黒の楽譜を探す少年
「あの程度の神獣なら、一人でも十分だったがな」
助けてもらってやった、光栄に思うがいい、と白いバイオリンケースを背負った銀髪の少年が言った。
「アホか。俺たちが助けなかったら、貴様は神獣の腹の中だ」
蜥蜴の胴体と蝙蝠の羽。大きく裂けた口に鋭い爪、全身を覆う翠色の硬い鱗を持つ巨大な生き物ーー竜。
地面に伏せた状態で、真紅の瞳を開いて少年を見下ろす。
「うっせぇ」
フン、と鼻をならして背を向けた少年を見て
「マティア、こいつ全然反省してねぇ」
風竜・ウェルテクスは、呆れたように言う。
「……そのようだ」
長い亜麻色の髪を束ねた、凛々しい顔立ちの女性は、ため息をついた。
「ステラ、青の癒しをウェルテクスに」
さっきの戦闘で消耗している、と伝えると
「了解です」
マティアの隣に佇む少女が、フルートを奏でる。
「やはり、人間の弾く青はいいな」
まどろむウェルテクスを見て
「こ、こんな子供が竜奏医師」
少年は、眉を寄せる。
「ステラが子供だと言うなら、キミも子供だろう。それより、楽器を持っているということは、王立アカデミーの入学生か?」
マティアが聞くと
「はぁ? 何それ」
少年はキョトンとしていた。
(王立アカデミーも知らないとは……)
よっぽどの田舎から、出てきたのだろうか。
マティアは頭を抱えると
「ステラとウェルテクスは、ここで待機だ。私は、この少年を近くの町まで送る」
「頼んでねぇし。それに、オレ急いでるんだ」
踵を返した少年を見て
「どこかへ向かう途中だったのか?」
「そうだよ」
マティアは、片眉を跳ね上げる。
「キミは、学習しないな。ついさっき、神獣に襲われたばかりだろう」
少年は、視線を泳がせながら
「だから、あの程度なら……」
「妙な強がりはよせ。貧弱そうなキミが、無事に旅を続けられるとは思えない」
「ひ、貧弱……」
落ち込む少年の腕を掴み、マティアは近くの町まで送る。
「ここなら、神獣に襲われる危険はない。それと、旅を続けるならギルドに金を払って護衛を雇うのが安全だぞ」
都合のいいことに、ここにはギルドがある、とマティアは言う。
「……というか、常識なんだが」
「あんた、竜騎士ってやつだろ?」
少年に聞かれ
「あんた、じゃなくマティアさん、だ」
そういえば、自己紹介まだだったと続け
「私は、風竜の騎士マティア。キミの言う通り、竜騎士だ」
「オレはククル……」
ククルは真剣な眼差しを向け
「黒の楽譜、聞いたことない?」
「黒か……キミは妙なことを言うな」
竜奏医師が弾く音は、赤・青・黄そして白の四つ。
白は上位の竜奏医師にしか、弾くことが出来ないとされている。
「すまないが、聞いたことはない。ひょっとして、それを探して旅をしているのか?」
「い、今のは、冗談だ。忘れろ」
目を泳がせるククルを見て
(嘘が下手だな……)
マティアは、肩を竦める。
「ああ、良かった。ククル様、ご無事で」
人の良さそうな、男の声。
「旦那様が、心配しております」
私と一緒に屋敷にもどりましょう、と男は二人に近づく。
「知り合いか?」
マティアが横目で見ると
「……」
ククルは、警戒して後ろに下がる。
「私は、ククル様の家に仕える使用人です。昨夜、旦那様とククル様は喧嘩をなさいまして……」
「それで、家出か」
それなら、世間知らずなのも納得だ、とマティアは頷く。
「ククル様が、ご迷惑を。すいません」
男は頭を下げると、ククルの肩を掴む。
そしてーー
「拒否すれば、宿主の男を殺す」
耳元で呟く。
「……おまえ」
ククルは、うつむきながら唇を噛みしめる。
「わかった。言う通りにする」