リアルな【Paradise of Fauve ♂】なら
人間が現実と感じ取れる範囲でならば、【Paradise of Fauve ♂】の設定を反映したこの世界は、充分に現実だと思う。
動けば疲れるし腹が減る。疲れたら眠くなるし、満足するまで食い物を食ったら、当然出す。
不思議な事に、俺がここを現実だと実感したのは、物を食ってその味を堪能した時よりもトイレの事後をいろいろと体感した時だった。
『ああ、俺、この世界で生活してんだなあ……』てな感じで。
幸いか、ゲーム内の環境が現代日本に準じてたせいか、文明崩壊って設定の後も人間が住む場所は衣食住、ほぼそのまま現代日本と同じなんで助かった。
いやもう、水洗トイレ、マジ偉大。
正気に戻って最初にしたことは、今の俺がプレイヤーとしてのキザオミと現実のキザオミ、どっちで構成されてるかだった。
結果はまあ、たぶんプレイヤーとしてなんだろうと推測する。
いまいちアヤフヤなのは、【Paradise of Fauve ♂】……長いな。【PoF♂】とでも略そう。
話を戻して、えーと、そう。俺の身体機能の由来の判別がし難いのは、【PoF♂】内のゲーム設定でプレイヤーとして選択した俺の性能があんまりぶっ飛んでないせいだ。
【PoF♂】は、基本的には様変わりした地球で昔ながらの人間が悪戦苦闘するって流れだ。その過程で人間はいろいろ人外な変化の手段を得るんだが、やはり素体としては普通の人間からとなる。
まあ、プレイヤーの大半は魔改造レベルな【マギボーグ】を選択してたけど。
しかし俺の場合、どっちかというと現実の人間が強力な武装を使用して活躍するってスタイルが好みだったんだよな。
まあ、生き残った人間は素の状態でも変化した地球環境に無理やり適応したって設定なんで、正真正銘、生まれたままの生身なわけじゃあ無いんだが。
それでもせいぜい、何か異常な状態となっても速やかに健康状態へと回復するようなナノマシンが体内にある、とか。同じくナノマシン利用の一時的な強化インプラントが注入されてるとか。そのくらいだ。
俺の自己改造はその基本能力を少し強化して、更に選択する外部兵装とリンクした機能に特化する【リモッドキスト・2】という状態だ。
初期に選択できる【リモッドキスト】を一段階強化した上位職能で、個体としての強化率はあんまり変わらないが使用可能なスキルが増えている。
身体性能は平均的な人間の三倍の能力値というささやかさ。ただし本体強化に使用しない分の経験値を武装の方に突っ込んで強化した形は、武装強化の限界上限を引き上げるボーナスがあったりする。
結果、状況によっては人間辞めましたレベルのマギボーグの性能を上回れるし、対部隊設定の魔物とソロでガチれたりもする。
チートとは言えないが、それに近い感じかな。マギボーグでも携帯できない巨大武装を使うのが他力本願とでも見えるのか、実は結構他人のやっかみ対象な職能なんだよな。
だからこそ、今の状況に恨み買った奴等から『この機会に抹殺されっかも』とか怖い想像して引きこもったんだが……。
ゲーム時代ならば戦闘禁止のセーフティーエリア。つまり再開拓町の一つに、俺は自宅扱いのホームを設置している。
この敷地内は個人所有の独立エリアって事で、古き良きアッメーリカの感じの芝生の庭付きマイホームという開放的なデザインでも、許可無き奴は道路と地続きな芝生の庭には入れないってわけなんだ。
俺のホームは白く塗った壁と赤い屋根、玄関前が屋根付き板間のポーチ仕様なカントリー風の木造二階建家という代物だ。
ポーチには定番の揺り椅子と酒ビンの乗ったサイドテーブルが設置してあり、飲んだくれてギーコギーコと椅子を揺らすプレイができるようにしてある。
家の隣には母屋と同じデザインの平屋式車庫がある。ピックアップトラック三台分が余裕で置けて、中でいろいろと作業が可能な車庫兼ワークスペースとしても機能する。
外部兵装で性能が極端に変わる俺には必須の設備なんで、ホームよりも金をかけた正真正銘『僕の秘密基地』だ。
ゲーム時代の設定は生きてるようで、このホーム内に置かれた物を含めて破壊不可能侵入不可能って状況は確認済みだ。
二日間、無事に現実を模した生活を続けて落ち着いたらしい俺は、寝て起きりゃログアウトしてました、なんて希望は棚上げして、そろそろ外の世界を確認しようと行動し始めた。
で、車庫に置いてあるクエスト用の魔改造装甲車に乗り、庭へと出てふと、玄関前の犬小屋に気づいた。
そして思い出した。
メア・ドラフ。
俺のゲーム内の相棒であり、かなり手遅れに病んだ困ったバカがいた事を。