勘違い
次の日、思ったよりすっきりと起きられた。昨日の電話が功をなしたようで多少なりとも不安はあったが特に気に病むような状態ではなかった。いつもどおり朝の支度をしてごはんを食べた。すでに兄は出発していたようで台所にはお茶碗などが片付けられていた。
「おはよう、静穂ちゃん」
お母さんに挨拶され、未だ眠たいまぶたを必死に起こしながらなんとか挨拶を返す。気分的にすっきり起きれたからといって眠いか眠くないかはまた別問題であった。割と朝は弱いタイプである。
のんびりと支度して、遅刻しない程度に家を出る。思えばこんな遅い時間に家を出たのは初めてだった。いつもはなんとなく朝早く起きてしまって、家で何かするわけでもなかったからそのまま出発していたのだ。いつもとは違う時間で一番驚いたのは人の多さだった。いつも出発している時間の10分後だというのに行き交う人がこんなに違うのかと改めて驚いた。
駅周辺になると出勤していくサラリーマンや友達同士で行く高校生などがたくさん見受けられた。もちろん、私と同じ制服に身を包んだ人たちも多く、さながら一緒に歩いているような感覚で学校に向かった。
普段より遅めにいったので昇降口がとても混雑していた。この高校はこんなにも人が多かったのかとちょっと遠い目をしてしまったのは仕方ない。
まあ気にしてもしょうがない、と思って靴を履きかえる。ローファーを靴箱に入れ、上履きを出した。上履きは学校指定で学年によって色が変わる。私は一年生だから赤。二年生は青、三年生は緑といった具合に。真新しい赤のラインが入った上履きを履いていると後ろから声がかけられた。
「おはよう!えーっと、倉森さん、だよね?」
びっくりして後ろを振り返るとちょっと照れくさそうにしている男の子がいた。なんとなく顔は知っている気がする。名前は…えっと。
「あ、俺同じクラスの伊野誠太郎です。あの、突然声かけちゃってびっくりしたよね」
いの、せいたろうくん。そういえばそんな人がいたような。なんとか挨拶を返して私は彼のことを思い出そうとした。だけどまだ私は同じクラスの人たちの顔と名前が一致していないからちょっと不安だけど。伊野くんは私がしゃべりださないから言い訳のように次々と自分のことを喋っていた。私は、この状況に気まずさを感じて伊野くんのおしゃべりを遮るように教室にいこうと促した。
教室に向かう中、しゃべりだすきっかけがつかめないのか先程まで聞いてもないのに自分のことを喋っていた伊野くんがだまり自然と無言で歩き続けていた。
教室につくと伊野くんが先に入りあとから私が入った。クラスの人は半分以上登校していたけどチラホラと空席も目立っていた。
「おはよう、しー」
「おはよ。芳佳、紺衣」
自分の席につくとすでに学校に来ていた芳佳と紺衣が挨拶しに来てくれた。なぜかにやにやしながら。
「しーってば言ってくれればいいのに」
「え?」
芳佳がにやにやしながらこちらを小突くような仕草をする。紺衣はくすくす笑いながら止めようとしない。
「ごめん、何が?」
どうやら分かっていないのは私だけらしく、二人に事情説明を求める。ふたりは顔を見合わせると二人同時ににやりと笑った。
「いやあね、入学したてなのにあんなふうに一緒に登校なんてされちゃったらねえ?」
「ほんとほんと。仲がよろしいことで」
「だ、だから何が?」
なかなか二人が言ってくれないからちょっと困ってると芳佳が耳打ちしてきた。
「何って、伊野のやつと仲良く登校してきたじゃない。すでにしーには春が来てたのかと」
「え、な、そんなことあるわけないじゃない!」
だいたい名前も分からなかった人なのに、そんなこと言われても。私の困った顔を見てどんな解釈をしたのかわからないけどにやにやするのはやめてくれなかった。
「ていうか芳佳は伊野くんと知り合いなの?」
このままだと痛くもない腹を探られそうだったので無理やり話を変えた。
「知り合いってか、同じ中学だよ。何、気になる?気になる?」
話を変えたはずなのになぜかかわらなかった。女子高生の恋ばな好きはどうにかしてほしい!