いた理由
なんとなくいたっていう理由は通じないかな、と考えていた。どうしてもまだ、このお兄ちゃんには素直に感情を伝えられる気がしなかった。それは私がこの人にまだ慣れていない証拠であり。この人もまた私に慣れていない証拠でもあった。
なぜなら、私は本人の前では一度もお兄ちゃんと呼んだことはなく、この人も私の名前を呼んだことはなかったから。
なかなか理由を言わない私をじっとみるお兄ちゃん。正直威圧感がすごい。これ他の人が見たらいじめと勘違いするんじゃないかな。
困ったなぁ、と思っていたとき見かねたのか日出野先輩が口を出した。
「けい、そう無言で見つめるなって。お前元が怖い顔なんだからそんな黙ってたら余計怖がられるぞ!」
じゃれるように日出野先輩はお兄ちゃんの肩に手を回し、がたがたと揺らした。お兄ちゃんは抵抗する気がないのか、なすがままになっている。ちょっと面白い。
知らず知らずのうちに笑っていたらしい、笑い声が漏れるまで自分も笑っているなんて気がつかなかった。そんなに大笑いしてるわけじゃないけど久しぶりに笑ってて、とっても嫌な気分じゃなかった。
「おいー、お前のせいで笑われちゃったじゃん。どーすんだよー」
「俺のせいじゃないだろ」
日出野先輩がずっとお兄ちゃんの肩を揺らし続けていて、お人形みたいに首がガクガクしててちょっと怖かったけど、なんだか今まで見てきた圭史お兄ちゃんの違う一面を見れて嬉しかった。この人は友達の前だと少し口数が増えるんだね。
「そういえば、先輩たちはどうしてここに?」
ひとしきり笑ったあと、疑問をぶつけた。自分への質問は流す。
「ああ、それはねー。こいつが妹ちゃんのことが心配で仕方ないっていうからさー、心優しい俺が付いてきてあげたってわけ!!」
腰に手を当ててさながら正義のヒーローのようにいった先輩。お兄ちゃんのほうをそっと見ると目線が怖かった。あれで人殺せるんじゃないかな。
お兄ちゃんの視線に気がついたのか、その姿勢を崩して、ぺこちゃんみたいな表情でてへぺろっていった。全然反省してないのが丸分かりだ。
「かず、冗談はやめろ」
「俺から冗談とったら何も残らなくなるよ」
「特に問題はない」
「問題ありまくりだよね!?」
むすっとした顔でお兄ちゃんはいっているけど、あくまで顔だけだった。声とか、口ぶりとかは全然むっとしていなかった。こんなお兄ちゃんを見たのは初めてで、その分距離が近づいたような気がした。まあ私に対してやっているわけじゃないから、その点については少し寂しい、と感じた。
私も、この人に早く慣れたい。ちゃんとした家族になりたいな。
そう思えただけ、今日は残った甲斐があったと思う。まだ話している二人を見ながらそんなことを考えた。
「あの、私そろそろ帰ります。え、えっと、さようなら!」
親しそうに話している二人の会話を遮るのは勇気がいったけど、もうここにいても意味はないし、適当に理由をつけてその場を抜けた。教科書は相変わらず重かったけど。
「…そういえばどうしてあの人たちは一年生のほうに来てたんだろ」
ちょっと短めです。けいしくんは真顔で冗談をいうタイプです。