濡れ衣令嬢と恋する男
初投稿です。拙い文ですが、宜しく御願い致します。
皆が見守るパーティ会場。優雅にダンスをしていた貴婦人達も足を止めて私と一組の男女を見ています。
「クリスティア!其方の悪行を許してはおけない!婚約破棄を申し渡す!」
どうしてこうなったのでしょうか。
私の名前はクリスティア=レヴィ=アリステル=メルティアス……まだ続きますが、クリスティアと呼ばれております。この国の公爵家の跡取りにして、第一王子であるレイウッド王子の婚約者です。
正確には許嫁と言うのでしょうか?成人と同時に結婚する予定でしたのでしが、どうしてこうなったのでしょうか。
「あの、レイウッド王子。私が何か致しましたか?」
「とぼけるでない!我が愛しのメアリーに陰湿な嫌がらせをしたではないか!何を言っているか!」
嫌がらせ?まったく知りません。
メアリーというのはレイウッド王子が好意を抱いていた男爵家の者でしょう。
最近は婚約者である私を放って置いて、その方とよく仲良くしていましたね……不愉快でしたが、私は嫌がらせ等していません。その方と直接話した事すら無かったですし。
あぁ、今レイウッド王子の隣にいるのが、そのメアリーですね。
金髪でおっとりとした風貌をしていますが、婚約者がいる王子を誑かす中々の悪女ですわね。何も考えていないのかもしれませんが。
対して私は黒髪で吊り上がった目、性格が悪そうな風貌と言ってもいいでしょう。側から見たら、どう見ても私が悪いでしょうね。
「誤解ですわ。レイウッド王子、私がそんな事をすると思っていまして?」
「黙れ!証拠は出揃っている!其方に信用などないわ!」
私の中にあったレイウッド王子への好意が音を立てて崩れ堕ちました。自分の婚約者であり、少なからず好意を抱いていましたが面と向かって信用がないとは、如何な物でしょうか。
そもそも証拠と言うのは一体……私、しておりませんよ。嫌がらせ等という低俗な事は三流がする事ですわ。レイウッド王子の一時の気の迷いとして覚めるのを待っていましたが、まさかここまで酷いとは。
すっと目が座りました。
「王子、私そんな事致しておりません。証拠というのは何かの間違いではないでしょうか。信用の足る話ですか?」
「ああ、ある。このメアリー嬢が私に直に申してくれたのだ。其方より信用はある」
怒りを通り越して、呆れました。間違いなく隣にいるのメアリー嬢の詭弁。男爵家と公爵家の発言の重みを考えていませんわ。
それに、婚約破棄と言いましたが観衆の見守る中でそのような事を言えばどうなるか……分かっていらっしゃらないのでしょうか?いえ、分かって言ってるのかもしれませんね。
未来の王の不興を買ったというレッテルを貼り付けられ、これからの繁栄が期待される事はないでしょう。飛び火する事を恐れ、貴族達も離れるに違いありません。そうなったら私、いえ私のお家は衰退するしかありません。ここで何としても釈明するしかありません。
「王子、私はそのような事をしておりません。そこの少女の詭弁に御座います」
「言い逃れをするな、クリスティア!私が婚約破棄という軽罪で済ましているのだ。本来ならば追放しても構わんのだぞ?」
本当に、何でこの様な人に想いを寄せていたのか。私自身が馬鹿に見えるではないですか。自嘲気味に私は笑いました。
「何がおかしい?笑うほど余裕があるのか?」
「いえ、これは諦めでございます。心底愛想が尽きました」
「まだ吐かすか。悪党令嬢が」
心無い言葉に傷つく事はありません。過去に想い人だったとしても、今はただの他人。石ころに悪意を抱かれた程度では感傷も致しません。
所詮、その程度だったという事です。私は愛されてはいなかった。
元々、父と母は私に自身の丈以上の事を求めていました。何をしても褒められる事はなく、それが当たり前だと言っていました。
使用人達は粗相を立てぬ様、言われた事のみを全うし、私はそれで良いと思っていました。
貴族院の同級生からは、身分の違いから距離を置かれていました。この容姿のせいもあるでしょう、悪評等もありましたね。
友人もなく、想っていた婚約者から裏切られ、私は、
「お待ちください、殿下」
と、私と王子の間に一人の男が立ちました。
綺麗に整った目鼻に、長い眉、王子と何処と無く似た空気を纏っています。私はこの様な方とは知り合うではなかった筈ですが……。そもそも並みの貴族では、王子の不興を買わないためにも入ってこないと思うのですが。
「其方は……騎士団長がどうして此処にいる」
口調が厳しい物に変わる。
あぁ。分かりました。ここにいる方は、この国の騎士団の長であるケイオス様ですね。レイウッド王子の従兄弟で、私達より幾分か年上です。
このパーティは貴族院のパーティ。貴族院を数年前に卒業した筈のケイオス様がおられる筈もないのです。
「殿下が早まった事をしないようにと、陛下に命じられていましてね。潜入させて頂いておりました。どうですか?様になっているでしょう」
そう言うとケイオス様は服を摘みました。騎士団の制服などではなく、貴族らしい煌びやかな服装である。実際、数年前は来ていた筈なので似合わない筈がないのですが。
と、言うより国王陛下の任とは?どういう事でしょうか。
「父上に?一体どういう事だ」
「陛下は分かっておられましたよ、この様な事になると。ですから、私に調べさせていたのですよ」
「何を」
「そこの男爵令嬢の裏取りを」
ニッとケイオス様が笑うと、メアリー嬢が真っ青な顔をしました。
「馬鹿な。メアリーが嘘を吐く訳などなかろう」
「そうお考えになってる時点でまともではないですね。少しは自分の家臣を使うなど考えてください」
「私を愚弄する気か」
「少し、気が立っていましてね。温厚な私でも……許せませんね」
ケイオス様が睨み付けると、王子が怯み後退りをしました。
「……何故、お前が怒る」
「分からなくて結構です。これが陛下からの手紙です。出来れば受け取っていただきたいのですが」
「父上の?」
ケイオス様が無造作に手紙を渡します。それには国王陛下の御印が押してありました。
レイウッド王子が恐る恐る開けると、顔を真っ青にしました。
それと同時にケイオス様が右手を上げました。
「……そこの娘を捕らえよ」
メアリーは貴族服姿の大柄の男二人に抑えられ、連れさられて行きました。レイウッド王子は呆然とそれを眺めているだけでした。
「殿下、お分かり頂けたでしょうか?」
「……あぁ。未だに信じられないが……」
「では取るべき事は何でしょうか?」
王子が苦虫を噛み潰した表情をして、私を見つめました。
「クリスティア、もう一度私と婚姻してくれないだろうか?」
私を一心に見て、それでいて私を見ていない。
己の保身の為、というのが嫌でも分かってしまいます。
それでも第一王子からの願い、断る事など…………
「はぁ、違います。全然ダメです殿下」
「ケイオス?」
「……行きましょう、クリスティア嬢。こんな所にいても無駄です」
そう言うとケイオス様は私の腕を引っ張り外へ連れ出しました。扉を出て、廊下を歩き、バルコニーまで連れて来られました。
「ちょっと……ちょっと待ってください!ケイオス様!」
「はい」
と、ケイオス様が手を離し、私はバランスを崩しそうになりました。ですが、ケイオス様が肩に手をかけ、抑えました。
「急に止まる人がいますか?」
「止まれと言ったのは貴方ですよ」
と言い、ヘラヘラと笑っています。
「…………とにかく、助けて頂いた事には礼を言いますわ」
「その事で私は謝らなければ行けない事があります」
「はい?」
ケイオス様が目を伏せ、悪戯した子犬のような顔をします。
「陛下にはなるべく早く助太刀するようにと言われたのですけど……少し遅れさせました。陛下が貴方に婚約破棄を申し込んだら直ぐに行くべきだったのですけど」
「……それは何故ですか?」
こんなにも嫌な思いをしたのです。しかも、それがケイオス様一人の勝手と知っては少し腹が立ちます。
「貴方が殿下の事を嫌いになる為です」
と、思いがけない言葉が返ってきました。
「殿下が縋り付くのは予想内でした。貴方が殿下にゾッコンなままでは、少し立場が変わっていたでしょうね。気の持ちようも」
「そう……ですか」
「と、言うのは建前です」
「は?」
読めません。この人の考えがまったく分かりません。
「王子に靡いたままでは、私が気に入らなかったからです。それに、私はずっと待っていたんです、この時を」
「えっと……ケイオス様?」
「あの能天気な王子に、貴方は渡せません」
と、ケイオス様がニッコリと笑います。その笑顔に違和感と既視感を覚えました。いつか、どこかで見たような……。
「お忘れ……でしょうか?」
そう悲しそうに目を伏せるケイオス様を、どこかで見た気がする。
遠い過去、まだ幼い頃の記憶で。
『俺がクリスを守ってやる。どんな時でも泣きそうになったら駆け付けてやる。本当に悲しくなったら俺が絶対助けてやる』
どこかで聞いた。そんな言葉を。
「ケイオス様……もしかして私達はあった事があるのでしょうか?」
「……思い出してくれましたか?」
遠い過去、私の年齢がまだ片手で数えるほどだった頃でしょうか。我が家にはほぼ毎日金髪の少年が通っていました。
彼と遊ぶ毎日は刺激的で、とても楽しかった。
ただ、その数年後。私と王子の婚約が決まった時、入れ替わるように少年は消えて、王子を迎えいれるようになりました。
「あの時の……」
「ようやく約束を守る事ができました。クリス」
そうニッコリと私に笑いかけてくるケイオス様の笑顔は、懐かしくて、こそばくて、それでいて…………私がずっと望んでいたモノでした。
「どうしてもっと早く話して下さらなかったのですか?」
「こういうモノは一番大事な時に取っておくモノですよ。それに、王子の婚約者にちょっかいをかけられる程、私は気が大きくないので」
「えぇ、そうですわね。そうでしたね」
「ですが今がその時です。婚約者もいない貴方になら咎める者はいません」
そう言ってケイオス様……ケイオスは膝をつき、私の手を取って、顔を見上げました。
「クリスティア……何があっても貴方を守ると誓います。ですから……」
ケイオスの瞳が私の心を突き刺します。
「私の婚約者になって欲しい」
あぁ、私を愛してくれる人はここに居たんだ。公爵令嬢でもない、クリスティアという名前でもない、私を、私を愛してくれる人が。
「えぇ、喜んでお受けいたしますわ」
私は涙を流しながらそう言いました。
お読み頂き有難うございます。