リアルでの、初戦闘
魔攻重機を破壊した痕跡は街道から反れた灌木の森へと続く。
如何にも暴力という印象で木々が折られてるから間違いようがない。
「【千里眼】。……前方三百メートル辺りに反応か。メア、状態は読めそうか?」
「馬力の有りそうな呼吸音、これが魔物でおそらくは大型種だな。人間サイズの呼吸音が複数。多分、大人が一人に子供が三人……、いや訂正、子供は二人だ。おそらく一人、殺された」
「む、じゃ急ぐか。とにかく魔物だけでも始末せんと」
人間や亜人を攫う習性持ちの魔物は多い。
特に魔人と区別する人型の魔物なら大半は女狙いで人間を襲う。理由は単純。繁殖のためだ。
魔人の多くは牡ばかりで、人間の雌を使って繁殖しなきゃならん性質なわけだ。
そしてこの世界の人間の雌は、ほぼ全てが亜人化して独自の拠点を築いている。その自衛能力はかなり高く、こうして奴隷という形で外界に出ないと入手のチャンスも無い事になる。
つまりは、奴隷行商ってのは狙われやすい存在だって想像ができるわけだ。
ついでに言うと、獣型の魔物でも同じ性質の魔物はいる。
子供には刺激の強い『獣姦』なんて単語も浮かぶが、ゲーム時代に見知った情報を元にするとちょっと印象は変わる。
どうにも魔人以外のその手の魔物は卵生ばかりなんだよな。本当に女を宿主程度にしか扱ってない。受胎期間も半日程度。その分何十回と利用されるんで悲惨さは変わらんようだが、まあ、過去のクエスト系体験じゃあ被害者の女は異様にサバサバしていた。
『助けてくれてありがとー。もう何度もポコポコ産まされて気持ち悪かったわあ』ってな感じでな、逆にこっちがドン引いた。
だから、最初は奴隷が狙われた時点でそういう展開を予想したんだが、その女が死んだっぽいので一部修正だ。だが推測情報が少ない。
襲って攫った。それは生きたまま捕らえるのが目的。つまり繁殖用の道具扱いだと思った。が、わずかに現場から離れただけで一人を殺した。
なら何故、襲った現場で殺さない?
たった三百メートルの移動にどんな意味がある?
……まったく想像できない。
過去にこんな行動パターンの魔物なんかいなかったし。
しかし解らんから放置って答えは無い。
ゲームかぶれの英雄願望。そう言われても弁解しない。
このくらいの俺様特別な感傷、まだまだ棄てれるほど大人になっちゃいないしな。
ましてや、助ける対象は【PoF♂】の奴隷女。どれもこれもバリエーション多めの美少女なんだからな。穫るのは好きだが盗られるのは許し難いってもんだよ。
「主様、後でその伸びきった鼻の下のスクショをコピーしてやろう」
「おうっふ!」
「まったく、何でそのような顔面になると皆『アカツカ画』のようになるのやら……、脳天に旗の一本も刺してやろうか」
「ひいっ!」
というか、メアが何故そんなジャンルに通じてるのかにビックリだよ。
さて、バカやってる間も移動はしている。
なるだけスニーキング状態での移動なんで全力疾走よりは遅いが、ものの三百メートルなら一分もかからず到着した。
そして対象を視認してみれば……。
P/Chat【キザオミ】「【バンデッド・ビー】か。名前は知ってるけど遭遇したのは初めてだなあ」
P/Chat【メア】「主様が驚いてるとなると、強敵なのか?」
P/Chat【キザオミ】「いんや、単にレアポップな『はぐれボス級』ってだけだ。クエストで想定するレベルの10くらい上が上限だから、俺達には雑魚と変わらん」
P/Chat【メア】「なるほど。では我はラッキーなのだな」
P/Chat【キザオミ】「被害者側にゃ災難ってだけだがな」
【P/Chat】。パルティ・チャットの略称だ。
パルティを組む相手同士で通じるテレパシー会話で、内緒話に便利な機能である。ゲームの感覚でつい使ったが、この世界でも問題無く使えるようだ。
ついでに今回の魔物の説明もしておく。
【バンデッド・ビー】とは、ジガバチをモデルとした魔物だ。
全長およそ六メートル。全高は三メートルほど。体色は赤みの強いオレンジ色と黒のツートン。外見に独創性も無く、遠目にはほぼ蜂と見分けがつかない。
魔法要素で飛ぶことは飛ぶが、浮遊限界は地上一メートルくらいなので普通に殴れる。
戦闘での特徴は尾の先の麻痺毒だ。毒攻撃の抵抗に失敗すると五分前後は行動にランダム中断が付加されるんで、ソロでの遭遇はかなり厳しい相手だと思う。
ちなみに毒の効果は累積する。何度もくらえば、最後は麻痺の合間にピクリと動けるくらいに悪化するだろう。
で、ジガバチという事で大体の予想はついた。
襲われたのは奴隷とかの要因とは関係無い。単に卵を寄生させる苗床として使われそうになっていたってわけだ。
現状確認で解ったのは、今のところ犠牲者は二人。
奴隷商人らしきマギボーグの男と、エラフの少女。共に卵を産みつけられた時に麻痺毒を受け、仮死状態となったようだ。
少女は生身だからそのまんまの効果を受けて、こちらの探知には死んだような反応を見せた。男は改造体の影響で麻痺ってても反応として表れなかったんだろう。
ついでに言うと、まだ無事な少女二人もエラフのようで、この商人はエラフの集落からの帰りだったんだろうと予測できた。
P/Chat【キザオミ】「さて、無事な二人の回収、できるか、メア?」
P/Chat【メア】「外殻の硬さが不明だが、関節を狙えば多分?」
P/Chat【キザオミ】「その義腕なら問題ねーだろな。じゃ、囮は俺がやるから任せた」
P/Chat【メア】「仰せのままに、主様」
無事な二人はまだ寄生の餌食になっていないってだけで、安全とは言い難い。しかも現状、バンデッド・ビーの節足に掴まれて宙吊りになっている。
下手にこのまま戦闘となると、巻き込んで死亡なんて落ちにもなりかねない。
だからまず、魔物から引き剥がしてやるのが最初の手段となるわけだ。
各強化スキルを発動後、複眼相手に効果あるかは解らないが、俺が正面、メアが背後へと陣取って戦闘開始だ。
目立つように姿を表し、そこらで拾った小石を適当に投げ当てる。遠距離攻撃系のスキルは乗せてないんだが、軽く『コン』とでも当てるつもりが『ビキリ』と外殻にヒビをいれたんで驚いた。
やべやべ。注意を引きたいだけなのに激昂やらバーサークとかで狂乱させそうになった。こりゃ手加減に注意せんと少女達があぶねー。
だが目的は充分果たせたようだ。
複眼に点る瞳のような光点が俺へと合わされ、触角もビンビンとこちらを向いている。多少は知能もあるのかな、獲物である少女達を捕まえた節足二本を俺から遠ざけるように背後へと動かす。
実に狙い通り。
「【サブソニック・チャージ】」
メアがスキル名を宣言すると同時に俺の前へと現れる。両の腕に少女達を抱えずみだ。遅れたように魔物の位置でガランガランと音が鳴る。
メアが魔物の背後から突進するさま斬り落とした魔物の節足だ。
【サブソニック・チャージ】。音速手前のスピードで移動するための戦闘スキル。ほぼ瞬間移動な感覚で移動する。最低移動距離が十メートルで、距離を延ばすにはスキルを熟練させるしかない。確かメアは五十メートルは移動できたか。
アクティブ系のスキルなんで発動の意思をもてば効果を得る。この手のスキルは発動が一瞬なんで、慣れがないと使い辛い感じだな。
だからか、発動のキーとしてスキル名を発音する者が多い。メアもそのうちの一人だ。
バンデッド・ビーの背後に出たメアは、魔物が俺に注目したタイミングでスキルを発動。軽くジャンプして奴の背に乗り、頭へと向けて疾走する途中で少女を掴んだ節足を両腕で斬り落とし解放。そのまま抱えて俺の前に立った。
という工程となったわけだ。
「すまぬ主様。少し段取りを変えてしまった」
「は?」
『ブブォォォォ!』
メア越しに見る魔物が吠えた。
腕を落とされた痛みに吠えたと思い、身構えたんだが……、あ、納得。
ゴトリ、ボトリ、とバンデッド・ビーが崩れていく。
切断部分は全身の関節だ。魔物は吠えたんじゃなくて断末魔を上げたってわけか。
どうやらメアが節足以外にも攻撃をしたようだ。
「せっかく使える腕が十本もあるのだ。無駄なく使おうかと考えたら綺麗に決まってしまったな。HA・HA・HA」
「いやまあ、俺達がオーバースペックとは解ってたが、安全策とかもう意味無かったかあ」
とりあえず、懸念していた戦闘も問題無いと判断できたか。
今回のクエストボスより強いはずのバンデッド・ビーがこれだ。
少なくても必要とする素材相手には困らないだろう。
「さて、後は人命救助だろう。我は無力だ。主様、ガンバレー」
「……なんだその投げやりな言い方」
無事っぽい少女二人がポポイと俺に放られる。
つかマジに投げるな。
戦闘バカ……、もとい戦闘職能のメアだけじゃなく、生産職能寄りの俺でも身体能力は高いらしい。十代中頃の少女二人を、それぞれ片腕で充分支えれた。
直接触れた事で、ある程度体調の状態も解る。
【リモッドキスト】の基本スキル、【総合解析】の効果だ。
このスキル、本来は得た素材の性質を調べる程度のもので、スキル習得用の経験値さえ貯めれば他の職能でも取れる。
が、専門職能の特権でか、リモッドキストはスキルの習熟度を上げると素材以外も対象として発動できるんだよな。
これでチェックした後の素材は、後で加工する時に品質のボーナスが発生するし、自分や他のプレイヤーへの専用化装備を作る時も性能が上がる。
地味に重宝するスキルと言うわけだ。
で、ぶっちゃけるとプレイヤーにとってはNPCはアイテム扱いなのな。だから解析すると結構個人情報的なところまで解析できたりするんだ。
ついでに言えば、奴隷という状態は本当に生きるアイテムなんでスミズミまでチェックできる。
なので、この少女達が魔物の毒牙にかかっていないのは確実に解った。
「ふむ、気絶状態なだけだ。じゃ、残りの二人を看てみるか」
バラけた魔物の残骸の近く。軽く盛り上げられた土のベッドに丸まる苗床。
そこには大人と子供。奴隷商人の男ともう一人のエラフの少女が転がっていた。
「さて、NPCの男、か。データとしちゃあ結構貴重かね?」




