練習試合
太鼓がなった瞬間、ふたりは大声を出してお互いを牽制し合っていた。初めて聞くような声だったので最初は二人共おかしくなってしまったのかと心配してしまったが周りを見渡すと紺衣以外は普通にしていたので剣道の試合ではこれが普通なのかとなんとか理解した。
ふたりは竹刀があたっているところを中心にしてゆっくりと円を描くように動いていた。剣道というものにまったく触れたことはなかったが、二人共チャンスを伺っているのだろうというのはわかった。
お互い隙を見せず、時間だけが過ぎていくような感覚があった。まるでそこだけ別次元のように、張り詰めた雰囲気がある。自分のつばを飲み込む音がやけに大きく響いたような気がした。
少し牽制、もしくは挑発し合いながら触れ合っていた竹刀が唐突に動いた気がした。見ると白い道着の木之元先輩が前のめり気味に動いていた。
彼は大きく竹刀を振りかぶり、平良先輩の頭に向かって思い切り振り下ろしていた。しかし当たる前に平良先輩は頭を横に倒し肩の部分で竹刀を受けていた。ばしん、と鈍い音が道場に響き渡る。そのまま木之元先輩は平良先輩の横を抜けようとしていた。しかし、平良先輩はいつの間にか竹刀を野球のバットのようにひねっていて、木本先輩のお腹にある胴の部分に竹刀を叩きつけていた。しっかりとあたっていたのにそれは有効ではなかったらしく、日出野先輩は無言で試合続行を求めていた。
また最初のようにその場で竹刀を合わせ、声を発する。膠着状態から始まるのかと思ったら平良先輩が間髪いれずに動いていた。
猛攻とも言えるその動きは確実に木之元先輩を追いやっていた。
ついに道場のすみの方にまで追いやられた木之元先輩、私にはもうほとんど勝負は決まったかのように思えた。
しかし木之元先輩は不意に竹刀を下げると平良先輩の竹刀をしたからすくい上げるかのように叩き上げた。それと同時に大きく一歩踏み込んだ先輩の目の前にあるのは先ほど狙った平良先輩の頭。一瞬無防備になってしまったそこはもう回避するすべがなく、素早く木之元先輩は声を張り上げながらそこに竹刀を叩き込んだ。
「面有り!そこまで」
日出野先輩のよく通る声が試合の終了を告げた。
ふたりは最初に立っていた位置に戻り、蹲踞をして後ろに下がった。次の試合相手に交代する際、お互いに礼をしてこちら側に向かってきた。そうして見学している人たちの横で無言で面を外していた。ただ木之元先輩は次の試合があるのでつけたままだったが。
「次、江川。平口」
はい、と可愛らしい声と少し落ち着いている声が響いた。江川と呼ばれた先輩は小柄であんな体でも剣道ができるのかと少し感動した。逆に平口と呼ばれた先輩はすらっとしていて(道着、しかも防具をつけているのでスタイルなどはわからないが)結構身長も高めである。どんな試合になるのだろうかとドキドキと心臓が鳴り止まなかった。
結果から言うと、江川先輩が面という技で一瞬で終わった。
正直何が起こったのかわからないけど、江川先輩が動いて、声が発せられて、叩く音が聞こえて、日出野先輩の面有り、という声が聞こえて終わっていた。ドキドキとか、さっきの試合みたいに息もつけないような状況にはならなかった。
今度は混合である。男女混合という意味は今更ながら木之元先輩が立ち上がった瞬間理解した。
これは大丈夫なんだろうか。木之元先輩は近くで見るととても大きくて、小柄な江川先輩はひとたまりもないんじゃないだろうか。心配になってずっと試合に釘付けだった目を日出野先輩に向けた。そうすると先輩はなぜかこりたを向いていて、安心させるように微笑んで口パクで言葉を伝えてきた。
「…だ、い、じょ、う、ぶ、あ、ん、し、ん、し、て?」
何が大丈夫なんだろうか。とても不安である。私の不安を知ってか知らずか、先輩は今までと同じように試合を開始させた。
私の心配はものの見事に裏切られたのである。江川先輩の圧勝で試合は終わった。
こうして初めての剣道の試合の観戦は、とってもドキドキしたものの最後はあっけなく終わってしまった。
日出野先輩が終わりの挨拶と称して試合に出た人たちを紹介していた。その紹介も終わり、一年生たちは下校時間が迫っているということで帰されることになった。
道場の入口まで見送りに来てくれて、ちょっと照れた。出る際に伊野くんが奥の方にあった神棚に向かってお辞儀をしていたので紺衣と私も真似をしてでていった。
「妹ちゃん、また来てくれるのを楽しみにしてるね」
立ち去る際、日出野先輩は私にそう耳打ちしてきた。内容はともかくとして、その距離の近さに私は試合中のドキドキとはまた違ったドキドキを味わうことになった。
私の中でひでのかずさという男が迷走中です。なんかチャラ男っぽくなってますねえ…どうしよう