第6歌
「あ、そうそうこれだよ」
俺は空を家に招く理由となった優のCDを手渡した。
当初はこれを貸してあげるためだけだったのだが、
学校を出てから色々なことがありすぎて、
今このタイミングで渡さなければ忘れてしまうかもしれないと思うほどだった。
ジャケットにはフリフリのワンピース風の衣装を着て
笑顔でマイクを持っている優の姿が描かれていた。
それを見た空は少しだけ苦笑いをしていたが、それはほんの一瞬のことで、
すぐに可愛らしい笑みを浮かべてくれた。
(う~ん、やっぱり空って優と似てるなぁ。いやむしろ同一人物なんじゃ。
でもさっき全然知らないって言っていたしなぁ・・・)
「ねぇ、これ今聞いてもいいかなぁ??」
俺が思案していると空はそんなことを尋ねてきた。
「え、ああ、いいよ!!ちょうど俺も聞きたかったところだったからさ。」
そういえば、そうだった。
俺は授業が終わって足早に帰宅しようとした理由は
まさにこれだったことをいまさらながら思い出した。
よく考えてみれば、あの日優にはまってしまった時から、
1日も欠かさずにこの歌を聞いていた俺にとっては、
空に貸して手元からなくなるよりはここで一緒に聞いた方がいいに決まっている。
俺は空の問いかけに答えると、彼女の手からCDケースを戻すと、
その中からCDを取り出すと、そのままプレイヤーの中に差し込んでいった。
そして数秒間の読み取り音の後、メロディが聞こえてきた。
ゆったりとしたメロディーから始まったその曲は、いきなり音が消えた。
かと思った次の瞬間、優の高い声で「好きだよ」と一言があり、歌い始めた。
俺は一番この始まりが好きだった。
本当に自分に想いを告げられていると錯覚してしまうほどに。
そこから始まる歌詞も最高にいいもので、
何度聞いても飽きることはなかった。
特にサビの部分の「君がいるから私もいて、私がいるから君もいるんだよ~♪」
はありふれた口説き文句であるにも関わらず、心を揺さぶられてしまう。
たった4分間しかない一曲の中に色々な思いが込められている。そんな気がする。
俺と空は無言で優の歌を聞いていた。
ちらりと空の方を見ると、いつの間に取り出したのかメモ帳に何かを書いている。
俺は少しだけ書いていることが気になったが,
覗き込むのは良くないと思い我慢した。
そうしている間にも2曲目が始まり、
次はアップテンポな曲だったということもあり、
俺と空の体は無意識のうちにリズムに合わせて体を揺らしていた。
「はぁ、今日も素晴らしかった!!
まあ、いつも同じだけど今日は一段と良かった気がする」
俺は2曲目が終わった直後に自分の想いを吐き出していた。
なぜか空はそんな俺を見て嬉しそうにしている。
正直その表情はこの2時間程度の中で一番可愛かった。
「本当に好きなんだね。」
そして空が発した言葉は、幸せだという感情も乗せられていた。
「ああ。好きだよ!俺さ、今まで歌手とかに興味がなかったんだけど、
この子には無性に惹かれるんだ。ってなんか気持ち悪いよな。はは」
ついつい余計なことまで言ってしまった。
そう思った俺は逃げるように部屋を出ようとした。
すると、その時、聞き知ったメロディがどこからともなく聞こえてきた。
そのメロディーは優の最初に出したシングルのものだったが、
最初からのファンによって買い占められたということと、
そもそも発売した数量が少なかったということから
今では入手困難だと言われているもので、
俺が動画投稿サイトで聞くことしかできなかった曲のサビのもの。
もしもそのシングルが再発売されたら、
すぐに買いに行くと意気込むほどのその曲のメロディーが
どう考えても俺の部屋から流れている。
(まさか・・・。そんなことって)
俺の中で感じていた疑惑が確信へと変わってしまった。
その確信が正しかったことを証明しようと、俺は振り返ることにした。
するとそこには空が満面の笑みで嬉しそうに鼻歌であの歌を奏でている姿があったのだ
そう、目の前にいる彼女(木内 空)の正体はあの大空 優だったのだ。