第六十四話 わたし(俺)、裁量を置く
噂が、広がるのは早かった。
「判断ミスがあったらしい」
「やっぱり、万能じゃない」
「持ち上げすぎだったんだ」
声は、直接届かない。
でも、空気として、まとわりつく。
前世で、何度も味わった感覚。
(来たな)
運営部からの連絡。
再度の協議。
裁量の範囲見直し。
「一時的に」
「あなたの判断権を制限する」
冷静な口調。
でも、内心は透けて見える。
――弱ったところを、締める。
「異議は?」
一瞬、迷う。
抵抗すれば、
論争になる。
消耗戦になる。
前世なら、
全力で守った。
権限を、手放さなかった。
でも――
「ありません」
教員が、目を見開く。
「……いいのか?」
「はい」
「今は、その方がいい」
視界に表示。
《裁量:一時返上》
《立場:観測者》
《孤独:低下》
《選択:意図的》
演習場。
生徒たちが、不安そうにこちらを見る。
「今日から」
わたし(俺)は言う。
「判断は、別の形で進める」
ざわめき。
その時、
彼女が、一歩前に出た。
「代わりに」
「私が、進行を補助する」
一瞬、静まり返る。
「全部、決めるわけじゃない」
「話し合う」
「止めるところだけ、止める」
彼女の声は、
強くはない。
でも、迷いがない。
生徒たちが、
ゆっくり、頷き始める。
(……そうか)
これは、
引き継ぎじゃない。
分担だ。
演習は、進んだ。
速度は、落ちる。
でも、
迷いは、減る。
わたし(俺)は、
端で見ている。
口を出さない。
手も出さない。
ただ、観察する。
不思議と、
焦りはなかった。
放課後。
「……正直」
彼女が言う。
「怖かった」
「でも」
少し笑う。
「あなたが、後ろにいるなら」
「それでいい」
視界に表示。
《関係:役割分担》
《信頼:双方向》
《裁量:再定義準備》
裁量を置いた。
逃げたわけじゃない。
前世では、
権限=価値だった。
今は、違う。
手放せることも、
強さだ。
そして――
次に、それを試そうとする者が、
必ず現れる。
それを、
わたし(俺)は、静かに待っていた。




