(28)
雪が降り積もった校舎へ続く道は、清澄な朝の光に照らされてキラキラと輝いていた。雪は日曜のお昼には降りやんでしまったので子どもたちの足跡を隠すことができず、泥が混じった歪な雪だるまがいたるところに並んでいた。
月曜日の朝は憂鬱だ。
始まりを告げる澄んだ青空が爽やかな風を伴って、マフラーに首を埋める僕をそっと見守ってくれていた。
学校前の横断歩道で誰か信号待ちしているな、と思ったら友人の野々村だった。学校指定のコートを着込み、ぼんやりと行き交う自動車を眺めている。隣にたって声をかけると、女の子のように微笑んで「おはよう」と挨拶を返してくれた。
「三吾、今朝は早いんだね」
鼻をすすって、鞄を背負い直す。
「あぁ。先生に用事があって、久しぶりに早起きしたよ。そういう野々村もやけに早い登校じゃないか」
「僕はクラブ活動だよ。もうすぐコンクールがあるからね、大会用の絵を早く行って仕上げたいんだ」
「なるほどなぁ。野々村は将来絵に関する職業につきたいのか?」
「うーん、まだ漠然としてて決まってないけど、そうなれたら幸せかもね。そういう三吾は?」
「今はまだ秘密かな。もっとプランが固まったら相談に乗ってくれよ」
「了解」
歩行者用信号機が青に変わったので、二人連れだって歩き出す。排気ガスの臭いが朝の香りを台無しにしている気がした。
「そういえばさ」
大型バスをちらりと横目で見ながら野々村は呟いた。
「山本がやけに三吾のこと心配してたよ。調子が悪そうだったって」
そういえば柿沢のことをあいつに尋ねた時ずいぶんと心配をかけたんだっけ。そのあとフォローのメールをしたつもりだけど、それだけじゃ彼の不安をぬぐい去ることができなかったみたいだ。
「あぁ、大丈夫。あの時は体調が悪かったけど、いまは見ての通り元気はつらつだからさ」
僕は極めて元気な声をだして、野々村にアピールした。学校で山本に会ったときの予行練習のように。
「そうだねぇ」
野々村はいつもの間延びするような声をあげ、
「確かに三吾、なんか吹っ切れた感じがするもんね」
と僕に笑いかけた。
昨日の朝、目を覚ますと僕は自分のベッドにいた。気だるさとは真逆に昂った精神が覚醒と共に行ったのは、自分の世界がしっかりと保たれているかの確認だった。
銀色の髪を持つ少女の姿はどこにもなく、傷だらけだったはずの自分の姿は、湯上がりのようにさっぱりとしていた。すべては夢だったのではないかと、疑ってかかったのは一瞬、窓に空いた穴と、彼女の残り香が僕の鼻孔を擽った。
どこを探しても彼女はいなかった。
クローゼットにも姉貴の部屋にも地下室にも公園にも、まるで煙のようにノスフェラトゥは姿を消したのだ。
はじめからなかったかのように、僕のファーストキスを奪った罪人は何処かへ旅立った。別れも告げず、この町を去った彼女はいまどこにいるのだろうか。今度あったときはただじゃあおかない。
エントランスで野々村と別れて、僕は一人職員室に向かう。
男子出席番号三番、長壁鏡花について、担任に話が聞きたいのだ。
中学登校拒否児童はおよそ十万五千いて、高校や大学もいかずそのままズルズルと堕落していく人生はその数字のおよそ四分の一にあたるらしい。
僕は専門家ではないけれど、その莫大な数字にはなにかしらの要因があって、一人一人不登校の理由が違うと考えたとき、僕は長壁くんの問題をただのデータに埋もれさせようとしていたのだと思ってしまった。
小さなことでもいい、なにかのきっかけになってくれれば。教師でもカウンセラーでもない僕は、ただの同級生として、彼と話がしてみたい。
人生とはなにかを考えたとき、他人のために生きることだと悟ったから、なんて説教じみたことは言わない。今でも僕は人生の意味を考えた時、自分のために生きることだと信じてやまないのだから。
澄んだ空気が階段を包み込んでいた。見上げた世界は色付いて見えた。
利己主義だろうが、利他主義だろうが、見える景色はおんなじだ。綺麗なものの影には汚いものが存在し、いいにんげんの数だけ悪い人間も存在している。
でも普段そんな下らないことを考える暇人はいない。
僕はただ会ったことのない彼と友達になりたいから会いに行くのだ。
職員室はB棟二階の端にある。
僕は階段に足をかけ、ゆっくり一歩を踏み出した。
読了感謝です。
自分の好きなことを好きなように綴ってみよう、というコンセプトで始めた小説でしたが、思った以上に筆が進まず、悩みに悩んでなんとか完成させました。
いかがでしたでしょうか?
楽しめていただけたなら、幸いです。
ありがとうございました。




