無窮〜第8章〜
【第8章】
自分のマンションが見えてくる。突然の雷雨に寄って、空が辺り一面真っ暗であった。
時折、雷が鳴る。一瞬の閃光の後ゴゴゴと音が響く。昼間の晴天は何処に消えたのか分からないぐらいに、天候の落差が激しかった。
「天候が悪すぎますね」そう運転しながら呟いたのは田中警部補。見た目30代ぐらの、温厚そうな男の警部補である。
署内で角田警視と3人で話をしていた、もぅ1人の男の警察官だ。角田警視が同行をさせると言った警察官の中で1番の年長者で、他2人の中で責任者と呼ばれる立場の人間らしい。
私は、警察官の階級など全くの無知であったが、角田警視が任せた人間ならあながち間違ってはいないだろう。
どちらかと言うと、心配性なお兄さんと私の受けた第一印象だった。
他2人の警察官は、鈴木巡査、山田巡査四3人体制の同行者と私だった。鈴木巡査、山田巡査は年齢的に私より若いか?同じぐらいだった。やる気に満ち溢れてると言ったのが、私が受けた第一印象だった。
徐々に近ずいている自分のマンションが薄気味悪く感じて、膝の上に置いておいた両手を握りしめる。手に嫌なジットリとした汗をかいていた。
マンションから、親子ずれの家族がエントランスから出てきた。
エントランス前に着いたパトカーに、母親らしい人が酷く驚いてた。小さな女の子は、「パトカーパトカー」とはしゃいでいたが、母親がいそいそと子供を連れて出て行く。
パトカーから、私を含めて4人が降りる。
「さて、行きましょうかね」そう声をを掛ける田中警部補。
私は、自分の家に戻る事が非常に嫌だったが、これだけの警察官がいたら問題無いだろうと信じて、エントランスのオートロックを開ける。
その緊張している姿が、田中警部補には分かったのか私に声を掛けてくる。
「大丈夫ですよ、余り心配しないで下さい。鍵は開けて貰いますが、中に最初に入るのは我々ですから」少し緊張感が和らいだ。
こんなお兄ちゃんがいたら良かったなと思った。
玄関前に着く。これだけの警察官がいても、やはり恐怖感は0では無かった。少し指先が震えていた。
何とか、自分の玄関扉を開ける。
数時間振りに入った為、夏場の重たい空気が玄関先に流れてくる。
「家に誰もいないか?私と鈴木が見て回りますので、少し玄関扉前で山田と待っていて貰えませんか?」その申し出に、静かに頷く私。
「頼んだぞ、山田」と山田巡査にニコッと笑いながら、田中警部補と鈴木巡査が入っていく。
数分間、気が気がでは無かったが私と山田巡査は待っていた。
静かに、私の家の玄関扉が開いて田中警部補が顔を出す。
「確認は取れたので、大丈夫です。中に入って、案内をして貰えますか?」
静かに、頷きながら自分の玄関に入っていく。
数時間振りの自分の家は、何も変わっていなかった。
まず、冷蔵庫に保管しておいた【血と人の爪入りの真っ黒い袋】を見せようと、冷蔵庫を開ける。
だが、開けてみて驚いた。確かに、冷蔵庫の中に保管をしておいたはずの【黒い袋】が見当たらない。
「嘘……何で……」思わず、出てしまった一言だった。
確かに、私は入れた。捨てるはずが無い。でも冷蔵庫を隈なく探しても、見当たらない。
「見つからないんですか?」と田中警部補。
「はい……確かに私は入れたんです。でも、無くなってます」自分の心の中で、嘘じゃない!嘘じゃない!と何回もリフレインしていた。
その状態が分かったのであろう。田中警部補から、次の申し出を受ける。
「では、監視カメラの映像を拝見したいのですが」
その言葉に、項垂れながら寝室を案内する。
「こちらです」足取りが重くなって来たのが自分でも分かる。
寝室の監視カメラのモニターに、案内をする。
問題だった、玄関先に映る黒い靄の映像を見せようと再生する。
だが、そこでも新たな衝撃を受ける。
静かなマンションの廊下を映してるだけであった。コンビニの袋を下げている人物は映っている。でも、その後に出現する【黒い靄】【怪奇音】が全く映っていないのである。
どうして?どうして?あれだけハッキリと映ってたのに……自然んと全身が震えて来た。
「これも、映ってないみたいですね」軽い溜め息をつく田中警部補と、他の警察官。
嘘じゃない!本当に映ってた!
でも、実際モニターには映ってない。
そこで、私の寝室側を映している映像を見せようとする。
しかし、それも静かに熟睡している自分の姿が映し出されてるだけであった。
理解出来ない事態に、私の頭の中が何回かのパニックを起こす。
そこで、ハッと気付く。まだ、送られてくる手紙があったんだ!!
「まだ、手紙があります!」私は嘘を言ってない!信じてくれと、懇願する様に涙を目に一杯浮かべて訴える。
だが、その気持ちも折られる事になる。
あれだけ山積みなっていた手紙が、リビングのテーブルの上にも、ゴミ箱の中にも何処にも存在していなかった。
膝から崩れ落ちた。
これだけ、心配してくれてる田中警部補に合わせる顔が無かった。これだけ、親身に相談に乗ってくれた警察官はいなかった。
だからこそ、自分の主張の正当性を実証したかった。だが、その実証する物的証拠が完全に消えていたのでは、自分ではどうする事も出来ないでいた。
その落胆さに、静かに田中警部補が声を掛けて来てくれた。
「どういう事が起きているのかは、我々も分かりませんが物的証拠が完全に消えていたで、間違いは無いですか?」床を見つめながら、首を縦に震る。
「では、監視カメラを起動させて一旦署に戻りましょう。角田警視も心配してますし」
その言葉を聞いて、角田警視にも合わせる顔が見つからなかった。でも、今家に1人になるのは、1番の恐怖だと野生の本能が自分に【危険!!】訴えている。
田中警部補の助言通りに、監視カメラを起動させてリビングにいる警察官達の元に行く。
その時だった。
「うわぁ!!」と山田巡査が驚きの声を上げる。
そこには、私が家を飛び出る時にいた悪魔の使いの様な真っ黒なカラスがギョロッとした目で鳴かずに、その大きな翼を広げてベランダの手すりに止まっていた。我々を威嚇する様に。
「お前、これはタダのカラスだぞ」とからかう田中警部補達。笑いが生まれた。
「自分、警察官にはなりましたが、昔カラスに追いかけられたのがトラウマで、これだけ大きなカラスだと苦手なんですよ」と、恥ずかしさを表す山田巡査。
でも私には、タダのカラスには見えなかった。威嚇しているのが今回の事への我々への【警告】に感じれた。
そんな風に思えたのは、私だけだった様だ。
静かに飛び立つカラス。
その後、部屋を後にパトカーに再度乗る。
まだ、外は土砂降りだった。
パトカーの近くに、カラスが一羽止まっているのに気付く。
相変わらずのギョロッとした目で、私を睨み付けるカラス。
自分の先が見えない恐怖感と、パトカーの中のエアコンの涼しさの安堵感で、瞼が重たくなって来た。
窓を閉めいるから聞こえないはずだが、遠くでカラスの鳴き声が響いていた。くぐもった豚の様な鳴き声だった。
その音と同時に私の見えてる世界が静かに真っ黒へと変わる。