旅立ち
ミクトラン・闇の神殿。
「ひいぃ、神殿の天井が」
儀式を行っていた神官が、瓦礫で負傷。
「あと少しだというのに……何事か!?」
教皇は苛立たしげに眉を寄せる。
「教皇様、巨大な剣……船が、すぐ近くに」
「こんな時にか。ヨアルリ殿は!?」
「それが……」
部屋には、異形の死骸。机の上の薬に、手をつけた様子もない。
まるで、生を放棄したかのように。
「ヨアルリ殿、なぜ薬を服用しなかったのです」
深い溜息をついた教皇。
「大変です。竜騎士たちがこちらに向かっています」
神官の報告に
「もう、我々にはどうしようもない。降伏しよう」
教皇が言った。
鳥籠のケツァルコアトル族たちは、グランたち竜騎士に怯えて降伏。
守護竜のラピス、ウェルテクス、アルドルを待機させ、二重楽器の所有者は闇の神殿近くの広場に移動。
「やっぱり、箱舟の衝撃で崩れてるな」
テスカポリトカの玉座までは進めない、とククル。
「音なら、ここからでも届く」
玉座には身軽な俺が一人で行く、とアズール。
「ですが、アズール……」
引き止めようとしたセノーテに
「姫さん、ここは信用しろ。俺たちには、役目がある」
セトは、ククルがパートごとに切り分けた黒の楽譜を見せる。
「……分かりましたわ」
そう言って、セノーテは玉座に向かうアズールを見送る。
「ふぅ、起きたばかりで楽譜が頭に入りませんが……がんばりますぅ」
アレスを持つ、ステラ。
「準備は、いいぞ」
マティアが視線向けると
「よし、やるぞ」
ククルは頷き「黒の楽譜」は奏でられる。
✳︎✳︎✳︎
自らの心臓を締め付ける音。
「この、音は……」
テスカポリトカは、目を開いた。
そして、左手に痛み。
「寝ぼけ過ぎだろ」
噛み付いた黒猫を見て「小賢しい」と振り払う。
「貴様の体はもはや……うがああああああっ」
人間の姿を保てず、テスカポリトカは竜へと変化。
奏でられる黒の楽譜に、苦しみ出す。
「……よく、戻ってきましたね」
手荒い真似をしてすみませんでした、とイツトリ。
「いや、貴方がいなかったら俺はとっくに食われていたよ」
「これで、ようやく私も行けます。テスカポリトカは、このまま連れていきます」
巨大になるたびに、テスカポリトカは感情を増やしていた。
「まあ、本人は気づいていなかったようですが」
背を向けたイツトリに
「なあ、黒の楽譜はひょっとして貴方が……」
アズールが声を掛ける。
答えは返ってこなかったが
「聞くだけ、野暮か」
そう呟いて、心地いい音楽に身を任せた。
黒の楽譜は奏でられ、神獣たちはテスカポリトカと共に全て消えた。
✳︎✳︎✳︎
それから、しばらくしてーー
王立アカデミーの校長には、コアトリクエの後を引継ぎロスが就任。
「え、ウィツィが考古学? 長続きするの?」
「兄さん、うるさい」
ウィツィは、不機嫌に眼鏡のブリッジを押し上げる。
「実は、筋がいいって褒められたんですよぉ。ウィツィくんのお世話は、私たちに任せてください」
行きますよウィツィくん、とステラに腕を引っ張られて歩いていく弟を見て
「あいつ、尻にしかれるな」
ククルは言った。
「尻に敷かれるなら、メスの竜にかぎるな」
「もう、若は……」
通りかかった、セトとアルドル。
「同志よ、旅に出てしまうのは悲しいが」
「ドラゴンハーレム作成開始時には、声を掛けてくれ」
絶対に行く、と拳を合わせるククル。
「本当に、行ってしまうのか」
未来の竜王が居ないのは寂しいな、とグラン。
「あ、兄上……茶化すのは」
そう言ったアズールに
「おや、私は結構本気だ。ククルとの旅が終わったら、考えてくれ」
グランが言った。
「……考えておきます」
「お待たせ。いやー、モテる男は辛くて」
遅れて来たククルに「遅い」と溜息ををつくアズール。
平和になった世界をもっと見てみたい、とククルが提案。
それに、アズールが乗った形になった。
「確か、ミクトラン側にも行くと言っていたな」
マティアが言うと
「ミクトランは、オレの故郷みたいなものだから。何か、手伝えればいいけど」
頷く、ククル。
「男って、旅とか好きですわよね」
セノーテは肩を竦めると
「とにかくーー」
「行ってらっしゃい、ククル、アズール」
皆が声を掛ける。
「うん、行ってくる」
「行って来ます」
ククルは竜化したアズールの背に乗り、竜都の空へと飛び立った。
ここまで、読んでいただいて本当にありがとうございます。
まだまだ、力不足ですので精進します。