噂話
授業中もふとした瞬間に思い出してひとりで赤くなっていた。幸いまだ当てられたことはなかったのでよかったのだが、どうしてこんなに気になるのだろう。
やっぱり、初めて撫でられたからっていうのが一番なのかな…
我ながらうぶだな、と納得した。あんまりな理由な気もするけど変に意識してもいけないと思う。そう考えて、お兄ちゃんが来るのを待っていた。
もうすでに芳佳たちは帰っていた。今日こそは散歩しに行くらしい。私はおいてけぼりなのって抗議したけどお兄ちゃんとデートの方がいいよねって二人で言っていた。あの二人にはすでに勝てない気がした。
何時に迎えに来るかわからなかったから教科書でも読んで今日の復習でもしようかと思ってカバンをあさった。その時、廊下から声が響いた。
「なんか最近副会長に彼女できたみたいだよ」
副会長、という言葉に反応した。副会長って、お兄ちゃんだっけ。
「え、嘘!誰なのその羨ましい子!」
「んー、名前まではわかんないなー。でも最近一緒にいるの見たっていう人多いし」
…もしかして、彼女と疑われているのは私?その事実に行き着いたとたん、さっと血の気が引いた。お兄ちゃんの律儀さに甘えて送ってもらってはいるけど、それがこんなところで裏目に出るなんて。
「あ、私見たことあるよ!」
どうやら声の主は三人らしい。今このタイミングでお兄ちゃんが迎えにきたら困る。兄妹なのに、噂に信憑性がでてしまう。
「どんな子!?」
「んーっとね、後ろしか見たことないんだけど結構雰囲気かわいい系かな」
えーっ、と他の二人から驚きの声が上がった。
「かわいい系とか意外。あの人絶対美人系だと思ってた!」
確かにー、と口々に言う。ああもうさっさと動いてくれ!と心の底から思う。どうして女子ってしゃべっているときはこんなにのろまに動くのだろうかと自分のことは棚に上げて苦々しく思う。
「親衛隊とか平気なのかな」
何気なくつぶやいたと思われるその一言が私の心を揺さぶる。親衛隊…日出野先輩が言っていたそれ。ほんとにあったんだ…
「やばいよね、あの人たち会長に近づくだけで睨むんだよ。怖くない?話しかけてるわけでもないのに」
ねー、といいながら彼女たちはようやくクラスの前を移動したらしい。彼女たちの会話を盗み聞きしたわけじゃないが、いけないことをした気分になった。
「憂鬱だ…」
親衛隊の存在は本当にあったらしい。それは困る。願わくば私を彼女だと勘違いしないでいてくれたらいいのだけど…
そんなことを思っていたら、ドアが開いた。ドアの方に目をやるとなぜか日出野先輩がいた。
「あ、よかったー。まだ帰ってなかったー。ごめん、けいから伝言。急な召集があったみたいで今日は送れないだって。その代わりといっちゃなんだけど俺が家まで送ってあげるね」
半ば予想していたことだったからあまり驚かなかったけど、なぜ日出野先輩が送ってくれるのだろう。
「あの、ひとりで帰れますよ」
そういうと日出野先輩はにやりと笑った。
「いやいや、ここは先輩の好意に甘えときなさい妹ちゃんよ。今ならジュースおごっちゃうよー」
「え、え。そこまでしてもらうわけには!」
鼻歌を歌う勢いな先輩はスキップしながら席に近づいてきて、私の席の目の前まで来ると内緒話をするように耳元で囁いた。
「なんだか妹ちゃんがけいの彼女だーっていう噂がさ、広まっちゃってね。ここはひとつ芝居をしておこうかなって」
耳元で囁かれるその声の意外な低さや、その際に吐息がかかってぞくりと形容し難い感覚に襲われて言葉の認識に少し遅れた。
「…し、芝居?」
「そ、芝居」
素早く私から離れると先輩は今度はにっこりと笑った。