第4歌
俺が空に手渡したのは、2年前まで着ていたジャージだった。
それを受け取った空はかわいらしい笑顔を浮かべると、
着替えるためにまたトイレに入っていった。
その様子を見て、間違いなく空は女子だけど、
なにかの理由で男子制服を着ていたに違いないと確信に至った。
なぜなら男子なら同姓の前で何の気兼ねもなく着替えをするのだから。
空が女子だという確信を掴んでいると、彼女はトイレから出てきた。
ちょうどぴったりだったようで、
漫画などでよく見るぶかぶかな男の服を着て、
少し恥じらっている少女という図は見れなかったものの、その姿に満足した。
それほどに俺が昔着ていた服を着た空は似合っていた。
「かわいい」
思わず、そんな言葉までもが出てしまうほどだった。
すると、その言葉を聞いた彼女は顔から
火が出るのではないかと言うほどに頬を紅潮させ
ゆでだこのように顔を赤くしていた。
「か、かわいいなんて///恥ずかしいからやめてよ~。
と、というか僕、男だよ?男にかわいいなんて、そんなのあんまりだよ~」
狼狽えながらも男性だと主張してくる空だったが、
その仕草や表情などはもう完全に女子のもので、
女子だという確信が深まるばかりだった。
そして空のことを女子だという風に認識してしまったからだろうか。
さっきまでの行動や今置かれている状況に対して、
何とも言えない後ろめたさを感じ始めた。
(俺、よくよく考えたら、すごいことばかりしてないか。
だってさっきまでは何も感じなかったけど、女の子を負ぶって家に連れ込み、
自分の衣服を貸すとか、普通はあり得ない。
と言うかものすごくラッキーだけど・・・これ、常識的に大丈夫なのか。
見ず知らずの女の子を家に連れ込んで、
こんなところを親や妹なんかに見られた日には・・・)
そんなことを考えていると、ガシャと鍵が開けられた音がした
(うん?まだ未亜も母さんも帰ってこないはずだけど、
なんか今鍵が開いたような・・・)
いつもであれば、この時間に家族はいない。
妹の未亜は友達と夕方近くまで遊んでいることがほとんどだし、
母親はまだ仕事中のはず。
そういった状況が今日も訪れるという確信しかなかったため、
空を家に招いたのだった。
しかし、その確信は鍵が完全に開き、
ドアが開けられた瞬間に裏切られたのだった。
ドアの外から顔を出したのは、
なんとまだ帰ってこないはずの母さんと未亜だったのだ。
「え、えっ、なんで二人とも帰ってきたの!?」
あまりの驚きに思わず裏声になりながら、そんな非常識な質問をしてしまった。
すると、母さんと未亜は少しだけ怒りを露わにした。
「なんでって、ここ私の家じゃない!!
今日はいつもよりも早く上がれる日だったから
、家でゆっくりしようと思ってたのに、ひどいわね!!」
「そうだよ!!私も今日は早樹と亜里砂が補修で、
私だけ暇だったから早く帰ってきたって言うのにさ。
お兄ちゃん、その言い草、ひどくない!?」
二人からの猛烈な批判を受けながらも、俺はそれどころではなかった。
(やばい。やばい!!このままでは家族がいないことを理由に
女の子を連れ込んだという最悪なレッテルを貼られてしまう。)
と、どうにかしてこの状況を回避せねばと思ったときにはすでに遅かった。
「どうしたの?そんな、大声で慌てて・・・」
背後で隠れるようにお願いしていた空はひょっこりと顔を出して、
こちらに問いかけてきたのだ。
その瞬間、母親と妹は目を丸くしたかと思うと、
すぐにこちらに軽蔑のまなざしを向けてくるのだった。