動き出した運命の歯車
此処は優しく清い心を持った天使達の住む世界、エンジェラート。
髪色が金髪か、瞳が青色であれば、その者は大抵天使と判断出来る。決定的証拠と言えるのは、天使だけに生える白き純白の翼だけだ。その白き翼が無ければ天使とは言えない。
天使達は、どんな事があろうと、自らを犠牲にしても、助けを求めている者を助けようとする者が多い。
その天使達がもし誰かを殺してしまうと、死に神になり、永遠に何かの魂を狩り続けなければならなくなる。そして、翼が血の様に紅い色に変わってしまう。
悪魔は、黒髪に紅い瞳のどちらかがあれば大抵悪魔と判断出来、黒き闇色の翼を持っているのが完全なる証拠だ。
悪魔達は、自分さえ良ければ全て良し。という、自己中心的な者が多い。
自由気ままに生きる者が多いが、決して王には逆らってはいけない。もし逆らってしまうと、その王の判断によって、力と翼を奪われ、人間の世界に落とされてしまう。
天使も悪魔も、全てが揃っている者は、かなりの神通力を持っていると言われている。実際、現在の天使の王も悪魔の王も全て揃っている。
天使の中では稀に、声や音色などに込められている、本人でも気付いていない感情が分かる者が居ると言われている。
「っ待って! ウルーラさん! ・・・・・・あれ? ウルーラさんは・・・・・・?」
ルカはいつものベットの中で飛び起きた。けれどもすぐに意識を取り戻し、いつもの光景に戻っている事に気が付いた。
右手に重みを感じたので、すぐに右手に何か乗っているのにも気が付いた。重さは少し重いと感じる程度で、案外軽い方だ。
右手を見てみると、透明なガラスの中に、輝かんばかりの光が詰まっていた。動かしてもいないのに、光は中できらきらと煌めいる。
一度夢の中でこの宝玉を見た事があるので、すぐに何なのか気が付いた。
「もしかしても・・・・・・これが光の宝玉だよね。・・・・・・綺麗・・・・・・」
光の宝玉を太陽に向かって翳し中を覗いてみた。
玉の中の光と太陽の光が一緒に煌いていて、さらに美しく見えた。
「でも・・・・・・これがあるという事は、あの夢は本当・・・・・・・・・・・・大変! お父様に伝えないと!」
慌ててベッドから飛び出した。
丁度近くに出しっぱなしだった服に着替え、軽く櫛で髪を梳かしてから、光の宝玉を持って宮殿へ急いだ。
「失礼します! 天使見習い、ルカ・クラウディス・モールです!」
大声を出しながら、息を切らし宮殿へとやって来た。
翼を出して、全力速で来たので、走った時のようにうっすらと汗が滲み出ていて、少し気持ちが悪い。
「何だ? 騒々しい。いつも走って来るなと言っているだろう」
偉そうに、豪華な椅子に座っている人物が、ルカにいつも言うように言ってきた。
美しい程の金色の長髪に、深みのある蒼の瞳。女性と間違えそうな程美しい顔立ち。他の者達とは格段に違う神通力を纏っているこの人こそ、天使の世界の王、名をエンル。ルカの父親でもある天使だ。
「ご、ごめんなさい! ・・・・・・・・・それよりも、大切なお話があります。よろしいでしょうか?」
早速、夢の内容を話そうと思い、確認を取った。
いつもとは違うルカの様子に、エンルも気がついたようだった。
「良いだろう。・・・・・・その前に、その宝玉は何だ? ・・・・・・美しいな・・・・・・」
手にしていた光の宝玉の存在に気が付いたらしく、顎で宝玉の事を指した。
エンルは綺麗で美しい物が好きだから、きっとこれが何か気になったのだろうと、思った。
「これの事も一緒にお話します」
一言そう言うと、エンルは興味深そうに話を聞く体勢に入った。
「よかろう。話してみろ」
「はい。実は夢を見たのです。そこで―――」
今日見た夢の全てをエンルに話した。
癒しの力の事、この光の宝玉の事、世界崩壊についてを出来るだけ詳しく簡潔に、全てを話した。
話している間中、エンルは一言も話さずに黙って話を聞いていた。
話を全て聞き終えた後、エンルは暫く黙って考えていた。眉間に皺を寄せて、目付きを鋭くしていた。これでは折角の綺麗な顔が台無しだ。
「・・・・・・ルカよ、お前が夢の中で会ったという女神は、確かにウルーラと申すのだな?」
「はい。確かに、自ら女神ウルーラと名乗りました」
確認を取った後、エンルは何かを確信したような表情を浮かべた。
その後すぐに眉間の皺を増やし、何かを悩んでいるようだった。その表情は悲しげにも見える。
「・・・・・・ルカよ、女神ウルーラ様の言う通り、もうすぐ世界が滅ぶ。世界崩壊を食い止める術を探す旅に今すぐ行け」
重々しく開いた口から出た言葉で、一瞬、時間が止まったかのように思えた。
けれども、それはほんの一瞬。ルカはすぐに下を向いてしまった。
驚いたのもあったのだが、それ以上に、この世界以外に行かなければいけないと言われたのにショックを受けた。
他の世界に行けなど、ルカには恐怖心しか与えなかった。この世界以外、見た事も無いのに行けだなんて、あまりにも怖すぎた。頭の中が、不安で一杯になる。
いくらルカが未熟だっていても、天使の世界とは違う、他の世界の事くらい知っていた。
ルカ達天使の世界は、皆が協力し合い生きている世界だ。けれど、他の世界は皆が皆協力して生きている訳ではない。勿論、協力しようと思う人は居るだろう。しかし、協力を考えない者も当然居るのだ。実際、他の世界に行った事が無いルカは、それが真実なのかは知らない。けれども、嘘ではないと分かっていた。
「・・・・・・ですが、エンル様・・・・・・私は、恐いです・・・・・・全く知らない世界に行くのは・・・・・・。それに、悪魔の方と一緒の旅する事も・・・・・・・・・」
まだ少しの間しか生きていない天使見習いだ。他の世界を旅するのには、あまりにも幼すぎた。
他の世界に行ける天使は皆、王に認められなければいけない。それはやはり、他の世界は天使達にとって酷な事が多いからだ。だから、それに耐えられるくらいの精神力を持っているかどうかを王が判断し、許可されなければ他の世界へは行けないのだ。
それに、ウルーラは悪魔と一緒に旅をしろとも言った。
悪魔は元々、天使と対のような存在だ。天使と悪魔の王が今の代の者になってからは、大分交流などが多くなったが、それでも、一部の天使は悪魔達を嫌い、悪魔は天使達を嫌っていた。
助け合い生きていく天使にとって、悪魔は傍若無人で、仲間すら見捨てると言う考えが許せなく、弱肉強食が当たり前の悪魔にとって、天使の協力し合いながら生きる。というものが信じられないらしい。裏切りは当然という中で育ったからかもしれない。だとした、とても悲しい事だ。
兎に角、天使と悪魔は考え方も生き方も違い、合間見えぬ存在なのだ。
そんな悪魔と旅をするのは、ルカには戸惑い、不安、恐怖しか与えない。
「ルカよ、ウルーラ様とはこの天使の世界を創った女神と言い伝えられている。そして、未来を司る女神でもある、ウルーラ様がこの世界等全てが滅ぶと言っている。そして、この世界を救えるのは、お前ともう一人の悪魔だけと言っている。・・・・・・それぞれの世界の長に会い、夢の事を全て話せ。大丈夫だ。お前が悩み、苦しむ時はきっと、一緒に居る悪魔が助けてくれる筈だ。ルカよ、己の運命を信じるのだ」
そう言い、普段は決して見せはしない優しい笑みを顔に浮かべた。
それはもう、ずっと昔から見ていないくらい久しぶりに見た、優しい、頼りになる父親の笑顔だった。
久々の、優しいエンルの笑みを見て、ルカは覚悟を決めた。
悪魔全員が酷い人なんてありえない。きっと、良い悪魔も居る。だから、覚悟する。
「・・・・・・分かりました。私、信じてみます。エンル様と、ウルーラ様。まだ会った事のない、悪魔の方を、信じてみます・・・・・・」
まだ少し戸惑っているけれど、はっきりとした口調で言った。
声に出せば、少しでも不安が消えると思ったからだ。
実際、声に出すと、不思議と不安と恐怖が和らいだ気がした。
「それで良い。分からぬ事があったら、また戻って来るが良い。いつでも力になってやろう」
「はい!」
「・・・・・・・・・善は急げ、だ。ルカよ、旅支度を今日中にしろ。終わったら此処へ戻って来い。寄り道はするな」
「はい。それでは失礼します」
朝来た時とは違い、礼儀正しくお辞儀をして静かに立ち去った。
ルカが居なくなった謁見の間は、異様に静けさに包まれた。
静まり返っている空間の中で、小さく呟いた。
「この運命、変わってやりたいものだな・・・・・・。もし、世界崩壊を食い止められなかったら・・・・・・。ウルーラ様、貴女は一体何を・・・・・・何をルカにさせたいのですか・・・・・・っ? ・・・・・・我が友、アネスよ・・・・・・どうかルカを守ってやってくれ・・・・・・ッ」
そう、切に祈り続けた。
いくら自分が魔術に長けているからと言っても、運命を変える事は出来ない。出来るのはこの世の中でも四人しか居ない。
一人は神。この世全てを司る者と言われている存在。
もう一人はウ女神ルーラ。未来を司る女神。この世界を創ったとされる創造主。
もう一人はウルーラの双子の姉と言われている女神ゼルーラ。過去を司る女神。
そしてもう一人がアネス。運命を司る者。
この者等の事を、人々は四神と呼ぶ。
神の姿は謎に包まれており、ウルーラ、ゼルーラは今まで極僅かの者しか見ていない。アネスを見た者は今まで何人も居た。現に、アネスはエンルの友でもあった。
「・・・・・・アネスよ・・・・・・どうか・・・・・・」
震える声は、静けさが包む空間に消えていった。
住んでいる部屋に戻ったルカは、早速旅支度を整えていた。
「服は入れたでしょ・・・・・・食べ物も少し入れた・・・・・・・お金もあるだけ、って言ってもあんまり持って無いけどね・・・・・・・・・・・・はぁ、私って貧乏・・・・・・」
荷物が多すぎたらどうしよう。などと考えていたが、逆に少なくて悲しくなってきた。
王の娘だからといって、決してルカはそれに甘える事なく生活している所為もあるのかもしれない。けれど、ルカは今の生活を変える気はない。
確かに、不便な事などはたくさんある。けれども、周りには助けてくれる者達が居る。それに寧ろ、此方の生活の方が自分には合っているんじゃないかとすら思っている。
そんな考えの自分に、少しだけ笑えてきた。
顔には笑みが浮かんでくる。
「・・・・・・えへへ・・・・・・」
「準備は出来たか」
「んぎゃっ!?」
突然後ろから声をかけられ、変な叫び声を上げた。
自分のあげてしまった声を恥ずかしく思い、少し顔を赤らめながら後ろを振り返ると、そこにはエンルがむすっとした表情で立っていた。
一目見ただけでも分かる。かなり不機嫌な様子だ。先ほど、声をかけただけなのにルカに叫ばれてしまったからかもしれない。
「おとっ、エ、エンル様! どどど、どうして此処に!? 私が宮殿に行くのではありませんでしたか!?」
あまりの驚きで、エンルをお父様、と呼びそうになり、更に慌てなくてはならなくなった。
「・・・・・・騒がしい奴だな。ただ、あそこで待っているのも面倒なだけなので来ただけだろうに。いちいち叫ぶな」
目を細め、叱り付けるようぴしゃりと言った。
「ご、ごめんなさいデス・・・・・・あっ!」
怒られ、謝る際に、思わず変な言葉遣いをしてしまった。
自然に、背筋から冷や汗が流れる。エンルは言葉遣いに昔から厳しくて、よくル泣きかけた事があった。
娘であるルカが父親であるエンルの事を、エンル様と呼ぶのには理由がある。
それは、エンルがそう躾けたからだ。いくらルカがエンルの娘でも、ちゃんと立場を弁えられるようにする為だ。
「・・・・・・それより、もう準備は良いのか?」
まだ少し不機嫌そうなエンルの声に、内心びくびくとしていた。
「・・・・・・はい」
少し間隔を開けて返事をしたのを不思議に思ったのか、エンルは怪訝な顔をし、眉間に皴を寄せた。
「・・・・・・もう一度尋ねぞ。もう無いな?」
その問いに、応えられなかった。応える事が出来なかった。
今何か喋ると、泣出してしまいそうだったからだ。けれど、勇気を振り絞ってエンルの名を呼んだ。
「・・・・・・エンル様・・・・・・」
名前を呼んだ途端、エンルがルカを抱き締めた。
身長差がかなりあり、ルカはエンルの腕の中にすっぽり埋まってしまった。
「おとっ・・・・・・エンル様?」
「・・・・・・父と、呼んでも良い。今だけ許そう・・・・・・」
優しく、小さな子供をあやすようなな口調で言った。
「・・・・・・・・・っ! お父様っ! 私・・・・・・私はっ!」
行き成りの事だったが、すぐに泣き始めてしまった。
そんなルカの頭を、エンルは黙って撫で続けてくれた。
ルカとエンルは列記とした親子だ。顔などは似てないけど、しっかり血は繋がっている。ただたんに、ルカが母親似なだけだ。
父親であるエンルはこの世界の王で、ルカが甘えたい盛りでも、無論甘える事など許されなかった。その代わり、ルカは母親であるベレーヌにうんと甘えた。甘えられない、甘えてはいけない、エンルの分まで甘えていた。
しかしベレーヌはまだルカが幼いうちに流行病で亡くなってしまった。二度と帰らぬ人となってしまった。
それ以来、ルカは誰にも甘えずに過ごした。年頃になると、エンルから離れ、一人で生活していた。普通の人と同じように暮らし働いて、誰にも甘えはしなかった。
そんな今までを埋めるかのように、エンルに甘える様に泣いた。ああは言ってくれたものの、やっぱり旅は怖かったから、違う世界に行くのは不安で堪らなかったから。
「・・・・・・お父様。私、もう行きます」
程なくして涙は止まり、迷いも無くなり、すっきりとした声でエンルに言った。
まだ目には薄っすらと涙が残っていて、エンルがそれを不器用に親指で拭った。
「そうか・・・・・・では、始める」
最後に、エンルは寂しそうに笑ったが、すぐにいつもの威厳を取り戻した。
目付きを鋭くすると、静かに詠唱を始めた。
「汝が行く世界。それは悪しき心を持つ者が集う場、悪魔達の世界。汝を我の力で送り届ける。行け、ルカ・クラウディス・モールよ」
詠唱を終わらせると、ルカの身体が光りだした。
だんだん光となって身体が消えてゆく。
「・・・・・暫く静かになるな。騒がしい奴が居なくなって」
「な・・・・・・っ! お父様、酷いです!」
身体が消える前、ルカとエンルは少しでもと会話をした。暫く会えなくなると思うと、少しでも長く居たくなる。
もうすぐ完全に消えるという時に、エンルに尋ねた。
「お父様は、お母様の事、好きでしたか?」
「・・・・・・ああ、今でも愛している。あいつほど、良い女は居ない」
最初は不思議そうにしていたエンルだったが、ベレーヌの生きていた頃を思い出しているのか、懐かしむように言った。
「お母様は幸せだったんですね。・・・・・・あ・・・時間みたいです。さよなら、お父様」
最後にルカはエンルの頬に、別れのキスをした。エンルもそれを返してくれた。
別れの挨拶が終わると、ルカの身体は完全に消えた。
「ルカよ、これから先の運命に、耐えるのだ。私には、これくらいしか出来ない―――」
今のエンルには、ただルカの為に祈る事しか出来なかった―――
もう運命の歯車は動き出してしまった
止める事は選ばれし者にしか出来ない
運命は選ばれし者達だけに委ねられたのだ―――