アルメニア
「ゴホッ、ゴホッ」
口元から滴り落ちた鮮血が、床へと落ちる。
「やはり、この体では……」
(イツトリ局長、これのどこが祝福だと言うのですか)
かつての部下ーーイツトリの言葉。
トゥーラでテスカポリトカが完成した際、研究員のほとんどは、その強大な力に歪められ竜化による変死をとげた。生き残ったヨアルリの体も、徐々にテスカポリトカの力で蝕まれている。
「だが、あと少しです……私が、イラマテクトリを永遠にしましょう」
ヨアルリが呟く。
「ボケっとしてると、竜の背中から落ちるけど」
ウィツィの声に、ヨアルリはステラの意識を遮断して彼女を乗っ取る。
「失礼、少し本体の方で考え事を」
「この女、うるさい。勝手にウェルてクスを奪っただの、ゼウスは持ち主に返せだの」
ウィツィは溜息をついた。
「そうですか……ファティマに急ぎましょう」
「人の話、聞いてないだろ」
✳︎✳︎✳︎
廃村ファティマ。
かつての村のなごりが、わずかに残っているだけの荒野。
そこに、竜王フナブ・クーと二重楽器の所有者達は集合した。
「本当に、ごめんなさい」
頭を下げるククルに「理由は、我が子らから聞いている」とフナブ・クーは声をかける。
「あのコアトリクエ校長は……」
「今は、出来ることに集中だ」
グランがククルの肩を叩いた。
「……はい」
仲間の所に戻るククルの後ろを見送り
「父上、伏兵の配置は完了しております」
グランが言った。
「うむ、助かる。お前は、頭が回るな」
ラピスが長い首を上げ
「……来たのう」
その視線の先翠色の竜を見て
「ウェルテクス」
マティアが言った。
「楽しい演奏会になりそうですね」
ヨアルリが、ステラの顔で不敵な笑みを浮かべた。
✳︎✳︎✳︎
「ヨアルリ、本当にステラを解放するんだろうな」
ククルに睨まれ
「ええ、約束は守りましょう。最初は、ククル様が音で皆さんを引っ張ってください」
「……」
「やってやろうぜ。黒の楽譜は、絶対やらねぇ」
「ええ、そうですわ」
頷くセトとセノーテ。
「途中半端な音をだしたら、引っ掻く」
鋭い爪をみせるアズール。
「それは、嫌だな……わかった。みんな、続いてくれ」
ククルがバイオリンを弾くと
「これは……」
「本当に不思議ですわ」
自然と音が混ざり合っていく。
「やっぱり、兄さんって勝手だよ」
文句を言いながらも、ウィツィもコントラバスを弾く。
「これで、アルメニアの封印が解かれる……」
結果が、パズルピースのように崩壊。
荒野に現れたのは船ーー
まるで、空を射抜かんとするような剣のように佇んでいる。
演奏が止まった。
「進むぞ」
竜王フナブ・クーが飛び立つ。
「あれが、箱舟……全軍、前へ」
グランの支持で、伏兵が姿を現す。
「うわっ、えげつない。まあ、こっちも準備してきたけど」
ウィツィの指示。
地面に潜む、不定型神獣・リームスが大地を手足のように動かして、竜騎士達の進行を妨害。
「私は、先に向かいます」
そう言って、ヨアルリは糸をつけていた竜騎士の一般兵の方へ移動。
気を失ったステラを、ウィツィが支えることになる。
「生き急いでるのか……おい、移動する」
ゼウスを使い、ウェルテクスを呼び出す。
「なぜ、俺が言うことをきく必要がある」
冷ややかな怒りを孕んだ竜の声。
「なんで、正気に……」
ウィツィは動揺する。
「さっきの曲だよ。集中してたから気づかなかったかもしれないけど」
ククルの隣には、普通のコントラバスを持ったマティア。
「ウェルテクス、届いたのか。私の音が……」
「さっきの白は特別だった」
暗闇に閉ざされていた俺の心にマティアの弾くコントラバスの音が届いた、とウェルテクス。
「なんか、こう力が湧いてくるような」
セトが言うと
「その感覚わかりますわ」
「ブワッっと来た。俺が聞きたかったのはこれだ」
頷く、セノーテとアズール。
「ここまで、追い詰められて逃げるか?」
ククルに言われ
「ぐっ……」
ウィツィは、苦い顔。
「ゼウスは、マティアさんに返せ。オレ達が、歪めていいものじゃない」
「歪めてるのは、兄さんも同じだろ!!」
資格なんてないくせに、と喚くウィツィを一般兵が拘束。
気を失っているステラと、二重楽器( デュオ・アンストリュマン)のアレスは安全な場所に運ばれた。
「あれで良かったんですの?」
兄弟なのに、とセノーテ。
「オレ達は、いつもこんな感じ。少しは大人しくなるだろ」
ククルは肩を竦めた。
眩い光が、アルメニア上空を覆う。
その光の力に、神獣リームスは行動を停止。
「この力は……」
まさかフナブ・クー様、とアルドル。
「これは、体に障るぞ」
「それだけ、本気なのじゃ」
ウェルテクスとラピスが、空を見上げる。
「ぐ、ぐうっ」
地面に伏したフナブ・クーに
「竜王様」
「父上」
バルテサスとグランが駆けつける。
「何を、している、今が攻撃のチャンスだ。グラン、指示を出せ」
「しかし……」
「我らの役割は、箱舟への道を開くことだ」
簡単には倒れるつもりはない、とフナブ・クー。
「……分かりました。すいません、父上」
唇を噛み締め、グランは部下たちに指示を続けた。




