ホームタウン【エンマリオ】③
「うーむ。俺はこの状況を喜んだ方が良いのだろうか?」
「一生、食っちゃ寝生活がマジできる。ここ天国であるよ主様」
メアがニートな未来にワクテカしていた。
ダメダコイツ、ナントカシナイト。
さて、ざっと商業区画を歩いて世間の常識の一端を知った。
まず一度の食事にかかる経費は頑張っても五十フルン。
それ以上は腹が弾けるから無理だ。
日用雑貨系のアイテムも似たようなもんだ。
多少高上がりに済ませても二百フルンが限界だろう。
買う場合には青天井に吊り上げられるが、逆に売ろうとすると買い手が皆無となる。だからそこそこの価格で収める必要性がその値段というわけだ。
反面、俺の【リモッドキスト】としての本分を発揮するには素材価格が無いが如しで、正に好きなだけ買い漁っての実験三昧が可能だと思える。
とは言え。
「全体的な低レベルの影響だろうなあ。必要な品質の素材が全く無い!」
品数は豊富なんだが、俺が使って役立つような品質は無かった。素材同士を一度組み合わせた二次素材や高次素材もだ。
つまりは、これから俺は基本的に『素敵生産』で生きなきゃならんという事実を知ってしまったというわけだ。
ああ、悲しい。
「エンマリオは、そこそこ役立つ素材が有るのが売りのホームだったんだがなあ」
いわゆる特産商業都市という感じか。近くに複数のダンジョンが在るんで、バリエーションの多い素材が売り出されるのが魅力だったんだよな。
現実の世界と比べれば小さい規模だが、文明崩壊後の環境じゃあ中堅規模の大都市枠だったはずだし。
そのくせ都市国家とか特定の勢力に支配されない風潮が好きで、自前のホームまで設定したのに……。
「場合によっては、どっかに引っ越すのも考えんとか」
高レベルのダンジョン近くの町は、やはり高レベルの魔物も多いんで軒並み『国』を名乗る町はかりだ。
【PoF♂】での国とは特定の趣向に凝り固まった思想集団を指すのと同じだ。軍事に傾倒してたり宗教に啓蒙してたりと、どれもこれもクセが強い。
こちらの感性と風土が合わないと息苦しいが、その辺りは妥協するしかない部分だった。
俺にとっては、使える素材が無いのは息吸う空気が無いのと同じなんだから。
「主様、『取らぬ狸の皮算用』だと我は思う。ここのレベルの変化が他の場所では無いと考えれるか? エンマリオ周辺のダンジョンもそう低いレベルでは無いぞ」
「……あ、そうか」
別の地域に行こうが、そこの攻略レベルが低けりゃ同じ事だもんな。
「と、なるとだ。ダンジョンそのものの確認もしなきゃならないって事か」
うっかり町の連中のレベルが低いで決め付けてたが、下手するとダンジョン自体のレベルが下がってる可能性もある。その確認をしないと、自分で素材収集する手段すら出来ないって結論もあるわけだもんな。
「うわ、本気で面倒な状態だなあ」
「別に散財する気が無いなら、我と主様で一生分の貯えくらいは有るはずだ」
「や、それは無い。いや言い直す。散財しない方向は無いって事だ。俺は現実じゃ無理なもんを山ほど創りたいから【PoF♂】してたんだしな。ようやく目処が立とうって時にオアズケとかマジ勘弁だぞ」
「……む、そうか。なら主様の望むまま我は従うのみだ。うん!」
遠回しに『一生一緒』だと言われたのに気づくのが遅れた。
つい反射的に否定して、メアがマジ泣きしかけたんで慌てて訂正だ。
うん。ちょいと気を引き締めないとな。なんだかんだ言っても、現実から共に訳の解らない場所へと引きずり込まれた、たった二人の仲間だった。
ゲーム時代のかけあいで平静を保ってるが、自分自身、結構ギリギリで理性を維持してんだと自覚できた。つまりは、メアだって同じなんだ。
どうにも変態露出狂な言動で忘れかけるが、コイツも俺同様にガキなんだったよ。
ポンポンとメア頭に手をやりつつ暫く無言で歩けば、ようやく商業区画から行政区画に到着だ。
この区画はプレイヤーがゲーム上で利用する施設が集まってる場所でもあるんで、街並みのほぼ全てに記憶と同じ環境が重なる。
クエストを受ける集会所は確か八ヶ所。酒場だったり雑貨店だったりと形態は様々だが、その店舗に因んだ依頼を多く扱うんでプレイヤーの混乱は無かった。特定の人気依頼の場所が混むのは御約束ってやつだが、そこはゲーム的な処理で誰某の独占とか悪質な状況にもならなかったしな。
他には各職能に対応したスキル販売所。まあ、見た目は商館風なんで、集会所よりもよっぽどギルドに見えるのは指摘しないのが大人の対応というもんだ。
極論、一プレイヤーにはこの場所の三割しか必要無い。基本的な職能である【マギボーグ】【リモッドキスト】【亜人】三種に対応する施設が揃ってあるんだ。他の二種への転職が無いんで、利用する理由が無い以上、自分と関係ない施設に行く意味も無いのが理屈ってわけとなる。
まあ、亜人奴隷持ちのプレイヤーは亜人関係の施設には行くかもだが、俺の場合、メアの事はメアを任せてたんで詳細も知らん。
で、それらを合わせても九割でしかない施設。最後の一割に相当するのが、ゲーム時代は不可侵扱いだった領主の館という場所だ。
エンマリオの町を治める領主の名は【ネロ・ブロフェルミン公爵】という。人口五百人程度の町を治めて領主と言うのは情け無い気もするが、それは単なる勘違いだ。
領主が治めているのはエンマリオを中心とした中規模の領地であり、広さを例えるなら新宿区と渋谷区、それに世田谷区を合わせた程のものとなる。
この領内にダンジョンを大小合わせて八つ抱え、各ダンジョンの監視と利用を担当する町も同じ数だけ管理している。
更にフレーバーな部分として、戸籍未登録扱いの開拓村などが無数に点在し、最終的には数十万人を抱える大規模領地を運営するネロは国内随一の有能領主として設定に書かれていた。
各地の農地開拓に積極的で、焼き畑を好むところからついた異名が『火達磨公爵』である。このあたり、名前から開発者がつけた遊びの要素と言われているが、そのあたりはファンサイト発祥の噂なので確証は無い。
そして何より。
そういう設定は存在するが、【PoF♂】のプレイヤーが領主と絡む展開が無いために、一切確認する方法が無いというのが実情であった。
そういう背景だからこそ、領主の館は行政区画の一割を占めながらも、侵入不可能な巨大オブジェクトとして、エンマリオの中心に置かれているに過ぎなかったのである。
「そんな感じだったんで、俺は今、微妙にこの現実に感動してたりする」
「うーむ。完全に興味無かったから、残念ながら共感できない。誠にすまない、主様」
「まあな、何の役にもたたん要素だったからな。単にゲームスタート直後、どんなゴミ設定でも知りたくなるオタク性の病気と変わらん。こうして語った挙げ句に温い視線を向けられるのには慣れてるさ。くくく……くっ!」
さっさと集会所に入ろうとした俺達だったが、つい、ランドマーク扱いの館に視線をやったのが運の尽き。今まで無かった新要素にマジマジと過去との差異を確認してしたしまった次第である。
分かり易い部分は人口密度な。
ゲーム時代の館は五階建ての上二階分を観れればいいくらいなレベルで、高さ三階分の塀に囲まれていた。塀の素材は煉瓦なので視界が被さる部分は完全に隠されてた。それより下は、門扉の鉄門越しに正面玄関が眺められれば良いくらいのレアな印象だ。
なのでオブジェクトという呼び名に相応しい、空虚な場所という感想しか出ないもんだったってわけだ。
で、今はその塀が何故か鉄格子製へと変わっていて、格子越しとなるが館の全容がほぼ御開帳状態となっていたのだ。
しかもその館周辺には、生活感を伴う行動のメイドさんや執事さんがワラワラと動いていたし館の中にも人が動く気配があるしで。
俺的には、領主の館の印象が180度変わったのだから注目しないわけにも行かないって状況なわけである。
「おお、おそらくは十代まではミニスカで、それより年配は正当なスタイルか。ちゃんとTPO弁えたデザインは好印象だな。ここの領主とは趣味が合いそうだ」
「主様、……そのあたりの注目地点にブレは無いのだな」
ブレいでか!
あくまで設定の中でだが、この世界には貴族制度がある。領主は勿論貴族だし、堂々と公爵と名乗ってるんだからな。
ならその下で働く連中はメイドと執事で決まりだろう。
「でもゲーム時代はなあ、領主関係で確認できるのって門番くらいだったんだ。しかも無駄にイケメン風なデザインの衛兵っぽいやつ。こんな女卑ってる世界でそれだぞ。どんだけ女のデザインが高いのだとか期待しない方がおかしいだろうが!?」
告白しよう。
肉や性が付属する女奴隷に興味が無いとは言わん。が、俺はどっちかと言うとメイドさん派だ。
目から光が消えたキャラよりも、正気で対応してくれる方が好きなのだ。
『そんな違い、現実じゃねーから』とかの忠告は聞こえない。【PoF♂】はゲームだったんだからな。だから俺の主張は正しいのだ。
少なくとも、この世界じゃな。
「……もうそれで良いから、ほら集会所に行くぞ。主様」
む、よりにもよってメアに諭された。
しかもドラフの怪力による強制移動。
「領主は逃げない。用事を済ませたら好きなだけメイドウォッチングしていいから今は行くぞ、主様」
ズルズルと引きずられて魅惑で未知の情報から遠ざけられる俺。
くうっ、俺はきっと戻ってくるぞ!
この、爛れきった世界唯一のオアシスへー!




