鳥籠
ミクトラン・鳥籠大広間。
「ふう、ようやく眠った」
眼鏡ブリッジを押し上げ、ウィツィは溜息をつく。
暴走していた黒い竜ーーテスカポリトカは、ようやく深い眠りにつく。
「少し、手こずりましたか?」
お帰りなさいませ、と頭を下げるシルクハットの男。
「お前の本体、久しぶりに見た気がするぞヨアルリ」
「まあ、ほとんど他人の影を借りていますからね」
これでも制約多くて困ってるんですよ、とヨアルリ腹の底が読めない笑み。
「黒の楽譜について、手を打つ必要がありますね」
ウィツィは眉を寄せ
「ある場所、わかってるの?」
「箱舟アルメニア……まあ、今では残骸しか残ってませんが」
かつて、竜王フナブ・クーが世界を滅ぼした時、選ばれたケツァルコアトル族と人間を守った船。
「そういえば、竜都の方にはそいつらの子孫も多いんだよね」
すっかり忘れられてるけど、とウィツィ。
「ま、どうでもいいけど。神獣貸してよ、取りに行くから」
ヨアルリは肩を竦めると
「それが、簡単ではありません。アルメニアは、近づこうにも近づけない」
五個の二重楽器を揃えて封印を解く必要がある、と続ける。
✳︎✳︎✳︎
「世界が一度、滅んだ?」
イツトリから語られた途方もない話に、アズールは目を丸くする。
(しかも、テスカポリトカは作られた竜神……)
「神獣は、テスカポリトカを創造する前に生まれた失敗作です」
自らを創造した人間の「神を従えたい」という欲望に呆れ、テスカポリトカは神獣を使って自分の世界を手に入れようとした。
しかし、竜王フナブ・クー率いる竜族たちによってトゥーラは破壊された。
「それと同時に、自らの世界の住人として作り出した新たな生命体たちも破壊されてしまった」
ククルとウィツィは、破壊された住人を寄せ集めて二つに分けた存在。
「テスカポリトカは、人間には呆れ果てていましたので……ケツァルコアトル族とトゥーラの意思を参考に創造していたようです」
「テスカポリトカが、新たな生命を生み出した」
まるで自分の世界に古いものは要らない潔癖だな、とアズール。
「そのようにさせてしまったのも我々、人間の業でしょう」
イツトリの自嘲するような笑みを見て
「ひょっとして、貴方はテスカポリトカの創造に関わっていたのか?」
「こうして残っているのも研究者として関わっていた呪い……局長なら、祝福と言うでしょうが」
「……呪い?」
訝しげな表情を向けたアズールに
「今、本体は眠っているようです。侵食の方も少しは抑えられるでしょう」
イツトリは溜息をつく。
「……音を、仲間の奏でる音を忘れないように」
負の感情はテスカポリトカ好物ですから、とアズールに警告して闇に溶けるように消えた。