無窮〜二章〜
【二章】
何とか誠心誠意謝り、取引先の会社から納期を延ばして貰える様になった。
これで、何とか会社に戻れる。取引先の人が好む、新宿限定ケーキ【ティアモ】のレモンパイを持って行った事が、功を奏した様だった。今回みたいに、納期が絡む案件で必要な書類が回って来なく謝罪と納期を延ばして貰うのは初めてだった。
「本当に、失敗したな」思わず取引先の会社出ての第一声が、これだ。
今回、モンスターがした事は私個人の責任だけでは、済まされない。うちの会社に取って今一番大きな会社で、こんな事で取引を辞めるなどと言われたら、うちの会社の業績も一気に下降線を辿る。
それに、この大手の会社を敵に回して、この業界を生きて行ける程甘くない。
夏場の炎天下の中の移動程、辛い物は無い。納期は間に合うのか?納期を延ばして貰ったが、相手側の心証の悪さが、気になり気になり、ずっと頭の中でグルグルと回る。
『納期』『心証』『会社の業績』
視界が急に回って行く。もぅ、意識が遠のく。
目をユックリと開けてみた。真っ白な天井。正直眩しい。
「えっ……ここは」
何処と聞きたいのに、声が出ない。
頭がボワーとしていて、グラグラする。
「気づきましたか?」
ここで、聞きなれない声が飛び込んで来た。
「分かりますか?新宿の駅で倒れられたんですよ。ブラットホームでだったので駅員さんが連絡して、救急車で運ばれたの」その声の主を、目で探す。
ボヤーとしているが、女性の看護師だった。
て事は、ここは病院?
「先生に診て頂きまして、検査をしましたが疲労の様ですね」
看護師は慣れた手つきで、私の腕に刺していた点滴用の針を抜いてた。
「食事、睡眠はキチンと取れてますか?」
聞かれて、思った。
毎朝届く、手紙。内容は自分を見ている事。それが、2人に増えたからだ。【監視者】と【擁護者】
それだけでも、精神的に追い込まれていた。自然と外出も減った。食欲も落ちた。三食なんか、マトモに食べていなかった。睡眠に関しても、帰宅しても見られていると言う不安感から、寝付けない日々が増えて行った。
その後、医者に栄養のある食事、睡眠とキチンと摂るようにと釘を刺されて私は病院を後にした。
病院側から、連絡が行ったのか会社からの着信、メールが沢山来ていた。メールには『病院に運ばれた様だが、今日は帰宅出来る様なら帰社せずに帰宅して休む様に』と書かれていた。
メールで連絡を返し、言葉に甘えて帰宅する事を伝えた。謝罪の一言と供に……
病院から、自分のマンションまで距離として遠く無かったのが幸いだった。
夜のネオンが照らす街灯の中、私は歩く。タクシーでとも考えたが、1メーターも無かったから、タクシーを拾いたくても、なかなか捕まらないのと節約も兼ねてだ。
「帰宅しても、休まらないんだけどな」溜息しか出ない。正直まだ、身体も、怠い。朝の時程の身体の倦怠感はない。少し、病院で休んだのと点滴を打って貰ったのが少しエネルギーが出たのか……
フラフラなのは、変わらないんだけどね。
自分のマンションの部屋の玄関に近づき、見慣れた自分の玄関の扉とは違う事に気付く。
白いはずの自分の玄関扉が真っ黒になっている。
「えっ……」恐る恐る近づく。足先が震えているのが、分かる。脈も速まってる。
コツンコツンと自分のの足音が響く。
それが、自分の脈を速めているのは分かる。手の平に汗が滲んで来た。
自分の玄関扉の前に立って見て、驚きの余り言葉を失った。
白い玄関扉が隙間が無いぐらいに、黒い封筒で埋め尽くす様に貼られていた。ビッシリと。
悪意の塊の様な玄関扉に、暫し呆然としていた。
一枚封筒が貼られているのも、気持ち悪いが玄関扉全部に隙間が無いぐらいに貼られている。
暫く呆然としていたが、おもむろに自分の手の届く範囲の封筒を一つ剥がしてみた。封筒の中を玄関に入らずに開けてみる。自分の中で、『警戒』モードになっているのは分かる。足も、極限まで震えている。正直立っているのも、無理なレベルなだけに自分の最後の精神力が『恐怖』『警戒』に勝っていた。
恐る恐る中に入っていた便箋を開けてみた。
『死、死、死、死、死、死、死、死、死、死ね死ね死ね死ね死ね……」その言葉が、便箋にビッシリと書かれていた。明らかに、自分に敵対意識を打つけた様な言葉……言葉……
悪意の塊の文面の最後に『怨』と書かれていた。
今までの、『監視者』『擁護者』とは違う。もはや、憎しみ、恨み、悪意が込められた文面に血の気が引いた。そこからは、玄関扉に貼られていた黒い封筒全部を剥がし、急いで家に入ろうとするが、なかなか鍵が鍵穴に入らない。カタカタと震えていて、普段なら数分も掛からない鍵を開けると言う事が出来ない。
何とか見慣れた玄関のドアを開け、鍵を掛けてチェーンを掛ける。
さらに、不安感から部屋の全部の電気を点ける。安全を得ようとする小動物の様にありとあらゆる場所全て見て回る。冷や汗と夏場の暑さで、全身びしょ濡れな中必死に見て回る。
息遣いが荒い。
朝家を出た時から物の配置が変わってない事。壁には大学時代に所属していたサークルでの記念写真、本棚には趣味のファンタジー小説、冷蔵庫の中には好きな甘いお菓子、ベットの上には今朝脱いだパジャマ、近所に出来たモールで来場者特典として貰った記念品の愛らしいとは言えないが、なかなか自分としては気に入っている人形ゆるキャラ、隙間と言う隙間、トイレ、お風呂場、ベランダを確認し誰も居ない事、その恐怖からの安全を把握出来て全身から力が抜けて行った。
ベットに崩れ落ちる。
朝出た時と部屋は変わってなかった。
だが、何とか保てていた『日常』が消えたのが分かる。
悪意と言う塊に直面して。