平良先輩
いろんな意味でドキドキした剣道の試合、その後の帰りでは紺衣はとても興奮していた。
「すっごいかっこよかったね!」
終始その話に徹底していたから逆にこちらの熱はさめていき、だんだんと冷静になれた。なれたはいいけど思い出すのは試合ではなく最後の日出野先輩のことだった。あの人は話すとき本当に顔を近づけすぎだと思う!今度あった時にはちゃんと苦情を出さなければあのままだろうな、と予感していた。
伊野くんは下駄箱までは一緒だったけれど自転車通学らしくそこで別れた。共通の話題ができて朝よりもぐんと話しやすくなってよかったなとは思う。
紺衣と駅まで一緒に帰り、改札前の横断歩道で別れる。紺衣ほどじゃないけれど、剣道というものに触れてとても興奮していたのは事実だった。結構さめたけど。なんとか家に着くまでに普段の私に戻そうととてもゆっくりに歩いて帰っていった。
次の日、いつもどおりの時間に起きてごはんを食べる。お兄ちゃんは会議がないらしく久しぶりに一緒に登校することになった。
珍しくお兄ちゃんが私に話しかけてきた。
「昨日、剣道部に見学しに行ったんだって?」
そのことを知っているのは紺衣だけなのに、なぜこの兄は知っているんだろう。思わずお兄ちゃんの方を向いた。怪訝な顔をしていたのか、お兄ちゃんは答えを出すように携帯を出してきた。
「かずからメールがきた」
メール画面をわざわざ出してきて、ちゃんと送られたものであることを確かめさせられる。あ、あの人は…なんて返していいのかわからなくて、ただうん、と肯定だけしていた。多分変な顔してると思う。
「剣道に興味あるのか」
お兄ちゃんと会話が成立していることがほぼ初めてに近いくらいで、今日もまたドキドキと心臓を鳴らしながら顔を正面に向け返事をした。
「え、あ…いや、特に…あったわけじゃないんだけど…」
「なら、なぜ?」
な、なんだ。この尋問されている感は。あまり会話がうまい方ではない私にとってはこういう会話の仕方は難しいよ!
「け、見学しにいったのは日出野先輩が前言ってたからだし、もうすぐ仮入部期間が終わっちゃうから…」
だんだんと声が小さくなるのを止められなかった。横からとても視線を感じる。もっとはきはきと答えたいのに、やっぱりこういう会話は不得意だ、と思う。
「別に仮入部の時期に決めなくてもいい。5月には生徒会の募集もあるんだからゆっくり考えればいいじゃないか」
「え…?」
「俺としては、生徒会に入ってもらったほうがいいんだが」
な、なぜですか!?そんな心の声が聞こえたのか定かではないが、お兄ちゃんは私の疑問に答えるように口を開いた、と思ったら違う声でかき消されてしまった。
「お、倉森じゃーん!!」
いつの間にか下駄箱近くまで来ていたらしい。人が少ないといってもこんなに朝早くからでもやっぱり来ている人は来ていて、大声で名前を呼ばれたお兄ちゃんはとても迷惑そうに顔をしかめて呼ばれた方を向いた。私も苗字同じだからちょっと反応してしまったけど。
そこにいたのは髪の毛を明るく染めた背の高い男子だった。兄のことを呼んだから多分先輩だろう。ひらひらと手を振りながらこちらに近づいてきた。
「こんな朝早くなにしてんの…ってあれ?昨日見学しにきた子じゃん。なんだよ倉森新入生に手ぇ出したのかよ」
え?け、見学?昨日見学したのは剣道部だけだったからその関係の人なんだろうけど、こんな、言っちゃ悪いけどいかにも軽薄そうな人は見ていない、はず。
私の疑問を知ってか知らずか、お兄ちゃんは淡々と答える。
「平良、剣道部では染めるの禁止だろ。怒られるぞ」
…え、た、平良先輩!?き、昨日の試合していた人!?
「いやー、試合前までには染め直すからって泣いて頼んだんでこの状態でーす。てか俺の質問無視してんなよな。」
お兄ちゃんの肩に肘をおき、視線で答えを促していた。平良先輩は近くで見るとお兄ちゃんよりも背が高く、すらっとしていてまるでモデルのようだった。
たいらくん、チャラ男設定です。なんだか予定していたより人数が増えてきたのでそろそろ人物紹介とか作ったほうがいいですかね(自分用に)