トリコニンファ
共生の顔をした裏切り者
迷い谷――紀伊の山の懐に沈むその名を、最初に耳にしたとき、私はただの言い伝えだと思っていた。
十津川村のさらに奥、地図にもほとんど載らぬ深い谷。
豪雨の夜、崩れた斜面からひとりの男が支流に流され、下流で川遊びをしていた子供が死体を発見したという話から、すべてが始まった。
死体は我々と同じ人類の形をしていた。だが衣類の断片、骨格の微妙な比率、
そして何より腸内から検出された微生物は、まったく異なる進化の軌跡を示していた。
その微生物はシロアリの腸に共生するトリコニンファに酷似し、私たちはそれを「ヒトトリコニンファ」と呼ぶことにした。
土を主食とする種族。我々が幾度もの飢饉で禁忌として避けてきた「土食い」を、彼らは日常として生きていたのだ。
土を長く体内に留めれば石化し、排便不能のまま苦悶のうちに死ぬ――そう教えられてきた我々にとって、それは理解を超えた恐怖だった。
微生物学者・牧村和希が「迷い谷へ向かう」と告げて姿を消したのは、それから間もなくのことだった。
私、愛葉響は、彼の婚約者であり同僚の日向留美子に頼まれ、同じく仲間の滝上有希とともに、九月末の山へ足を踏み入れた。
雪が降れば山は閉ざされる。彼の生存は時間との勝負だった。そしてそれは、私たち自身にとっても命がけの賭けになることを、誰もが承知していた。
迷い谷の入り口近くで、私たちは牧村の遺体を見つけた。文明へ通じる道は目と鼻の先なのに、彼はそこに立ち往生していた。
食料はしっかり持っている。にもかかわらず、死に方は餓死に近かった。まるで、谷の奥へ戻ろうとして力尽きたかのように。
日向の表情が、遺体を残してでも奥へ進むことを求めていた。私たちは彼をそこに置き、さらに奥へと踏み出した。
三日進むと雪がちらつき始め、さらに三日後、牧村が使ったであろうテントを発見した。中には手帳が残されていた。
文字は乱れ、最後のほうはほとんど読み取れぬほどだったが、内容は明白だった。この地の土にはすでにヒトトリコニンファが含まれている。
土を食べることは、そのままその微生物を体内に宿すことだ。異人類の知能は低く、接触しても会話は不可能。
彼らはただ、動物や虫が葉を食むように、一日中土を食べて生きている。農耕も狩猟も、文化らしい文化はない。
意味はすぐにわかったと牧村は記していた。ヒトトリコニンファは、土以外の植物やタンパク質を完全に分解し尽くし、栄養の欠片さえ残さない。
この地の土以外では酵素として働かない。つまり――この谷を離れては生きられない体になってしまった、と。手帳はそこで途切れていた。
私たちは急いで外へ出ようとした。だが途中で雪が激しくなり、やむなくテントに引き返した。下山可能になるまで、大きく見積もって六ヶ月。
持参した食料では到底足りない。絶望が、静かにテントの中を満たした。私は迷わなかった。土を口にした。ひたすら、噛み、飲み込んだ。
そして少しずつ自分の血を絞り、百ccずつ彼女たちに飲ませた。ここから生きて帰るために。もう誰も死なせないために。
それが、私たちの最後の結束になった。雪が止んだ日、彼女たちはヒトトリコニンファのサンプルを携えて山を下りた。私は残った。
ヒトトリコニンファに魅入られた体は、もう谷を出られない。ただ土を食み、生きながらえるだけ――
研究室で駆除薬を手に、彼女たちが再び戻る日を、私はここで待ち続ける。数ヶ月後、彼女たちは戻ってきた。
…だが、戻ってきたのは、本当に彼女たちだったのだろうか。私は今日も、冷たい土を口に運ぶ。
舌の上で砂が軋む音が、谷の奥で響く異人類たちの咀嚼と重なる気がして、夜ごと眠れない。
彼女たちの瞳に映るものが、かつての光を失っているように見えるのは、きっと私の錯覚だ。
そう信じて、私は今日も土を食む。
読んで頂き有り難う御座います。




