第一章「異変」
ある土手の橋の下――
そこに突如として白い扉が現れた。
「やっと着いた……」
扉がゆっくりと開き中から現れたのは男だった――
俺の名前は黄昏 聖。しがない高校二年生だ。
因みに髪の色は赤。勿論、染めた。確か、高校に入ってすぐ頃だったか。
俺の通ってる高校は校則ユルユルだから染髪してる奴なんてごまんといる。
まぁ、もっと行くとズル休みしてる奴もいる。で、俺もその一人でした……っと。
只今、自宅で昼寝中。まぁ、「昼寝したい」って理由だけでズル休みしたと言えばしたのだが……。ズル休みの理由なんてこんなもんよ。
ついでに言うと俺に家族はいない。父親は俺が小さい時に他界、母親はそのショックで俺と兄貴を捨てた。ショックで捨てたってどんな親だよって突っ込みは受け付けない。うん。
で、その兄貴も半年前くらいから行方不明。そして、現在俺は一人暮らしって訳。
俺はベットから這い出て時計を確認する。現在時刻、午後4時半。部活がない奴はもう帰宅時間か……。
ちょっと高校周辺の場所に行ってみるか。別に怪しまれはしないだろう。
俺は青いジーパンに穿き替えて黒いコートを羽織り、三日月が頭に付いた金色の鍵のペンダントを掛ける。これは……兄貴から貰った大事な物だから……。そして、その上から紺のマフラーを巻く。(今は12月中旬の為、かなり寒い。)
そうして、自宅(一軒家だ)を出た俺はまっすぐ駅へと向かう。高校の最寄り駅はその駅から6つ先だ。
あ、言い忘れてたけど俺は別に不良って訳じゃない。自分で言うのもなんだけど成績優秀、スポーツ万能だ。
さて、駅だ。定期を出して……って、あ!……定期忘れた。……まぁ時たまこういうヘマをする訳だ。……はぁ。
家に帰るのもめんどくさいので俺は素直に切符を買って目的地を目指す。
電車内は込み合ってはいないが、騒がしいガキや音楽大音量で聞いてる若者などが妙に多い。……はぁ。意味もなくため息を吐いてしまった。いや、意味は……あるか。
俺は暫くボーっとしていると目的地の駅に着いた。……この時間が何故か妙に長く感じたのは気のせいか?気のせいだな?気のせいだと思いたい。
そして、俺は駅を出る。瞬間、冷たい風が俺の頬を撫でる。さて、どこまで行くか。
取り合えず公園でいいか。高校から近すぎもなく、遠すぎもなくだからな。
俺はポケットに手を突っこんだまま足早に公園まで行くとそのベンチに身を沈める。
……ふぅ。ゆっくりと息を吐いた俺は周囲を見渡す。ん?一瞬、絶対に会いたくない人物が見えた……気がした。
あれは気のせいだな、うん。そうに違いない。頭ではそう思っていても思わずその場から移動しようとする。その時――
「あっ!聖ー!」
見事に見つかってしまった。……最悪。
その女は走って俺に近寄ってくる。まぁ、俺も今更逃げ出せないので出来る限りの笑顔で彼女を迎える。
こいつの名前は護耶 椿。長い黒髪と可愛い 顔立ちで男子生徒には人気が高い俺の幼馴染。因みににセーラー服が似合うってのでも学校じゃ有名らしい。
実を言うと俺もモテる方なんだけどな、うん。ただ、俺の場合は何故かモテる度に他のクラスメートやら同学年やらに妬まれるって事だ。
「どうしたの?ズル休みしてたクセに?」
う……相変わらず嫌味っぽい奴だ。こいつとは小中高と一緒だが、いつも俺に対してはかなり嫌味を言ってくる。だから、嫌いなんだよ、こいつは!
「別に?暇だから来ただけだ。」
「暇だと思うなら最初から学校来ればいいじゃない。」
「眠かったんだ。」
「普段、ちゃんと寝てない証拠でしょ?」
それは確かに。最近は特に夜更かし多かったからな……。
俺は一つ嘆息すると公園の奥の方に行こうとする。が、椿に袖を強く引っ張られた。
「どこ行くの?」
口ではこう言うが明らかに「自分も一緒に行く」という意図が嫌というほど良く分かる。こうなった時のこいつはもう絶対に振り切れない。
「……お前、何気なく付いて来ようとしてるだろ?」
俺がストレートにそう聞くと椿は大きく頷いた。やっぱりね。こいつのこういう所は昔から変わらない。
「まぁ、断っても付いて来るんだろ、どうせ……」
俺はそう言って一人で進んで行く。その後を椿が満面な笑みで付いて来る。
「あっ!」
すると、不意に椿がそう呟いて俺のマフラーを強く引っ張る。
「いっ!?」
俺は当然、後ろへ体が反れる。しかも、力が女とは思えない。つまり馬鹿力……。
「聖、あれ!」
「あ?」
椿の指差した方向、ちょうど俺や椿の高校辺りの空が一面黒くなっている。
「何だ、ありゃ?」
「行くよ、聖!」
俺が首を傾げていると椿に引っ張られて怪奇現象が起きてる高校付近へと連れて行かれる。……マフラー引っ張られながら。
「いって!お前、マフラー引っ張んな!マフラー!」
そこまで叫んでようやく椿は解放してくれた。俺は歩きながら首を押抑えてごほごほやっていた。当然だろ。首締まってたんだから……。
それにしても何で今日はこうも色々な目に遭うんだ?定期忘れたり、椿に出会ったり、マフラー引っ張られたり、怪奇現象見たり……。
と、ごちゃごちゃ考えていると目的地の高校に辿り着く。
真黒な雲が頭上を覆っているせいか……いや、それだけじゃない。が、とにかくこの位置に来た途端、辺りが急に暗くなった。まるで、街灯がない真夜中だ。
しかし、自分でもあり得ないと思うほどに目はすぐに暗闇に慣れた。隣にいた椿も同じなのだろう。俺を見て安心したような笑みを浮かべる。
そして、怪奇現象の正体を目の当たりにする。その瞬間――
「なっ!?」
絶句する。この世の物とは思えない物がそこにあったからだ。いや、『あった』というよりは『いた』という表現の方が正しいだろう。
『それ』はかろうじて人の形はしているものの全身が真っ黒で影のようなのだから……。
周りも『黒』だから、実際は殆ど見えない筈だが、何故か今は異様にはっきり見える。
『ギャァァァァァァァァァァ!!』
『それ』は奇声を発すると瞬間的に消えた。いや、周りに『溶け込んだ』。
しかし、何かが動いているのは分かる。『それ』の狙いは――
「椿!?」
それは明らかに椿を狙ったものだった。椿が目を瞑り、顔を手で庇うのが見えた。
俺は意を決して『それ』と椿の間に体を割り込ませた。
瞬間、俺の右肩に重々しい衝撃が走り、椿の横をバウンドしながら転がった。
「野郎!」
俺は肩の激痛に堪えて『それ』に飛びかかる。勿論、勝てるとは思ってない。でも、やらなきゃやられると思ったから戦う。
激痛がある右肩はあえて使わず左腕で『それ』に殴りかかる。
ドスッ!――確かに俺のパンチは『それ』の顔面に入った。
「な!?」
しかし、実際は食い込んでいただけでダメージなんて無いようだった。つまり、かなり柔らかい体だって事だ。
『グギャァァァァァ!!』
『それ』は再び奇声を発して俺を跳ね飛ばすと俺の目の前に一瞬で現れる。
勿論、空中を低空飛行で飛んでいる――いや、『飛ばされている』俺にはどうする事も出来ない。
(殺される!)
そう思った時である。
『火竜!!』
唐突にそんな声が聞こえたと思ったら俺の頭上を何かが通り過ぎるのを感じた。
仰向けになっているのにも関わらずその正体も掴めぬまま、『頭上を通り過ぎた何か』は『それ』に激突した。
大地を揺るがすような轟音が辺りに轟き、俺が地面に転がった時には激しく燃え盛る炎しか無かった。
「な……んだ、あれは……?」
俺は右肩を庇いながらゆっくりと起き上がる。激痛はまだまだ治りそうもない。
すると、頭上の黒い雲が晴れ、太陽が顔を覗かせた。恐らく『それ』が消えたからだろう。
「聖!大丈夫!?」
椿が駆け寄ってくる。そして、俺の右肩に触れようとして――
「痛ぇ!触んな!」
俺は飛び跳ねた。まだかなり痛いからな。
「黄昏 聖……」
不意にそんな声が聞こえてきた。俺と椿は同時に振り返る。
すると、そこには短い黒髪で長身の男がこちらへ向って歩いてきていた。
濃い緑色の作業服らしい物を来ている。
「誰だ、あんた?」
俺は思わずそう聞いてしまう。椿が止めたかったらしいが時既に遅し、男の表情が一瞬で険しいものになる。
「やれやれ、我々の『切り札』は礼儀を知らぬのか?」
男は低い声でそう言ってくる。
「分かったよ。俺はあんたが呟いてた黄昏 聖だ。で、あんたは?」
俺は嘆息してそう告げる。……何か、椿の視線が激しく痛いのだが……。
「私はヴァン=レクシィード、【炎】の『覚醒者』だ!」
「……は?」
何かいきなり意味不明な単語が出てきた。しかも、この男……見たところ日本人っぽいけど、もしかしたら外人なのかも……?
「では、取り合えず向こうで話そうではないか?」
ヴァンと名乗った男はさっき椿と会った公園に向かって歩いて来る。
俺もそれに従おうとして――
「えっと、聖……わ、私は……?」
椿が話しかけてきた。す、すっかり忘れてた。でもなぁ、今更「帰れ」なんて言えねぇよ……。
と、そんな事を思案していると――
「今からする話は誰にも聞かれたくない。悪いが、帰ってくれるか?」
…………。普通に言っちゃったよ、この男!
「え……そんな……!」
椿、普通に落ち込んでるし!何か、すげぇ気まずい雰囲気……。
「あ〜、もう!来たいんなら来いよ!」
俺はこの雰囲気を振り払うようにそう叫んだ。
満面な笑みを浮かべる椿。が、ヴァンにはこれ程ないくらいに睨まれてる。
「べ、別にいいだろ!ここで帰そうとして簡単に帰せる奴じゃないんだよ!」
……まぁ、所詮は言い訳にしかならなかった訳で。ヴァンの不機嫌は直らなかった。
暫く三人で無言で歩く。これだけでも普通に気まずいよな、普通は?でも、この場合は……更に椿が俺に腕を組んできてるからなお気まずい。
「もう、ここでいいだろ。」
俺が顔が熱くなってくるのを感じながら近くのベンチに座った。
「で、さっきの変な生物は一体何だったんだ?」
恥ずかしさを紛らわせようとヴァンと椿がまだベンチに腰かけぬうちに俺は本題に入る。
「うむ、さっきの奴らは『魔物』という生物だ。……と言っても分からんか?」
「あぁ、さっぱり?」
俺は正直に答えたが……ヴァンには何故か睨まれた。う、俺……何か悪いことしたかな?
「コホン!『魔物』とは『闇の扉』と呼ばれる物を通って『現実世界』に来た生物だ。更にこの『魔物』は――」
「ストーップ!」
ヴァンが早口で話し始めたので俺は一つずつ聞いて行くことにする。
「その『だーく・げーと』って何なんだ?」
「『闇の扉』とは『我々の世界』にある扉の事だ。これを通った物には『闇の力』が付加される。」
「じゃあ、さっきの『魔物』も……?」
「そうだ。あの『魔物』の周囲の雲が黒かったのは『魔物』が『闇』を吐き出していたからだ。」
「ふ〜ん……」
俺は一回頭の中で整理する。つまり、ヴァン達の世界には何かヤバそうな扉があってそれを通った者にはヤバい力が追加されるって訳か……。
「あっ!じゃあ、ヴァンもその扉を通って来たのか?」
俺が何気なく聞いたら鼻で笑われた。おーい!俺、何か変な事言ったか?
「私は『世界の扉』と呼ばれる別の扉を通って来た。これはある特殊な鍵を使わないと通れないというデメリットがあるがな。」
「鍵……ねぇ」
ここで俺は暫く無言で考える。信じられない事だらけで混乱してる。
「じゃあ、さっき言ってた『カクセイシャ』ってのは?」
俺は取り合えず理解した……と思うから次の質問に行く。
「『覚醒者』とは人間の中にある『魔力』という力を引き出し、具現化する能力を持った人間の事だ。」
「成る程ねぇ……。じゃあ、俺の事を『切り札』って呼んでたのは?」
「我々には君の力が必要だ。君の力が全てを終わらせる『鍵』となる。」
「でも、俺は『覚醒者』じゃねぇぞ?」
「それはこちらの調べで分かっている。だから、今から君を……『覚醒者』として修行させようと思う。」
「何?」
くそ……こいつ、またこんな『危険』の言葉がピッタリな事を言いやがって……。
「いくら、お前が『切り札』と言えど『覚醒者』でなければ意味がないからな。行くぞ、こっちだ!」
「いやいや!待てよ、おい!」
何か今すぐ始まるみたいな空気だったから俺は慌てて止めた。もう少し聞いておきたい事があったから。
「『覚醒者』って誰でもなれんのか?」
「あぁ、修行すれば誰でもなる事は可能だ。」
ヴァンが軽く俺を睨みながら答える。
「じゃあ、こいつもなれるよな?」
俺は後ろの椿を指差す。椿はかなり驚いていた。当然だろ。説明の間、一度も発言しなかった奴なら尚更な……。
「まぁ、可能性はあるが……修行空間は一度に入れる人数は一つの入口につき二人までだ。それから一晩経たなければ入る事は出来んからな。それまでは待てない。」
「そうか。それなら仕方ない……か。」
俺は頭を掻く。可能性があるなら椿も一緒に『覚醒者』になればいい、と思ってたんだけど……。
「でも、聖、何でそんな事を……?」
椿が俺の背に話しかけてくる。俺としては結構言いにくい事なんだけど……。
「まぁ、何だ。お前もヴァン達の世界に来ればいいかな……って思っただけだ。お前、心配性だからさ……」
「聖……」
ただでさえ頬が熱くなるのに椿は更に……抱きついてきた。
「おわっ!?お前、離れろよ!」
俺達が暫くドタバタやってヴァンの方を向いたがヴァンの姿は無かった。
「あれ?ヴァン?」
俺はヴァンを探す。すると、駅の入り口前にその姿があった。せっかちだな。……いや、世界の危機がかかってるんだ。当然か。
俺と椿は慌ててそこに移動すると、ヴァンはかなり不機嫌そうにしていた。はいはい……あんたの意図は嫌と言うほど分かりますよ……。
「で?その修行空間ってのは何所にあるんだよ?」
駅の中を歩きながら俺は聞く。
「この先だ。」
すると、ヴァンはそう言うなり急に駆け出す。
「おい、ヴァン!?」
俺と椿が慌てて後を追う。その先は……行き止まりだった。まぁ、正確には改札口の隣の壁なんだけどさ……。
「……おい、ヴァン。これ、壁……だよな?」
俺がそう問うも完全に無視してヴァンは壁に手を近付けた。そして、壁に当たる筈だが――
「え?」
実際は壁をすり抜けた。ヴァンの手が手首まで壁に突き刺さっている。
「この壁はカモフラージュだ。この先まではその女も一緒に行ける。」
ヴァンは小声で言って壁を通って行った。俺と椿もその後に続く。でも、椿はかなりビビってたけど……。
そして、すり抜けた俺の視界に飛び込んできた光景は信じられなかった。
「これ……洞窟?」
流石にすぐ理解しろって言っても無理がある。そこは洞窟で広さもまぁまぁな所だったのだから……。
そして、その一番奥にヴァンが立っていた。その横には光の穴らしき物。
「これが修行空間って奴か……」
俺は何気なくそれに触れようとして――
「触るな!!」
ヴァンに思いっきり突き飛ばされた。その拍子で俺は頭を打つ。
「痛ぇな!何すんだ!」
「あ……すまん。少し待っていてくれ!」
ヴァンは軽く謝罪して光の穴に手をかざす。
すると、その手から紫っぽい筋が放たれて光の穴に吸い込まれる。
どうなるのかと見守ってた俺達二人の前でその穴が徐々に形を変えていく。その形は扉そっくり……いや、完全な扉だ。
「この扉も厳重に封印されていてな。『覚醒者』がこうやって魔力を放出して正式な形に変えずに触れると……生身の人間なら死ぬか……良くて気絶だ。」
「じゃあ、ヴァンは俺を助けようとしたって訳か。」
俺は納得する。まぁ、事情が事情だからな。
「まぁな。では……準備はいいか?」
「あぁ……!」
俺が足を踏み出そうとした時――
「ぐっ!?」
右肩に激痛が走った。『魔物』に受けた傷がまた痛み出したらしい。
「聖!?そんな体で修行する気?」
椿は俺の体を支えてくれようとしたが……俺はそれを拒否した。
「俺がヴァン達の世界を救えるかもしれねぇんだ!それがたとえどんな世界でも……俺は一刻も早く救いたい!」
俺はチラリとヴァンを見る。ヴァンは無言でゆっくりと頷いてくれる。
「聖……それじゃあ!」
椿はそう言うと俺に近づいて頬にキスをした。
「え?つ、椿?」
俺はかなり動揺してる。多分、頬も今までに無いほど赤くなってるだろう。
「頑張れるおまじない!」
そして、椿はその場に座る。
「それじゃあ、私はここで待ってるわ!」
「うむ。修行空間では時間の流れが遅いからな。実際にはそれ程時間はかからないだろう。」
「そうか。じゃあ……椿、行ってくる!」
俺は扉の前に立つ。
「うん。聖……行ってらっしゃい!」
椿の声を背中に感じて――俺は扉の向こうに歩いて行った。
〜続く〜