アルファ改造の顛末 ①
「主様、何をしてるのだ?」
「んー、ちょっと装備の更新が必要かなあ、とな」
冒険者稼業の合間に挟む自主的休養日。エンマリオの町にある俺のホーム。古典的2x4建築のアメリカ風住宅のリビングにて、俺は虚空にメニュー窓を幾つも浮かべて唸っていた。
メニューに並ぶのは今の俺が作れる機械やパーツ類のリストだ。武器や防具に併せて日用雑貨やら単体では何の部品か解らないレベルの詳細化した内容で、たぶん、俺以外には見ても理解できる内容じゃ無かろう。
ま、これも自分にだけは理路整然としていると認識するマイルームってのと同じだ。
で、何故俺がこんなことをしているというと。
そろそろ武装系の更新でもしようか、なんて気まぐれ気分が起きたからだったりする。
【Paradise of Fauve ♂】がゲームであった頃。武装や装備には耐久値というパラメータが振ってあった。
戦闘中のダメージとか連続使用で値は減少し、ゼロになったら破損状態。つまり使用不可能となる仕様なわけだ。
ただしその値を回復させることで、破損は無くなり新品同然へと品質が戻る。例えそれを怠って耐久値ゼロのままにしていても、単に使用ができないだけでロストとかいう扱いにはならない。
ミリタリー系ゲームだと結構ロスト処置が厳しいのが普通なんだが、そこらへん、【PoF♂】は温い基準に収まってたと言えるだろう。
ま、その分、武装や防具の入手基準が鬼厳しいんだがな。
ともあれ。
【PoF♂】がゲームから現実へと変わった現在は、そんな入手難易度の高さはそのまま、現物として存在するアイテム類には普通にロストという概念がプラスされていた。
しかも戦闘という過酷な状況で使う代物だ。その損耗率は現在のレベル平均じゃあバカにならない出費となっているのが実情だ。
こんな環境じゃあ、武装や防具がある程度自己再生で損耗を補えるマギボーグや、そもそも装備無しで素手戦闘に特化した亜人の人口比率が多いのは当然だろう。
銭捨て職とも言えるリモッドキストが激減するのも肯けるわけだ。
で、そのリモッドキストである俺も、使用限界が近くなりつつある武装類の更新に直面している。というわけなのだな。
ただし、無視しきれない状態なのは、とりあえず俺の使う物に限定できている。
メアの武装類は普段使いの義手ということで頻繁に調整しているから、あまり使用限界とか耐久値は気にしないでいい。カルエとカゴメの魔攻重機も最近形にした物なので、まだまだ限界というほど使いこんではいないしな。
俺が乗ってる装甲車両は、ゲーム時代でも二年近く乗っていた年代物だ。車体モデルは米軍のM20。青空天井のオープントップだった仕様を無理やり屋根付きにし、そこに榴弾砲内蔵型のシャーマン砲塔を載せた形にのトンデモ魔改造品となっている。全体の印象としては、M20のベースとなったM8グレイハウンドに先祖返りしたような印象だろう。正直、元が軽量化を目指した派生車にそんな改造をしたら強度的にどうなんだ、とミリタリーマニアなら問い詰めたくなるような謎構造と言える。
ま、でもそこはゲームってことで深く掘り下げる部分でもなく、一応普通には動いていたので、俺もこの環境が現実となるまでは無視できてたんだよな。
しかしだ。やっぱ現実化の影響か知らんけど、いろいろな問題は出てきたわけである。
まず分かりやすいのがサスペンション関係。砲塔丸ごとの過積載が効いてんだろう。ダンパーなんかこれ以上縮まないって感じでガッチガチだ。それでも普通に走れるって設定を生かそうとして、有り得ない反応をランダムに発揮してくれる。最初、座席の反応がトンデモなかった原因の一つはこのあたりにあるのが確実だ。
次に上がるのは車体のバランスだ。多分、元々砲塔部を積載していたM8なら充分な補正が付くんだろうが、そこを無理やり改造している設定だから補正も効かないんだろうな。とにかく、稼動時の慣性や反動がやたらと出る。トップヘビーなのは承知なんだが、このままだと急カーブすれば横転、なんて気配が濃厚な動きだったりする。
一つ註釈しとくと、トップヘビー自体がダメという意味では言ってない。むしろ【PoF♂】日本地域の常識じゃ戦闘車両となれば多かれ少なかれトップヘビーって形に収まるからだ。
まずダンジョンであれフィールドであれ、問題無しに移動可能な範囲は結構狭くなる。元となる世界が崩壊した現代で車両が行動する範囲は、自然と一般道限定ってことになるからだ。なので足まわりは普通の自動車基準となり、極端な言い方をすれば、日本の地域が舞台ならデカいアメリカ車だと車線にすら乗せれないことになる。
当然、本来の砲塔を載せるキャタピラ車両なんか大半がデカすぎる規格になるわけだ。
だから使われるのはせいぜい大型のSUV程度、軍用なら中型の装甲車両というカテゴリーに収まる。それで強力な武装を載せれば、自然とトップヘビーな車両が完成する結果となるわけだ。
現代で運用するなら車高が高い戦闘車両ってのは悪手だろう。目立つから射撃の的になりやすいし。しかし戦闘の相手が魔物となると、そうでもない。魔物の大半は全高三メートル以上の大型生物といった外見だし、むしろ射撃なら高所からの方が視界が開ける。その手の装備を使うのはリモッドキストという支援職で、普通は直接戦闘をしない職能だ。マギボーグや亜人のサポート役ならば遥か頭上からの支援射撃なわけで、結構そんな感じの方が良い結果となるんだよな。
「とは言え、アルファは見た目だけ真似た形状だし、俺の場合その車両でガチ戦もやるしだ。ここは出費を割り切って専用に調達すっかなあ……」
「ふむ。カルエやカゴメに新型を作ってモデラー気分に火がついた。というわけでは無いのだな?」
「……。まあ、そうとも言う」
せっかく精神的な折り合いをつけようとしてたのに、アッサリと俺の本能を暴き出しやがるな、この変態は。
「主様の溢れる物欲、別に抑える必要も無かろう。別にもう課金で現実を切迫させるでなし、素材で苦労するほど在庫もひっ迫してるでなし。我は主様が前々から言われておる『巨大ろぼ』作成に着手しても良いとも思うぞ」
「マスターも人型に乗り換えるんですか?」
「みくん? そうせーがったい? きもちいい?」
「メア、カルエ。ネタの出元はどっちだ? 怒らないから素直に吐け」
「「絶対怒るから黙秘で」」
いったい何時そういうネタを仕込むのやら。まあネタが全年齢アニメだからいいけどよ。
これが同じような設定でも、合体時にコクピット回りが具体的な表現をし辛い体位っぽくなる方じゃない分、まだマシなのだろうが。
「人型に未練もあるけどな。今回は車両のままにする」
人型だろうが車両型だろうが、魔攻重機の操縦の基本は思考連動だったりする。鋼鉄の四肢を自在に使うには操縦桿では役不足だから、自分の四肢を動かす気分で操縦した方が遥かに楽だ。というかそれ以外は無理だ。
ロボット系ゲームをコントローラーで動かせてるから大丈夫。なんて思う奴もいるかもだが、あれは予め決まったモーションが組まれていて、それを逐次連続的に選択してるだけというもの。言わば決まった行動パターンな動きなわけで、とても自在という言葉は使えないんだよ。
逆に車両型となると、もう百年以上ハンドルとアクセルブレーキで動いてる代物だ。それを思考で動かせるとなっても、さてどう考えたらと一瞬悩んでしまう。少なくとも、俺は悩む。
だからまあ、急に全ての操縦の常識を切り換えるのに躊躇した結果、今回は正当の戦闘車両に慣れようか、なんて気分を優先したのである。
「ま、でも格闘なら簡易クレーンでも載せて慣れるのもいいな」
「なんとも。過剰に慎重であるなあ、主様は」
「車で格闘という発想は慎重なんですかねえ?」
「たいきっく、みくん?」
「……カゴメ。念のため言っとくが、タイキックは尻限定のキックじゃねーんだぞ」
「んー。うい。すぱんきんぐ? みくん」
「おう、脱線しまくりだが一応合ってるな。って言うか、何故クレーンがキックと同列に扱われてんのかが不思議でならんが」
「そうであるな。クレーンにしろ砲身にしろ、設置位置からして適合するのはラリアットである。もしくは魔物の背丈によってはカンチョー……」
「なんで最先端兵器が肉弾攻撃前提での設置になってんだ?」
なんだか新武装っていうよりストーンゴーレムでも作るような感じになっているような。まあ、感覚的には作れそうだが、あれ一応は召喚魔術のカテゴリーなんだよなあ。
「そも、主様がクレーンでの格闘と言ったのだぞ。ならば殴打撲殺ステゴロ突攻以外にどうしろと、であろう」
「何を言う。もっと代表的な使い方があるだろう」
「えっと……人型の腕みたいに使うんですよね? マスター」
「おてて。なでなで、みくん?」
嘆かわしい。クレーンならばその基本機能を使うのは当然ではないか。
「もういい。クレーンだぞ。一本釣り以外にどう使えというんだ」
「「「……。……。……?」」」
あ、コイツ等。そろって小首傾げて『なにそれ美味しい?』って顔しやがって。
まあ、ロボット系で格闘と言えば、殴る斬るやら蹴るなどと人体での打撃戦闘を連想するのも普通だ。オプション的な要素としてドリルやパイルバンカーなロマン武装付きなら尚良しだろう。
だが忘れてはならない。打撃による攻撃とは要するに質量兵器的な効果と同じって意味であり、攻撃側には防御側より超重量でなければならないという条件も付くということを。
相手が吸収しきれない運動エネルギーを与えれなければ、幼児のポカポカ攻撃を大人がエヘラヘラを笑いながら受けるのと変わらない結果となるのだ。
まあ、すっごく単純に言えば。最低でも魔物の五倍以上の巨大な魔攻重機でも用意しないと、まともな打撃戦闘なんかてきやしない感じだ。フィールド戦闘ならともかく、移動空間の都合で魔物サイズと同等までという制限付きなダンジョン内ではとても使えない条件となる。
そんな状況でも有効な格闘戦闘となるとだ。結果的には投げや捻り主体のものとなるである。
もちろん、サブミッション戦闘なんてテクニカル過ぎるのは、人型魔攻重機でも搭乗者本人にその知識経験がなければ結果には結べれない。だが投げの系統に限って言えば、結構位置取りさえ注意しとけば、誰でも簡単に結果は出せるのである。
例えば自分に向かって来る相手を寸前でやり過ごし、通り過ぎようとするタイミングで相手の足を引っ掛けて転ばす。
これだって最小の負荷で対象に最大限のダメージを与える投げ戦闘を一つである。要は相手のバランスを崩す状況を、絶えず作るための技術ってわけなのだ。
そして、『一本釣り』。これも、その技術をクレーンという設備でなすには最適な技なのだよ。
「それが解らんとか、全く情けない」
「我はいまだに解らんが、まあ、主様に妙な拘りがあるのは理解した。うん、ガンバレー」
「マスター、カッコいいの作ってくたさいね!」
「じごくぐるま、ろくときゅう? みくん」
うん、通じない。解ッテタサ、ソノクライ。
ここで意地になってクレーンを付けるのも手なんだろうが、そうしてもなお通じなかったら心が折れる気がするのは、気のせいではないだろう。
非常に残念な気持ちでいっぱいだが、俺は新機体へのクレーン設置を泣く泣く諦めるので会った。
「ごしゅじんさま。けつるい、いたいいたいとんでけー。みくん」




