンを後にしたのだった。
後々、当然のようにチェリーフォルンの町は中味スカスカな状態を危険視されて住人総避難の騒ぎとなった。が、調査によって構造体としては強度充分な状況が判明し、住人も戻って町全体が産出する素材の倉庫として活用され始める。
また充分は資材収容能力と天然の要塞とした頑強さは軍事的な利用性も高いとされ、徐々に対魔物の軍事的拠点としての知名度を上げていく。
更には、内包するダンジョンの再活性化による資源の無限補充性によって、近隣に存在する有力勢力の注目度を上げた。
結果、ゲーム時代は単なる採掘と鍛冶の集落だったというイメージも消えて、様々な利害渦巻く混純の魔都と化すのだが、……そこに俺達が関与したという記録は欠片も無い。
……ふう。
 




