野獣、駄目押し
「……世界が黄色い。闇ん中がそんなだと、どっかの高速のトンネルにいるみたいだなあ……」
などとボヤいてみる。
コテージの効果で体力的には回復してるはずだが、精神的にはサッパリ回復してる気がしない。というか疲労感が抜けてない。むしろ増している。
「が、それで休めばまた繰り返し。なんだこの負のスパイラルは」
「主様よ。避けれぬ天災に嘆くような気分らしいが、避けようと思えば避けれるのだぞ。終わってみれば果ててるのは我等なのだからな」
「ご主人様、途中からスッゴく野生の魅力が増加するんデスヨネー」
「……ち。浸れねーなあ」
まあ、状況がいつもコイツ等の返り討ちで終わるのは認めよう。リモッドキストは他の職能に比べれば直接戦闘能力は低いが、代わりにサポートアイテムの利用による継戦能力は最強なんだからな。
マギボーグや亜人が攻撃スキルのリソース切れで強制待機になっても、俺は戦える。その強みを最大限に生かすためのスキル構成で俺はできているってわけだ。そんな対人戦の強みは、より強力な攻撃をしてくる魔物にも有効で、だからこそソロでA級なんかもポロポロ狩れる成果が出せるんだよ。
……まあ、コッチ方面にまで有効ってのを知ったのは最近になってからだが。
「さて、バカやってないで本業に戻るぞ。どうやらこの砦は大掛かりなトラップエリアだったようだし。長居しても意味無いからとっとと奥まで行こう」
魔物の出現は時間制らしい。湧いたら湧いたっ放しじゃなく、ある程度時間が経過したら消えたわけだ。ま、夜の間だけって制限なんだろう。
結果的に俺達はその時間を避けたわけだ。魔物の戦闘能力の確認ができなかったのは心残りだが、まあ、固執するほどのものじゃないからいい。
「ああ、主様。少し寄り道してほしいのだが」
「ん?」
「地図のあった部屋にな、ちょっと好みの置物があったのだ」
「あー、なるほど。じゃ寄ってこうか」
メアの女らしい感性というか、特に金銭的価値は無いんだがデザインが凝ってたりするオブジェクトアイテムを集める趣味がある。
今回は置物だが、過去にはアクセサリーだったり絵画だったりと統一感は無い。そういえば、着もしないくせにドレスとかも集めてたなあ。
なんつーか、駄犬がゴミ同然の物を集めるのに似てるか。
降りるだけだった砦の階段を再び上り、最上階の作戦室へと向かう。夜中魔物が彷徨いてたはずなんだが、回廊や周囲に破損したような痕跡もない。となると、あの魔物らはダンジョンシステムでの自然発生とかじゃなくて、特定の召喚のような設定なのかもしれない。
演出ってわけでもないんだろうが、魔物の多くはやたらと物にあたる。フィールドなら木々や地面。ダンジョンなら壁や装飾品にあたる部分とかに無意味な感じで破壊の痕跡を残したりしてるんだ。
だから、なんとなく周囲が荒れて殺伐としていれば、近くには魔物がいるんだな、とかの気構えもできるってわけなんだ。
だが、同じ魔物でも召喚され使役中となると雰囲気が変わる。まるで規律を守る兵士のように、それか無駄な動きをいっさいしないロボットのように動くようになるんだよな。
「思い返してみりゃ、昨晩の魔物は徘徊っていうよりは巡回してた感じかなあ」
「そうなると、この砦は魔物側の所属ということであろうかな?」
「いや、デザインは完全に人間側なんだよな」
ファンタジー系の魔物には人間より小型ってのも多いが、【Paradise of Fauve ♂】じゃそれがほぼ通用しない。
特に人型の魔物となれば、『小鬼』と訳されるゴブリンだって平均二メートルの身長を持つ。
人間用の砦なんて、連中にとっちゃハムスターがトンネルにぎゅうぎゅう詰まりつつ移動するような状態になるんだよ。
「魔物を確認したのはコテージ置いた塀の上。屋外だから忘れてたが、居た魔物は小さいのでも三メートルサイズはあったよな。あれじゃ回廊内はまず入れん」
「では室内には居なかった、とか?」
「それも無い、と思う」
床を指差し、メアの視線を誘導してやる。確かに回廊内に異常は無いが、普通に歩く意味での汚れ、つまり足跡くらいは残っている。土や埃で形をなしてる足跡は、露骨に人間の靴跡とは違うもんだった。どうやってこの回廊を歩いたか疑わしいレベルで、床一面を汚している。
面白いのは、その汚れ方がある一定の法則をもってるとこだろう。ウロウロと雑然な動きをしたような形跡がまるで無い。何人もが一列に行進したような、整然とした行動を予想するような足跡なのだ。
「ゾンビ物みたいな襲撃じゃなくて、乱暴な人のとか沈黙な人の映画みてーな対人戦って舞台だったと予想する。案外、相手は近接格闘使うゴブリン系とかかもな」
「それならこちらも専門だ。問題無い」
「まあメアの場合、素手が近接戦闘扱いなんだがな」
「オーク系って寝技特化なんですよねー」
「「それは必然だからな」」
醜男の擬人化……、もとい豚の擬人化とも称されるオークは、同時にラノベ解釈も追加された性欲の権化とも称される。ぶっちゃけ【PoF♂】でレイプ犯のモンタージュを作れば大半はオーク顔のバリエーションだ。そのあたりの王道は外さないんだろう。
ゲーム時代もその手のシナリオでは必ず登場する下衆な悪役代表だった。現実でもその地位が不動なのは、今のカルエの言葉からも納得である。
「全体の判別ができないが、ギミックが凝ってるとこみると、この砦はクエストと関係ありそうなんだがなあ。まあ階層も浅いし根詰めて調査しなくてもいいだろう。だからメアの用事済ませたら、今日中に五~六階層は下りたい。そのつもりで……」
夜に魔物が湧いた以上、昼間の無人状態も設定の内なんだろうと、ろくな探索も無しに部屋についた。一度通った道だからな。だから気が緩んでたと言われればその通りとしか返せない。
だもんだから、その光景には本気で驚いた。
「ぶぅぅきゅいぃぃぃぃ!」
「「「ブヒイイっぶひぶひぃ!!」」」
「ヘーーーェルプ、ミーーー!」
作戦室の扉を開けた途端始まった、その光景。
昨日は巨大な地図が置かれていた、これまた巨大なテーブルに。大の字に寝かされ手足を拘束された肌も露わな女軍人さん。そして、そこがまるで舞台であるようにテーブル脇に輪になって、しゃがんで周囲を囲い眺める直立した豚共。
うち一体のみテーブルに乗り、更に軍人さんに馬乗りとなり腰が微妙に具体的な表現をしたらマズい動きを繰り返してたりする。
ついでに言うと、即席の舞台っぽくなった場所が光源不明のピンクと紫のスポットライトに照らされたりもしている。豚共のあげる雄叫びが『ズガチャカズガチャカ』と古い印象の音楽的擬音と勘違いしかけて何処の某ダンスショーですかと問いたくなる。て言うか、それが本当に勘違いなのかから問いただしたい。
「……まあ、あれも確かに寝技であるな。予測を違えないというか、ここまで直球の演出には我もさすがに引くが」
女軍人さん。つーか軍人コスプレのレイヤーさん。な感じだった。
フロント方面は大開陳。衣類で残っているのは手袋つきの量袖、そして膝下のロングブーツ。最後に仰向けに寝転がった体勢で何故保ててるか解らない頭の軍帽のみだ。軍帽に着く記章は某ハーケンクロイツを彷彿とさせる雰囲気の物。しかしそこまで有名な部分がワザワザぼかしてあるのだから、ここはまあ、言葉にしないのが大人の事情だろう。
幸いなのか余計なパーツがすくないので推定被害者の特徴が分かりやすい。で、端的に言えばだ。女軍人さんは亜人化してない白人系金髪美人で、出るトコ引っ込むトコが過剰に強調されている実に見事なプレイボーイ女優風な方だった。
なので率直な感想を言おう。
「なんつーか、別のゲームのエロMODをまんま流用したような情景だなあ」
この手のMOD、作成者の趣味が全開なのは当然だろう。だからまあ、少なくとも作成者は日本人じゃないな。とにかく、濃かった。しかしだ。最近見直にはロリ系過多なんで何となく新鮮。迂闊にも『うんうん、野獣に襲われる美女ってシチュエーションは、やっぱコッチが正当だよなあ』と感心してしまった次第である。
「えーと、ご主人様。取りあえず人命救助な状況のような、なんですけど」
「あ、そうだった。なんか最近、ここまで素直な危険な状況が新鮮でつい見とれた」
「ああっ、我もだ。良く考えたらあの女性が性的に危険というシチュだった」
別に命の危険は無さそうだ。という言葉は心の中に仕舞っておく。
……というか、なあ。
状況自体は、メアが戦闘に参加可能の時点で問題ない。
まあ、ちょっと。部屋がオーク全員が首と胴がサヨナラしたので盛大に血の海と化したのと、なまじ豚の首が無くなったせいで女軍人さんが肥満男の集団に襲われたような危険なシチュに変化してしまったところが問題と言えば問題か。
「メア姉様、あの女性、完全に気絶しちゃいましたけど」
「ふむ、不可抗力である」
ついでに、血の海な部屋の中心で、部屋がそうなるような過程にて滝のようなオークの大憤血のシャワーを浴びた女軍人さんは、悲鳴をあげる以上の驚きか何かで白眼向いて電池切れだ。
まあ、音波兵器みたいな悲鳴を叫ばれ続けるよりは楽でいいから俺的には問題無しなんだが。
「さて、カルエ。一応、その場を動かず待機しとけな。可能なら回廊方向に索敵を。念のため、背後からの挟撃があるかどうかを知りたい」
「ラジャーです!」
「で、メアは……。あー、それが欲しいとか言ってた置物か」
「うむ。幸運か魔物に横取られてはおらなんだ。返り血が飛ばぬよう気をつけたかいあって、昨夜のままの綺麗な状態である」
たった今オークを強制介錯しつくした事実など無かったように、実に平然としているメアが目的のブツを手にしていた。置物と言ってたが、それはいわゆる照明道具。ステンドグラスのシェードを持つランプである。注目した事で自動発動した解析スキルによると、傘のステンドグラスは色ガラスではなく不揃いな魔石を利用した物だそうだ。魔力ありの宝石としてみればクズ石ばかりだが、透明度の高い石もいくつか使われていて、美術品的な商品価値はそこそこ高そうだ。
ま、メアが気に入る条件に金銭的価値はほぼ無関係なので、転売目的じゃないのは解っているが。
「さて、まあメアはもういいや。そんくらいのオブジェクトなら自前のストレージに仕舞えるだろ。終わったらカルエ同様、周囲の警戒してろ。……俺が用事済ますまでな」
「む?、主様も、実はこの部屋で得る物があったのか」
「んにゃ、正確にはだ。この部屋に来たら見つけた、ってとこだな」
そう言って取り出したのは、いつもはメアに向けて使ってるハンドガン。装填してるのは打撃と衝撃を増し増し効果の土属性魔石弾。メア相手に貫通を狙うのは虚しいだけなんで、せめてツッコミの役目である爆発的な慣性力の発揮用にと詰めている。
が、この弾丸には本来の効果ってのがあってだな。トリガー切る時に別波動の魔力を込める事で発動するわけだ。
“タン!”
「ギャアオオオオオっ!?」
「ひゃあ!?」
「おや?」
メアとカルエが驚く中、一つの悲鳴があがる。
悲鳴の元は、まあ、分かりきってる。気絶してたはずの女軍人だ。
狙いやすかった左の膝を撃ち抜いた。そして同時に、石作りの床へと縫い付けた。
土属性魔石の弾丸は込めた魔力に反応すれば射出後に膨張。長さ三十センチ、太さ四センチほどの石杭と化すのだ。
膝を貫かれ、そして床に固定された女軍人であった物は、気絶の振りをかなぐり捨てて苦悶の悲鳴を上げている。
気絶が偽装だったように、その姿も偽りだったようだ。金髪美人の面影など欠片も残さず、緑の髪に青い肌、眼球の白目は黒に、碧眼の瞳は発光する金目と化した。まるでネガ反転でもしたかのような寒色系の女。一応、美人という括りはそのままだが、その姿で人間だとは到底言えない容姿となっていた。
「魔物の、確かデミル系とかだったよな。……ああ【ラミアン】か」
プレイヤー知識でも知ってたが、正体を出した事で探査スキルが機能した。
ラミアンとは、下半身が大蛇のラミアって魔物の亜種となる。基本は人型なのだが、やはり下半身は蛇化している。つまり両脚がそれぞれ蛇なのな。ハイソックスのニーソを履いてるみたいに、太ももの中程から爪先にかけて硬質の鱗が貼りついた蛇の尾となっていた。
個体が女ばかりなんで獣人系亜人と混同しがちになるが、れっきとした魔物となる。
基本行動はサキュバスに被ったもんで、男を魅了して支配し、精気やら生命力やらを根刮ぎ吸い尽くすって感じだ。
サキュバスと違う部分としては、魅了対象が男なら人間に限らないっていうストライクゾーンの広さだろう。つまり、見方を変えれば先程までの状況は『オークに襲われてた』んじゃ無くて、逆に『オーク達を喰っていた』とも言えるわけだ。
ラミア系の魔物。それはある意味、究極の肉食系女子なのである。
「男を誑かすのが本能なコイツ等。その男が理想とする姿の幻影を纏う特性があるんだよな。だが、人間の女は全て亜人っていう世界じゃあ、それが欠点にもなるわけだ。ノーマルな人間の女って時点で怪しさ確実なんだよ」
「……つまり、あの凹凸激しいプレイボーイ系モデルな姿は主様の願望というわけであるな」
「……精進はしますけど、エルフがあの域まで膨らむには三百年は必要ですよ。ご主人様」
あれ。俺、結構沈着冷静で最適な対応して、格好いい感じで場を締めれたつもりだったんだが。
何故に女衆からの反応は氷点下なんだろう?
なんて言うか、当のラミアンからも痛みに苦悶する表情をおしてまで哀れみの視線が来てるような?
う……うぅむ。アウェイ感ハンパない空気に悪寒が止まらないという、不思議な状況であった。




