集会所【ガモウショコラ亭】
行政区画には幾つもの集会所が在る。
業態が様々なので、慣れない者には商業区画と区別かつかないかもしれない。
まあ、商業区画が装備品と素材屋、食事処で占められてるのに対し、行政区画では食事処が共通する以外は警察消防病院関係が多く集まってるのに気づけば間違える事も無いだろう。
ちなみに日本じゃ公僕的な意味合いの強い存在だが、この世界じゃ全てが民間の集団だ。警察は【衛兵ギルド】、消防は【探索ギルド】、病院は【聖院ギルド】と名乗っている。
ま、この世界じゃ組合か互助会を意味する形でギルドという呼称を使ってるわけだ。
逆に言うと、俺達プレイヤーはゲーム世界の正式な社会から弾かれた、でもそこそこ利用価値のある根無し草な扱いってわけだ。
だから依頼という形のクエストは、基本、早い者勝ちの金銭報酬のみ。
その報酬で利益を出せるか赤字となるかも、プレイヤー次第となる。
報酬以外の有益なアイテムが出るクエストなんかは当たりかな。というかそれが無いクエストは誰もやってるのを見たことが無い。
で、各集会所では自分の店舗形態に合った感じのクエストを纏めて扱っている。衛兵ギルドなら街中で起きてるトラブル系とかな。
俺は自分の職能的に雑多な素材の入手が最優先だ。なので基本は探索ギルドが扱うクエスト系の集会所へと行く。
奴隷を自称するメアも基本はそうなる。たまに戦闘メインな衛兵ギルドにも顔を出してるみたいだが、そのあたりの詳細は知らんので説明できないな。
「『ガモウショコラ亭』、この世界でもちゃんと在ったか」
探索ギルド系の集会所も複数ある。その中で俺が頻繁に利用してたのがこの店だ。
看板には達筆で『呀猛庶怺』と書かれてて、出入り口にある藍染の暖簾にも同じ書体で店名が染めぬかれている。
近づけば湯気に香るのは醤油と合わせ出汁。
ぶっちゃけ、昭和の雰囲気満載な立ち食い蕎麦屋という様相の店であった。
店内もまんま蕎麦屋た。
立って食うのにちょうど良いカウンターテーブルが並び、割り箸とフォーク、七味唐辛子が複数置いてある。水道と直結する型のウォーターサーバーは無いが、一昔前の外国では普通に使っていたガラスボトル型の物は置いてある。ペットボトル仕様でないのは開発者の趣味であろう。
そんなゲーム時代を彷彿とさせる、俺にとっては何一つ変化の無い懐かしい店内である。
「……いらっしゃい」
暖簾と同じ色合いに染められた作務衣姿の親父が一人。
無口な渋い頑固者という印象の親父が一人で切り盛りする雰囲気はゲーム時代を思い出させるままだった。
違う部分と言うと、店の付属品扱いな親父がちゃんと人間してて、存在感を持ってるところか。
いつもは無視して依頼のチェックに入るんだが、とにかく何か注文しないと追い出されそうな気分になる。
「えーと、ちくわ天蕎麦一つ」
「いなり寿司四つと掛け蕎麦」
メアも同じだったのか躊躇無く注文を入れた。
と言うかさっき食ってた甘味が無いような量だな、おい。
「主様、調理の工程は現実のままだ」
「うん。けどまあ待つ程の暇は無いだろ」
日本のファーストフードほど客本位なとこは無い。
特に【江戸っ子】なんかを背負った業態だと、待たせる事自体が悪だ。
「おまち」
ドンドンドンと、俺とメアのかけ合いが終わらないうちに品が揃った。
下手するとゲームでアイテムが発生する工程より早かったかもしれない。
でもちゃんと親父が調理していた流れは見えてた。実に効率の良い無駄ない流れだった。
いわゆる達人。こんな場所に無駄過ぎる配置だ。
「さて、食いながら確認だな」
「むぎゅ」
む、既にいなり一個が消えてるか。て言うか、立ち食い屋で歩き食い。はしたないと注意していいものか悩むなあ。
タイミング的に俺達以外の客は居なかった。なので思う存分検証だ。
ゲーム時代、このクエスト関係はとことん現実味の無い方法だった。
いわゆる空中に半透明なメニューウィンドウがタイプだ。壁には依頼を貼り付けたコルクボードというオブジェクトがあるんだが、クエストの数は膨大だからな、とても容量的に収まるもんじゃない。
だからそういう、ゲーム要素の強い仕様になってたわけなんだが……。
「なんて言うか、中途半端な変化だな」
「だな」
ある意味、現実味は増えていた。
ウィンドウが空中に浮かぶって仕様は消えていたんだが、アナログ感のある依頼方法とはまた別の形へと変わってたわけだ。
「タブレットな依頼ボード。フリックアンドタッチでスクロールし放題。まあ、我らには未来寄りも現実寄りな風景だな、主様」
これがカフェスタイルな店なら違和感も少ないんだろうけどな。
蕎麦屋ってとこでもう違和感がハンパない。て言うかここは蕎麦屋だけども蕎麦屋じゃない。あくまで厄介事の依頼を受け付けるクエスト斡旋所だ。
こうも付加要素が多いと混乱しまくるしかない俺だった。
「依頼内容は……、生産関係に限定か。確か設定上はって仕様が生きてる感じか」
「ん? どういう意味だ、主様」
「ああ、大人の事情ってやつでな」
行政区画の集会所は数多い。プレイヤーが入れる店舗は全て集会所という機能を持っていた。
その表向きの理由は、依頼する内容がその店舗に関係する系統を集めたものといった感じだったんだよな。
蕎麦屋であるガモウショコラ亭なら素材回収系のクエスト限定。しかも素材は食事に関係する物が対象って感じだ。
しかし、ゲーム運営にはそんな拘りがマイナスとなった。プレイヤーがクエストを選ぶ行程で、そんな専門分野で区分するのを嫌がったのな。
単に報酬の高いもんを選びたい。または自分の目的に合致するクエストをジャンル関係無く選びたい。そんな希望と要望が山ほど上がった結果、全ての店舗で全てのクエストを閲覧選択できるように変更されたってわけだ。
ま、求めるクエストのために店を転々と移動するよりは楽だからな。
世界設定とか雰囲気とかを重要視する俺もそこは同意なんで、ゲーム時代は蕎麦屋の香りの中で、如何にも身体に悪そうな重金属素材収集クエストなんかを検索とかしていた。
「……が、この世界じゃその初期の設定のまま、限定された内容の閲覧仕様って感じになってるわけだ」
「なるほど。妙な拘りなのだな」
本来、ゲーム途中で爆発的に増えたプレイヤーのせいで集会所機能がおっつかず、無理やり集会所を追加する流れでそんな設定がでっち上げられたのが根底にあるんだが、そこはメアに言ってもしょうがないんで黙っておく。
「記憶が半分怪しいが……、依頼内容のレベルは変わってないか。ただし受注日が半端なく古い。依頼取り下げされてないのが不思議なレベルで」
これはゲーム時代って言葉を使っていいか悩むな。なんせ、つい数日前まで受けてたレベルのクエストだし。
【PoF♂】のクエストはゲームって事もあり全てが常設型となる。
常設型ってのは、たった一つのクエストを百人同時に受けられる。そして百人それぞれに報酬が出るってやつな。
【PoF♂】での特徴は、検索中にどれだけそのクエストが受注されたか記録されてる事だ。
実はクエストの舞台となる場所が、フィールドだろうがダンジョンだろうがオープンフィールド扱いなんだよな。だから人が殺到する人気クエストの場合、討伐系ならカチ合うプレイヤーが増えて乱獲状況となるし、採集系なら特定の素材の相場が大変動する目安となる。
このあたりも文句を言うプレイヤーが多いんだが、広い意味でプレイヤー間の問題なんだからシステムじゃ関知しないとか公言していた。
そんな状況をトレーダープレイに興じる連中が市場操作で相場を荒らすトラブルが当然のように発生したが、その度に有志の集いによる制裁騒ぎとなる。
ゲームの頃はそれも遊びの範疇だったが、さて、この世界じゃどうなってんのか怪しいとこだよなあ。
「ここから推測するに、ダンジョンの規模には変化無し。でもプレイヤーのレベルはダダ下がりで素材市場も縮小化。と見るがどうだろうな、主様」
「俺もそんな風に考える。まあ、自前で開発の道が可能っぽいのは助かったな」
俺はズルズルソバを啜り、メアはモギュモギュといなりを頬張りつつ状況を確認する。
地味に長く親しんだ味のまんまなのに驚く。
ついでに寡黙な印象のままの親父なのに、何故かドヤ顔に見えるのがムカつく。
「で、主様。何かクエストは受けるのか? モギュ」
「うーん。どうすべー。ズルズル」
疑問の幾つかが解決して、次の行動をと考えると少し悩む。
大まかに町の様子は解ったが、解ったからこそゲーム時代と違う部分が新しい疑問として生まれた。
そちらを優先するのも良いんだが、せっかくクエストをチェックしてるのだ。ならば戦闘面でも変化があるのか確認もしたい。
「……と、ああ、お手軽クエを見つけた。確か戦闘一回のみの採集メインなやつだ。これでサクっと確認してくるか」
悩みつつのスクロール操作で都合の良いクエストが出て来た。
経験値的にも懐的にも何の足しにもならないレベルのクエストだが、ちょうど在庫が怪しい素材のクエストでもある。
現実と化した戦闘の確認には、このくらい温いのが安心だろう。
受領すればカウントされた数値は『1』。
他の奴が居ない状況なのも好ましい。
『ごっそさん』と丼を返し、俺達はクエストに出かけるのであった。




