ダンジョンの前に
あけましておめでとうございます。
チェリーフォルンの町に入り、まずは適当な集会所を目指す。
ゲーム時代の僅かな記憶は現実化した町じゃ余り役に立たなかった。大まかな地理には符合する部分があるんだが、そこに建つ建物にはまるで合わないからだ。確か、設定では鉱床を掘り進む事で変化する物流に合わせ、町自体もその主要部分を移動させる、なんてのがあった。
ゲーム時代なら設定のみで変化無いんだろうが、この現実ではその設定がそのまま生きてるんだろう。
だから通りなんかに変化は無くても、そこに必要な施設は時代によって変化してくわけだな。
「俺が使ってた集会所は……今は古着屋かあ」
当時は生産プレイヤーが集まる定番のハンバーガー屋で、まるでアメリカ資本のチェーン店のような感じだった。カーボーイハットをかぶった三つ編みのミシュランタイヤ系ゆるキャラっぽいイメージの少女を看板にしてたな。元ネタの融合がカオスだが、とにかく目立つのでプレイヤーには人気があったんだ。
「ふむ、ジャンプスーツ専門の古着屋とは、なんとまあマニアックな」
「いや、これはツナギってんだよ。確かな」
「ご主人様、こっちの全身ピンクはわりに胸とお腹が白いのには何か意味が?」
「それはまあ、ツナギじゃなくてキグルミかねえ。近くに巨大な被り物とかねーか? 色的にブタとかウサギとか」
「山羊っぽいのはありますね」
「額に五芒星か。この配色でバホメットとか……やっぱ【PoF♂】は病んでるなあ」
「主様、こっちには七縄鞭やら真っ赤な低温ロウソクがあるのだが、古着屋という解釈は合っているのであろうか?」
「古着屋だ。というかもう詮索は禁止だ。また脱線したら日が暮れる」
ちょっと、怪しきアイテムを注目する女二人の眼力に異様な熱が籠もってきたので、強制的に移動する。
一応、集会所としての機能はあるみたいなので、その端末の方へ。妙なアイテムも近くには置いてないので一石二鳥だ。
というか鉱山都市でなんでこのラインナップだよ。まさか五千年の月日は、永遠のガテン系エリアというイメージすら変貌させたってことなんか?
いやいや、詮索は止めだ。まずは情報。ダンジョンに関する最低限の情報だけを調べて、とっとと地の底へと移動するのだ。
「……ふむ、売り手の品には特に変化は無さげか」
「主様、魔銀鉱や粘化魔石などは? 確かエンマリオでは在庫の無い出物であったろう」
歩く変態から至極真っ当な質問が来る。珍しい、メアが自分に興味の無い部分を記憶してるなんてな。これも【PoF♂】が現実化したせいなんだろか?
そんな当人にとっては悲惨な感想を内心に秘めつつ、一応は応えを返しとく。
「どっちも製品に使うよりは製鉄系の二次素材に使う添加剤だからな。ここみたいな鍛冶の現場じゃよく使うが、逆にエンマリオじゃ使いにくいんだよ。だからまあ、特に変わった品じゃあない」
「ふむ、なるほど。意味は解らないが理由があるのは解った」
「ご主人様、二次素材って何ですか?」
「あー、それはなあ……」
二次素材とは、要は鍛冶で剣を打つ時に使う鉄材などを言う。
鉱山から鉄鉱石を産出しても、厳密にはそれは鉄じゃあない。鉄を作るための素材、ゲーム用語じゃ『一次素材』とカテゴライズされる。
その一次素材をリモッドキストやNPC職人が加工して、鉄材という二次素材へ変化させるわけだ。
マギボーグ等の一般プレイヤー、もしくは新米でろくなスキルを有していないリモッドキストは、そんな二次素材しか扱えず、ろくなアイテムも作れないって制限がある。いや制限は言い過ぎか、各職能の特色を出すならば、そんな区別分けが必須だってとこだろうな。
で、その二次素材じゃなく、一次素材に分けられる物としての『ミスリオタイト』と『マギグルー』の説明をするとだ。
『ミスリオタイト』は鉄鉱石と炭素で鋼鉄材を作る場合の炭素に当たる物、といった感じになる。ミスリオタイトの成分によって、単なる鉄系素材が魔法特性を有するように変化するわけだ。こうした素材を元に武器を作れば、それは何らかの魔法属性の効果を発揮した物となるのである。
ミスリオタイト単体では何の役にもたたないし、一般プレイヤーが持っていても何の得にもならない。だから鍛冶師のほぼいないエンマリオでは全く流通してないってわけだ。
『マギグルー』も特性は似たようなもんでな、魔力を伝達させる導線という役割に使われるのが一般的となる。電気なら通電体の端子と配線って感じだ。魔法陣を書く時のインクにも使われる。
専門分野での幅広い利用には必須素材なんだが、限定的にコレだという素材の説明は難しいなあ。ただまあ、一般プレイヤーには必要としないアイテムだとは断言できる。
「サッパリ解らないが、以下同文」
「師婦に同じく、です」
「へいへい」
徒労感を感じながらも作業を続ける。今度は買い手、つまり欲しいアイテムを依頼として出してる分野をチェックして見知らぬ素材の名が有るか確認する。
ここにその情報があれば、少なくとも一部の存在は未知のダンジョンを知ってるんだと予想もつけれるからな。
だが、そんな考えも虚しく、あるのは見知った、しかも低レベル対象のもんばっか。完全に肩透かしな感じだった。
「主様よ、素直にこっちを調べれば良かったようだな」
「ん?」
メアが示したのはアイテム売買に関したカテゴライズじゃあなく、探索やらの調査依頼に属する場所。実に一般的な類のカテゴリーだった。
『ダンジョンの未調査部分の確認依頼』
むうう、なんと直球。
未知とかいう割には、その場所やら解明範囲やら現状で解る部分は全て添付されており、それ以外の部分を調べて報告しろという単純な内容で依頼されていた。
「これはまた、盲点な……」
「というか主様、ダンジョンで探索ならば当然と言うか。だと苦言するのだが」
「そうだなー。カルエ、言いたい事があるなら言えば良いぞー」
俺とメアは、ある意味遠慮の無い関係なんで、こんな状況ならばその部分をエグってくるのも付き合いの内だ。しかしまあ、従順か従属の能力値が高いカルエにはまだ敷居が高い部分なのだろう。うっかりメアに乗っかる行動も取れずに、そっぽ向いて震えてやがる。
ま、笑えるくらい余裕ができたんなら良いんだが。
それでも俺が面白くないのも確かなので釘は刺すが。
で、問題の依頼を読み直す。
依頼者は……、チェリーフォルンの自治会長。まあ、実質は領主と同じ扱いだな。つまりは、あの襲撃が町ぐるみの計画の一部って線が濃厚と。
特に何か、特定のアイテムを探すような内容も無いから、ダンジョンの詳細そのものが未確認なんかもきれない、と。
依頼の基本報酬は……、まあ、相場どおりなのかな? ここはゲーム時代と同じ解釈が通じるか解らんので保留。ただし回収品の歩合報酬っぽい一文があるんで、まあ待遇は良いんだと思う。
具体的な金額は無いから断言はできんけど。
「んー、未確認の部分が多いクエストじゃあ、そう変な内容でもないよなあ。むしろ良心的な?」
「我の記憶では回収品は買い取るが、応相談。基本報酬すら無しというのも良くあったものなあ。探索スキルの無い者には赤字前提というクエストの定番だ」
そう。確かに高額報酬が期待できるクエストなんだが、依頼にはそれを臭わせる部分を隠してるのが、この手の依頼内容の定番だ。採集品やドロップ品はあくまでランダム判定で出る物だからな。プレイヤーによって黒字になったり赤字になったり、その差が激しいから期待を持たせる内容文にしてないんだ。
「逆にこうも親切な内容だと、確実に罠だと思うよな。心情的に」
「うむうむ」
甘い蜜で誘ってってやつだ。【PoF♂】の場合、そんな罠張ったクエストの結果は逃げ道無しの死亡クエスト。大概はデストラップなクエストと確定される。
「ちなみに、このクエストは『常設』だ」
「なら罠確定でいいであろう、主様」
常設クエストとは、依頼を受ける対象人数を限定しないってやつを言う。仮に何百とパルティがクエを受けても、それぞれにちゃんと報酬を出す義務が依頼人には発生する。
まあ、ゲームならば特に問題無いんだが。それが現実となると依頼者にはとんでもない財力が必要ということとなる。
よっぽど報酬を買い叩かんと、まず成立せん内容だよな。
結果を言えば、まあぶっちゃけ、そんなやつが存在すること自体が胡散臭い。
「主様、それでもこのクエを受けてるパルティが三組はいるな。何時受けて、かまでは解らないが」
「ほい。中で出くわす連中あり、と。まあ三連戦と考えとくのがいいか」
「また対人戦か。できれば魔物の方がいいのだが。人相手だとやはりズンバラリンとできないのが辛い。我の気分的に」
「ずんばらりん? ですか」
「対象一体に対して部位破壊判定が五部位、とか。縦に二分割、とかだな」
「ゲーム解釈ではカルエには通じんぞ、主様」
「いえ通じてますツウジテマス」
「そうか。なら追記するが、得物が刃物なら振った時に斬った感触が無いのが理想的だぞ。鈍器ならまあ、負荷があるのはしょうがない」
「カルエ、メアの言葉は聞き流せ。刃が無い得物で人体幹竹割りなんてのはメアくらいだ」
「ラジャーです!」
戯れ言と並行してダンジョン系の情報のチェックを終える。
結果はまあ、当初の予想から外れて、ちょっと背景がボヤケてきたか、な感じだな。
最初は町ぐるみのダンジョン独占かと思いきや、どうにもその黒幕っぽい自治会長がそうも見えなくなった。
この依頼、改めて内容を見直すと普通、なんだよな。
新しいダンジョンの探索依頼。しかも常設。買い取りなんかも無制限。これだけ見れば胡散臭いんだが、よくよく見れば買い取りは即金じゃなくて一定期間の期限内での算定となっていた。それはつまり、集まった収穫品の割合を調べて、その結果で買い取り額を出そうってこととなる。
こうなると意外に真っ当な依頼なわけで、正に未知のダンジョンの価値決めのためのクエストと取れるわけだ。
ならば冒険者ギルドとなる段階での画策なのか?
しかしそう断言できる要素が無い。理由は、このクエスト依頼を載せてる事だ。独占するならば、ギルドの息のかかった連中にクエストを回せばいいんだからな。わざわざ公開して部外者を混ぜるのはおかしい選択でしかないんだ。
「主様。もしかして、どこぞのパルティの独断なのではないか?」
「その可能性が強いかなあ」
「ご主人様。じゃあ、先行してる三つのパルティのどれかが相手ってことですか?」
「もしくは、その三パルティの全部が、だな」
……ま、結果はとにかく、ダンジョンに入ったら闇討ちに気をつけろ、なわけだ。
「やもうえんな。ズンバラリン解禁の方向で」
「いやヤメレって」
どうしてそういう解釈となるのか?
今度時間作ってトコトン話すと決めた俺だった。




