第8歌
俺のその一言は何も考えていないからこその発言だった。
アイドルになりたいなんて、これっぽちも思ってもいなかった。
それにアイドルは俺たちの住む世界とは別世界にいる人間だと思っていた。
だからこうして、同じ世界・同じ空間に優がいてることが夢のようだった。
そんな夢のような時間で錯乱していた頭が紡いだ、この言葉。
普通の人がもしこの言葉を聞いたとしたら、「なれるわけないだろ」
というような言葉を投げつけられそうなそんな言葉。
俺は一瞬にして理解して、その途端後悔した。
(あんな軽率な言葉をアイドルとして必死にやっている優に言ってしまった。
飽きられているのでは。いやむしろ嫌われてしまったかも・・・)
もう二度と俺と話してくれないかもしれない。
いや俺の前に姿を見せてくれないのではないか。
そんな感情が俺の心を支配し、さっきまでは素晴らしい時間を過ごしていたのに、
今となっては隣にいる優の表情を見ることが怖くなった。
しかし、覚悟を決めて優の表情を見ることにした俺は衝撃を受ける。
彼女の顔に浮かんでいたのは軽蔑の眼差しでも
怒りでもなく、満面の笑顔だったのだから。
「今の言葉、本当!?ボクと一緒になってくれるの??」
そして彼女は満面の笑みで、そう俺にはっきりと言ったのだ。
1か月後
「はぁ、来てしまった。どうしよう。すごく今逃げたい!帰りたい!!」
「だいじょうぶ!!だいじょ~ぶ!!ボクがあれだけ手塩をかけて
可愛くしてあげたんだよ~。
今日のオーディションだって合格間違いなしなんだからね♪」
「いやいやいやいやいや!!本当に無理だって!!
第一、こんな服着てるなんて、変態・・・」
「もうそんなこと言わないの。早く入ってオーディション受けてきなよ!!」
わたしの煮え切らない態度に少し苛立ちを感じてしまったのだろう。
彼女は半ば強引にわたしを会場の中へと連れ込むと、そのまま手を振った。
わたしの側にはオーディションの部屋まで連れていってくれるのか、
男の人が立っていて、「お友達も応援してくれてますよ。頑張ってくださいね。」
なんて言葉を投げかけてくる。
わたしは今のこの服装やメイクをもう一度、手鏡で確認すると
「は、はい。ありがとうございます」と羞恥心全開の表情で答えた。
そして、オーディションはあっという間に自分の番になっていた。
あの後、待合室に案内されたわたしはそこから、
今に至るまでの記憶が全くない。
呼ばれた瞬間、あまりの驚きに椅子から
飛び上がってしまったほどに緊張と恥ずかしさに包まれていた。
だから多分、審査室へ行くまでの道中
ロボットのような動きをしていたことだと思う。
審査室の扉を開き、がちがちの状態のまま部屋へ入ったわたし
前を見ると、そこには審査人らしき5名の男女が座っていた。
1人はあの日からよく会っているから知っていたが、
他の4人は全く知らない人ばかり。
皆がわたしのことを見ている。
見られるのは恥ずかしいし、少し怖い。
こんな格好をしているのだから当然なのかもしれないけど・・・。
「それでは自己紹介、よろしくお願いしますね」
その言葉からあとは、彼女と散々練習を重ねた。
だからわたしは一度大きく息を吐くと、背筋を伸ばし、彼ら全員を見据えた。
そして・・・
「羽川瑠美。16歳です!!本日はよろしくお願いします!!」
精一杯声を張り上げ、わたし(俺)は彼らにお辞儀をした。