ダンジョンでボス戦 ①
かつては副都心新宿と呼ばれた場所。
ファーヴという異世界と化した現在は、エンマリオと呼ぶ都市未満の開拓町がある。
そのエンマリオを囲むように幾つか【ダンジョン】と呼ぶ異界化した魔物の巣が存在する。
地上より多くの魔物がはびこり、また強い個体もいる脅威の蔓延する場所だ。
だが同時に、現在の人間にとっては非常に有益な素材を提供する資源の宝庫でもあり、俺達の仕事のメイン会場となるわけである。
「マスター、進行方向にボス部屋っぽい反応が出ました。距離は五百メートルほどです」
「おう。カルエ、ご苦労さん」
「えへへへ~♪ へくちっ!」
このダンジョンの名は【冷宮楼】、先達の調査結果によると氷の属性が強い極寒の地が再現された場所らしい。
横幅は八車線ほどの広さ、高さは多分十五メートルの巨大トンネル通路は常時気温三度前後で設定されている。
どこもかしこも、うっすらと霜が貼っている。迂闊に動いて滑らないように注意が必要なんで、地味に歩みが遅くなるのが難点だ。
「ふむ、軟弱だねカルエ。これしきの寒気、ちょっと気合いを入れれば小春日和と変わりませんのに」
「ううう、すいませんメア姉様。精進したいけどダメです」
「おこた、ぬくぬく~。みくん」
「お前らなあ……」
我が精鋭なる戦闘部隊パルティ・デミウルゴスは、リーダーである俺が強化しまくった魔改造美少女達で構成している。
巷では『紅蓮頭巾』などと異名呼びされるメアは、ドラフというドワーフ系戦闘種族の枠を更に超えた身体能力に、五対十本の鋼鉄の義腕を備えた肉弾兵器だ。
下手にチーム戦闘を取るよりも単独で敵陣の中へと放り込めば、たちまちミキサーの芯と化して周囲をミンチ肉へと変える。
やたら頑丈なので、こちらもフレンドリーファイヤを気にせず攻撃できるのも楽でいい。もちろん後でブーブー文句は言われるが、まあ、何時もの事なのであっさり終わるし。
変態ぶりは今日も変わらずだ。
血色の良い白い肌を惜しげもなく晒し、素肌から発散する熱が湯気と霧へと変わっている。それが自分の髪の先端に張り付き樹氷と化してるんだが、……特に問題は感じてないようだ。
やや何時もと違うのは足元。この凍った通路を素足で歩かれると足の裏が張り付いては剥がれるという音が五月蝿いので、魔物の毛織りなブーツを無理やり履かせているのだ。
ブーツといっても足の指一本一本をカバーする『五本指シューズ』仕様である。俺様渾身のオーダーメイド。厚みを極限まで薄くしつつも断熱効果は無くさず、グリップ機能も抜群。メアの動きを阻害する要素は尽く排除した逸品と自負する。
「主様、なんとなくむず痒い。水虫は勘弁なので脱いでも良いか?」
「やかましい! 黙って履いてろ」
当人の受けはこの際関係無い。
「メア姉様は着飾りがいはあるんですけどねえ……着たがりませんけど」
うちの女衆、基本は裸族だが女独特の服飾欲はもっている。
仕事の無い時とかはカルエも着衣状態だし。
「カルエ、水着限定だと余り着飾るって言葉は合わない」
「はうっ」
「んー、みくん」
そう。何故かカルエは水着に拘る。まあエンマリオ近隣は南国風味だからなあ。ブラジルっぽい衣装が元々多い感じなのは確かだし。
それに傾倒してても変じゃないんだがな。
とは言え、今回に限ってはメアに付き合っての変態プレイもしていない。エラフにはドラフみたいに体温を燃える寸前まで上げるスキルは無いからな。
なので俺様特製の防寒装備を身に纏い、防寒の欠片も無い機体にも特別処理を施して、今日は完全に甲羅に籠もった亀の如くだ。
「はーぁぅ。索敵終わりましたしぃ。後はおコタで待機しますよぅ。何の魔力も無いのに精神を捕らえて離さないこの威力に蹂躙されてもいいですよねぇ。もうお仕事止めて寝たいでゴザルです」
「んーんーっ、みくん」
「珍しくカルエが喪女モードだなあ」
人型魔攻重機の【チャーリー】と【ブラボー】はコクピットがカプセル状態となっている。思考操作で稼働可能なので特に操縦機器も必要無い。
だから基本は、激しい動きで怪我せんようにシートベルト付きの座席が有ればいいだけって仕様だ。
ただし、俺の改造処置でこの二機の対慣性機能は上げてある。いきなり横倒しにでもならない限りろくに揺れを感じないレベルなので、そのシートベルトすらオミットしてあったりもするわけだ。
なので基本、コクピット内は単なる空間があるだけなので、それぞれ内装を好みに変えて良いと言っといた。
で、女にそんな個室を与えればどうなるか?
それはもう、場違い感ハンパない様相になるってだけは身を持って知った。
カルエのコクピット内は内壁がパステルピンクで塗装され、端々にレースのリボンが貼られた少女趣味全開のデザインである。その日の気分で自作のポプリを飾り付け、機内を良い香りで満たすのが拘りなのだと前に聞いた。
下手に否定の雰囲気を出すと泣くので褒めたらもうダメだ。増え続けるポプリはカルエの機体から転移し、俺やカゴメの機体まで汚染しようという勢いである。
同じ女なのでカゴメは喜ぶのかと思ったが、どうやらポプリの香りはカゴメにはダメだったようだ。
というのも、まだ心身共に幼いカゴメには、その手の感性に割く欲求の幅が少ないからだと、俺は推測している。
カゴメの現在の欲求。その大部分は様々な味覚を覚えるという事なんだと思うわけだよ。
まあ、食欲の権化とも言う。
カゴメのコクピットを満たすのは小さな身体を包む大量のクッションと食欲を満たす菓子の山だ。
スナック類は当然に、洋菓子に和菓子に郷土菓子。もちろん駄菓子もある。菓子の枠なゲテモノジュースも許容範囲なのか様々なもんが転がっている。
俺が根気良く躾なかったら一日中ポリポリと何かしら摘まんでるだろう。
そして体格の割には食うのだが、子供の腹には限界がある。
カゴメの当面の目標は胃拡張だそうだ。
『そうか、頑張れ』とは正直応援しづらい内容である。
で、そんな二人だが現在のコクピット内には共通の変化がある。
防寒処置だ。さすがにメアには付き合える気温じゃないからな。汚部屋状況を少し掃除して必要装備を突っ込んだ。
と言っても大物は独り用の炬燵だな。
B級の魔核を発熱源とした電源要らずの携帯性に適したもんだ。一応遠赤外線と同等の放射熱を発するが、肉体に火傷の効果は出さない安全仕様である。
そして着用装備の綿入り褞袍。偶然だが使った素材が良かったせいか、立派な防弾ウェアとしても機能する。
「んー。んー! あう、ごしゅじん様ぁ、みくん!」
何か知らんが、さっきから唸ってたカゴメが珍しく癇癪を起こしてる。
「なんだ?」
「ミカン、とれないの、みくん!」
「は?」
まるで意味不明の訴えだ。取り敢えず、外部カメラをカゴメの機体、【ブラボー】に向けてみる。
……あ、解った。
「いいかカゴメ。水物ってのは凍ると硬く張り付くんだぞ。そうなるとノミとかで割るしかないんだからな」
「うー! みくん」
【ブラボー】のコクピット回り。ハッチの境はオレンジ色の真珠の首飾りのように彩られていた。玉の一つ一つは凍ったミカンだ。
どうやらカゴメは、冷凍ミカンが作りたかったらしい。
この外気で凍らせるまで上手くいったんだろうが、完成したものの外装に見事に張り付いたミカンはカゴメの力じゃ剥がれなかったようだ。
さっきから『うんうん』と唸ってたのは、まあ、そういう事なんだろう。
「ったく。しかも素手で取ろうとしたな。指先が霜焼けになってんじゃねーか。メア、頼む」
「了解だ」
メアの巨腕型魔攻重機【イクサ・アームズ】から指型義腕が一本、分離して【ブラボー】に飛んで行く。あの指は先端がマニピュレータではなく単分子ソーが内蔵してあるやつだ。槍や剣として使える武装義腕である。
あれらの義腕は何度も最適化した結果、メアは意志のみで完全に制御できる代物となった。
今も、俺のアバウトな指示を正確に理解し、ミカンと装甲の境の氷のみを裂いて離した。
「取り敢えず二つだぞ。いくら機内が暖かくてもそれ以上食えば腹を冷やす」
「メア姉、あり! みくん」
食欲を満たせれると判ればカゴメは大人しい。
今さっきまでプンスカと腹を立ててたのが嘘のように天使の微笑みを浮かべ、次の瞬間には冷凍ミカンにカブリついてた。
うん。せめて皮くらいは剥いて食え。な。
「さて主様」
「ん、何だメア」
「ボス部屋前でまったりモードだが、このままキャンプとなるなら我は主様の車両で寝るぞ。もちろん、いろんな意味で」
「……さ、ちゃっちゃと仕事すっかー」
今回のクエストは【冷宮楼】内で特定の素材を採ってくるという物だ。
素材の名は『アムリタ』。ファンタジーなジャンルでは医者の技量や治癒系魔術の研鑽を全否定する、究極の回復アイテム用の素材として有名だ。
いやほら、心臓さえ動いてたら頭が粉々に吹っ飛んでても完璧に治るとかさ、もうそれ回復とかのレベルじゃねーだろって言えないか?
でも【PoF♂】の回復アイテムは、突き詰めればそういう効果を発揮するんだよな。どんな低級回復アイテムだって、HPが1でも残ってりゃプール満タンな量ほども注ぎ込んでやって完治まで戻せる。そうすれば、HPが減った原因さえ尽く消しさるんだからさ。
現実と化してもそのあたりはゲームのままというか、とにかく、基本は死ななければ誰もが皆、古傷に悩まない健康を取り戻せるって感じなんだよね。
アムリタ自体は【冷宮楼】の地下六十二階層にある【氷花の園】で採集済みだ。
自分達のストック分も含めてアイテムストレージにタップリと収納した。しばらくは在庫から卸す感じでクエストへも対応できる。
で、現在俺達がいるのは地下七十階層。
【冷宮楼】に潜ったついでに、踏破階層を更新しとこうと未踏破階層を四つばかり攻略したのだ。
【PoF♂】のダンジョンは十階層毎に地上へ転移帰還できる仕様となっている。まあ、このゲームっぽい世界の定番要素であり、そんな便利機能への試練として、転移部屋はボス部屋としても機能している。
楽して帰りたいなら豪華なお土産も持って帰れという親切心の現れだろう。
……いや、違うか?
「まー、下手に休むと凍るしなあ。四階踏破ぶっ続けで気怠くなってるのは確かだが、このまま階層主を倒して地上に戻るぞ。寝るのは家に帰ってからだ」
「「「りょーかーい」」」
再び前進を始め、ボス部屋に続くゲートへと至る。ゲートは通路のサイズのまま観音開きとなる巨大な門だ。
この門は、部屋の主が倒されれば永久に開いたままとなるので誰もここを攻略していないという証拠になる。ただし、攻略はそうだろうが、俺達より先に辿り着いた者がいないという事にはならない。
単にボスモンスターに返り討ちとなった可能性も皆無じゃないんだろうしな。
「中の反応を確認。エコーからサイズは二十メートルほど。たぶん、A級の魔物に分類で……かまいませんよね、マスター?」
「サイズだけならなあ。ただ階層的に、そろそろS級とかになってもおかしくないんだよなあ」
「ゲートだけ開けて確認するか? 主様」
「いや、開けると同時に引き込まれて隔離ってパターンもあるから待て」
かつて俺は、超レア素材目的でS級の魔物を何度か単独討伐している。ただしそれは【PoF♂】がゲームだった頃の話だ。
【PoF♂】が設定した魔物の等級は最高がAまでで、本当のとこ【S級】なんて魔物は存在していない。
ただ、A級までは頑張れば誰でもソロで倒せれる環境で、どうしても複数のパルティで対応しないと倒せないA級をプレイヤーが勝手にS級とか呼んでいたわけだ。
実際のとこは俺が倒せてんだからA級の枠で良いとは思うんだが……、そう言ったら全力で否定するやつらだったなあ。
全く、軟弱な。
と、脱線した。
まあそんな、大人数対象なS級の一つに俺が言った罠展開があったわけだ。
ちょっとタイミングがズレれば扉が閉まり、閉め出される。分断されて予定より少人数となった連中は、戦力不足であっさり全滅。とかな。
他にも多人数対応なのにボス部屋入室に限界人数が隠し設定してあって、それを越えたら魔物のレベルが一桁上がるとかな。
実に嫌らしい。
単に強さのインフレじゃなくて、奇妙なギミックでプレイヤーをおちょくる感じが多いのが、S級には異様に多かった感じなんだよなあ。
だからそんな予想がする今は、戦闘前にも注意が大事なんだよ。
「取りあえず、全員意識を戦闘モードに戻せ。入室前には、かけれる強化スキルは全部入れる。一応、即死防止のアイテムも持てよ。回復アイテムも同じだぞー」
「委細問題無し」
「だいじょーぶでーす」
「はらはちぶんめ、みくん」
一部変な返事だが実は変じゃないのがモドカシイ。
ま、いいか。
「んじゃ、往くぞ」
「「「了解~」」」
パルティの方針としちゃあ、『慎重で堅実に』ってつもりなんだが、結果的にグダグダの成り行き任せで終わってしまう。
つまり、これも何時もの日常なんで仕方がないっちゃ仕方がない。
結局、緊張の欠片も持てずに俺達は、重々しいボス部屋の扉を押し開け潜るのであった。




