やや残念なダンジョン模様
さて、女特有の理不尽な仕打ちに気分が沈みつつも、どうやらクエストのフラグを掴んだようなので気を引き締めてる俺である。
女軍人改め、男の天敵にして俺嫁っぽい魔物のラミアンの登場で、俺達は新たな情報を得られる事となる。
実はこの展開、一応は中ボス戦の扱いだったのだそうだ。
この砦のエリアが休息エリアなんかじゃ無く、トラップだったのは予測通り。ただ問題は、この展開は昨夜の内に行われる予定だったらしい。魔物に占領された砦を攻略しつつ、最終的に襲われてる女を偽装した状況に踊らされ、オーク共を倒した後、正体を現したラミアンに仲間の何人かを魅了された状態で、即第二戦。的な流れだったのだそうな。
昼の時間なら休んでる途中での魔物の襲撃。夜の時間なら最初から魔物の集団相手といった感じに、とにかく砦に入れば展開がスタートする。その時点でこの作戦室には中ボスが配置され、この配置は戦闘が終わるか、または侵入した俺達が全滅する事で解除されるギミックとなる。
なので、侵入はしたものの夜の雑魚戦闘をスルーした俺達に対し、中ボスであるラミアンは昼間まで放置という有り様だったと言うわけだ。
ラミアンもオーク共も、そして一晩砦を徘徊していた魔物達も、その行動の根幹はワンダリングクエストのシステムに縛られたものだ。しかし、それはゲームのデータでは普通でも現実となった状況では、多少意味が変わる。
夜の間は召喚され、昼になったら返される雑魚魔物にはそう影響は無かったようだ。だが作戦室に現れたはいいが、結果半日以上を放置されてた中ボスには結構な苦痛な時間だったらしい。なんせ連中にとっては現実の状況だ。無為に時間が経てば退屈するし、腹も減る。ただでさえ理性より本能を優先する魔物に、そんな苦行が耐えれるわけがない。であるからの、あの状況だったわけだ。
シチュエーションとしては大勢のオークに襲われてる最中、という状況に俺達が出くわす。そしてオーク達との戦闘となり、それを無事乗り切っても被害者を装った中ボスからの不意打ちで深手を負う。二段構えの中々に凝った内容の設定だ。
まあ、実際に見たとしたら俺も平静でいられたかは怪しい危険度だろうな。たぶん、もう陵辱とか関係無い集団暴力だろうし。
男としての興味が無いとは言わないが、正直、そんなジャンルに興奮するほど俺は拗らせてはいないと思う。
だが実際はだ。半日放置で色々飢えてたラミアンが、前座役のオーク達を使ってその拗らせた食欲を満足させてる最中に出くわした。
どこのダンシングショータイムですかって絵面は、どうにもラミアンの熟練しきった倒錯趣向が反映された結果らしい。
しかも食事は数時間に及んでたんで、さすがに性欲魔人のオークでも連戦が利かずに交代で相手をしてたんだとか。そのドナドナ状態なマイムマイムが、あの周囲を囲む観客のような並びの正体だった。
どうでもいい正体だけどさ。
ま、そんなマヌケな演出効果があったおかげで、余計に状況を冷静に観れたのは確かなんだが。
別にオークに感謝する気もおきないが。
「ううう、最初の連中は素通りしやがるし、今回は鬼畜相手だし。DM、無茶ぶりしすぎっスよう……」
床に縫い止められたまんまで反撃も逃走も不可能なラミアンは実に軽い口調でペラペラとゲロってくれた。本の性格なのか、尋問を始めた頃は丁寧語だった言葉使いも、途中から妙にフランクで投げやりなものになっている。
「最初の連中とは?」
「お兄さんらの前に来た人間達っス。ワテらでも勘弁なあと避けたくなる臭っさくて汚い連中で、ちょうど夜時間に出くわしたからか、ここに依らずに二階層へと下りてったんです」
「……主様」
「……みなまで言うな。分かりやすすぎる外見的特徴だ。ヒントが露骨だなあ」
どうやら、クエスト導入でのライバル的な冒険者の要素は健在らしい。
「ところで、『DM』ってのは?」
「ワテらの召喚主です。ワテらは魔力を報酬に自分の存在値を貸し出しとるんです。ダンジョンでバトるんなら死んでも死なんよって、いいバイトになるんスよぅ」
……意味解らんので根気良く聞き直した。
要約すると、ダンジョンに現れる魔物は実体では無く、俺達がVRのアバターでゲームをするような仮初めの状態という存在であるらしい。そこで人間を倒せば放出される魔力は糧として吸収できる。逆に倒されても、失うのはダンジョンに送った自分の欠片的な存在なので、そう痛いものではない。当人的に言うなら、日雇いのバイト感覚でしてる魔物の世界じゃ極普通の職種の一つなのだそうだ。
「俺の聞きたかったのは『DM』のフルネームで、お前たちの雇用形態じゃ無かったんだがなあ……」
「ああっ、それやったらDM言うんは……」
「もう解ったからいい。つまりは『ダンジョンマスター』の略なんだろうが」
【ダンジョンマスター】。ファンタジー系ゲームでなら定番の存在だな。ラスボスだったりプレイヤーの一職種だったり、果ては引きニートの別名だったりとデザイン自体も様々なバリエーションがあるが、共通するのはダンジョン内ならば『ダンジョンの支配者』として絶対的な能力を持つ事だろう。
「【PoF♂】にDMなんて要素あったかなあ? A級やS級のラスボスがそうだった……かもだけど、ちょっとピンとこないなあ」
「ワテらのとこには勧誘の魔法陣が直接来るんで、DM本人には会ってないでなんとも言えへんっス」
「ちなみに、ダラシナイ無駄肉の魔物よ。受けた無茶ぶりとは、どういった内容なのだ」
「女の美点を欠片も持たない貧相な幼女はん。なんでワテより貧しいお子様に媚びらなあかんのん」
ゲームとの差異に悩んでたらメアとラミアンが剣呑な状態になってた。と言うか、このラミアンがペラペラ喋るのは媚びだったのか。
「や、俺が言うのも何なんだか、媚び売っても生き延びれる可能性は無いぞ」
「ええんです。ラミアの血統は旦那さんを立てる良妻の血統なんでス。ワテより強いだけでもう、お兄さんは傅く器なんです」
「ふむ、確かに主様は傅くに足る主人だが。一応、我は主の剣として主様より強くあるのだぞ」
「ただの道具に媚びるのは阿呆やろ。ワテが媚びるのは道具を使う強者やん」
「ふむ……なるほどな」
メアよ。そこで納得するのもどうかと思う。
というか今度は互いに同好の士と認めたような視線で見つめ合うのは止めれ。
「まあ、いいや。じゃ、メアが言ったことの答えを言え」
「はいなぁ」
ラミアンの説明によるとだ。
このダンジョンはつい最近誕生したようで、ラミアンはDMによって最初に召喚された魔物の一団なのだそうだ。そしてこのダンジョン、深い階層の作りでは無いのだが、まだ配置する魔物の総数としては圧倒的に少ない。だからか魔物は時間制でダンジョンのアチコチを掛け持ちな感じで巡回してるのだそうだ。
それは階層を跨いでという意味でもあり、俺がパッと見で魔物のレベルが階層に合わないと感じたのも、そう的外れでも無かったわけだ。
で、この砦は。そんな出来立てダンジョンへと最初に人間が来たのに合わせて生まれたそうだ。
どうも、俺たちのライバル冒険者ってのはかなり慎重な行動をとる連中だったらしい。一階層の踏破にかかった時間が約二週間。しかも一度も魔物と対峙しないよう、隠密行動しまくりで、だ。
DMとすれば最初の侵入者は後々の行動の基本とするテスト台であり、効率的な魔物の配置をするための実験役でもある。最初は徘徊ルートの調整取りで避けられるのも見逃したが、それでも時間が経過してみれば戦闘が一回も無いのは問題だと認識したらしい。
で、無理やりでもその状況を作ろうとして、その答がこの砦というわけだ。
「しかし、あっさり無視して行かれたわけだな」
「そうなんス」
さっくり逃げられないように無人の砦を装ったが、それも見抜かれたかで素通りされたそうだ。半日遅れで俺達がダンジョン入りした時は、今度こそ察知されないようにと泊まる事を決めるまでは砦から別の階層に隠れてたのだとか。
なんとも、イジラシイ。
「で、DMからゴーサインが出たから砦に来てみれば、兄さん達、砦出た気配もないんに何処にもおらへんねん。一晩中捜索して、最後にはワテらが待機組な感じで留まってたら、あの結果。なあお兄さん。この幼女どこの魔界の使い魔なん? 下手な魔王より強いんちゃいます?」
「そこそこ最前線は張れると思うが、魔王は言い過ぎかなあ。……あ、この世界の平均値だとそうとも言えんかな」
秒殺されたオーク共。人の砦で活動するからやや弱めの潜入型小型種だったとは思うが、エンマリオの住人の平均レベルから考えたら結構強敵だったろうと思い直す。
自分達に照らしてみれば、器用貧乏の俺が単身で相手すれば五分そこらはかかるだろうし、接近戦能力皆無のカルエじゃ雲の上の存在だし。ま、メアが近接戦闘に特化しまくりだからこそ、平気で豚野郎とからかえる気安さも出るわけだ。
「もしメアの基準で魔物が再配置されるとすると、こりゃ先行してる冒険者達、軽く全滅かもな」
「今この会話も届いてるやろから、そう危ない事にはならん思います」
「なるほど。このフレンドリーさは情報収集のポーズであったようだぞ、主様」
「ま、むしろどんどん情報集めやがれ、だなあ。一階層の魔物の配置とか、結構偏って嫌らしいし」
待ち伏せ型ばかりのスタートとか、本来なら冒険者に余計なストレスかけまくりだし。下手すりゃ早々に不味いダンジョン認定されて、過疎る確実なデザインだ。
「そんなわけでや、これからは余裕の有りそうなお兄さんらメインでDMからラブコール来ると思うん。やからできるだけ相手したってや」
「嫌なラブコールだなあ」
「まあお返しは殲滅するのみだがな」
「……何でしょう。ご主人様達の対応が不思議でならないんですけど?」
「「気にしたら負けだ」」
俺自身、とてもダンジョン攻略に関係する会話には思えない。要約すれば、『ダンジョン作成の練習台になってね☆』と、ぶっちゃけられたわけだからな。
これがクエストのフラグに関係するにしても、どう関係するかとか想像しようにないカオスさだ。
だからまあ、気にしないのが一番ストレス無くていい。
「ほな、ワテが喋れるんはもうお終いやな。あ、念のため言うけんど、攻略のヒントとかは言いようが無いから言えへんのです。次の階層からはもう、お兄さんら専用でその場その場でこさえるようやからなあ」
「なんつーか、そのDMとやらの自由っぷりを表す内容だな」
「ではサラバだ。お前らの雇用形態からして、また別の階層で再会かもだがな」
メアが別れの挨拶と共に右腕を横一閃すれば、ラミアンの首に赤い線が走ってゆっくりとそこから別れていく。床にコロンと頭部が落ちたがその表情に苦悶は無い。胴体は数秒間、血の噴水を上げた後に転がり、徐々に輪郭をかすれさせて虚空へと消えた。
気づけば、先に倒されたオーク達の死体も消えていて、血の海と化したはずの部屋も赤い点一つ無い綺麗な物へと戻っていた。
死ねば消える。これがいわゆる、ダンジョン戦闘のお約束という処置だったりするわけだ。
友好的な対話のせいで心情に触れるかもと自問したが、そこは思ったより揺れることは無かった。ま、気分が殺し合いじゃなくて対戦ゲームな雰囲気だと知ったせいだろう。
ダンジョン内の戦闘が、生きるために何かを殺す。という現実からは別物と知れたのは正直助かった。これからは活動の中心はダンジョンにしようとも思えた俺であった。
「さて、じゃ次の階層に行くか」
「練習台となるのなら、多少は収入となるドロップ品に色が欲しいというのが本心であるな」
「とりあえず、魔砲の練習ができるなら文句無いです」
ちなみに、オークからのドロップ品は、当たりは豚のモモ肉一本を使った熟成完了済みの生ハムブロック、真空パック済み。である。ハズレは豚バラ肉の切り落とし500gパックと残念感がハンパない。
ま、これはこれで色んな料理に使いやすいから便利ではあるが。
現実同様に肉などの塊のドロップしても、結構持ち運びに困るものだ。【PoF♂】では、それがアイテムストレージを持たない者でも所持しやすい親切仕様な品と化すのはデフォルトだ。どうやらこのダンジョンのDMとやらは、そんなお約束は無視しない素直な性格のようである。
ラミアンからドロップしたのは、一見アナコンダサイズの蛇の抜け殻。その実はニーハイソックス丈の脚装備だった。名称は【バイパースケイルスキン】。薄く、軽く、しなやか。そのくせ刺突や斬撃には防御値が高く、50%の確率でダメージ無効の効果まで発揮する。名称から毒にも耐性をプラスするという、壊れ性能の逸品だつた。
なお、見た目は網目模様のストッキングなので当然のように女性専用である。むしろ男には装備してほしくないデザインなので、俺的には助かった気分だ。
被ダメージ減少や対毒効果なんでメアに装備させるのが普通なのだが、着衣関連は俺が言ってもほぼ聞かないのがメアであった。
なのでカルエの物となる。カルエの方はメアに準じての格好であり、俺の命令に抗ってまで通す格好じゃあない。だから素直に履いてくれたのだが……。うん、なまじ全裸よりこっちの方がヤバい感じだ。白い肌に青の光沢のストッキングとか、ついつい注視したくなるし、見つめればその奥の方へも視線が移る。
「む。むむ。こりゃ魅了効果とかの隠し機能がありそうな装備だなあ」
「単に主様の欲求不満が溢れてるだけだとの結論は出さぬのだな」
「いつでもオケです、がんばりますよ! バチコイですよ! ご主人様」
「お前らなあ、青少年の健全な欲求を変態趣向に落としこむような発言ばっかすると……棄てるぞ」
「「自重いたします!」」
「……改善っつー意識は、無いのな」
いつの間にかいつも通りのバカな戯れ言な展開に戻り、そんな会話をしつつ砦を出る。
ラミアンの言葉通りなら、この先、二階層の先にはもう冒険者達は居ないんだろう。まあ、下手なニアミスになるよりは完全に会わない方が気楽だ。なんだか異様に臭いらしいし。
連中がDMとやらにどんな対応されてるのか、という好奇心は残るが、それよりも俺達自体がどう対応されるのだろうか、という心配が上に立つ。
もう全部投げて帰っちゃう、って選択は無いんだろうなあ。
多分、帰り道とか完全に封鎖されるだろうし。
「んじゃ、DMとのガチ勝負の始まり始まり、ってか」
再び魔攻重機を取り出し、それぞれが搭乗した後、俺達は二階層へと進むのであった。




