第五十三話 わたし(俺)、監視される善意
翌日。
学園内に、目に見えない線が引かれた。
そんな感覚が、朝から離れない。
廊下を歩けば、視線が増えている。
敵意ではない。
評価と警戒が、混ざった目。
(来たな)
職員棟の前で、呼び止められた。
学園運営部――表向きは中立を装う部署。
「少し、お時間いいかしら」
対応は丁寧。
だが、逃げ場は用意されていない。
応接室。
記録用の魔道具が、机の上で静かに光る。
「最近のあなたの指導、影響力が大きすぎます」
直球だった。
「生徒たちが、あなたの判断を“基準”にし始めている」
「それは、学園としては無視できない現象です」
わたし(俺)は、否定しない。
事実だからだ。
「でも、問題は起きていません」
「怪我も、暴走も、減っています」
「ええ」
職員は頷く。
「だからこそ、です」
一瞬の沈黙。
「個人の裁量が、制度より信頼される状態」
「それは、管理不能という意味でもある」
――前世と同じ言葉だ。
胸の奥が、静かに軋む。
「あなたは、善意で動いている」
「ですが、善意は最も危険な無秩序になり得る」
視界に表示。
《評価:過剰影響》
《管理要請:強》
《自由裁量:制限検討》
《前世記憶:重合》
(ああ……)
あの時も、同じだった。
成果を出した途端、
「君に頼りすぎるのは良くない」と言われた。
そして――責任だけが、積み上がった。
「制限、ですか?」
「ええ」
柔らかな声。
「監督下での指導に移行していただきます」
つまり、
“一人で判断するな”という命令だ。
応接室を出ると、
廊下の端に、彼女がいた。
「……顔、固いよ」
「少しね」
歩きながら、状況を伝える。
彼女は黙って聞き、
やがて、ぽつりと呟いた。
「それでも、やめないんだ」
「やめない」
即答だった。
「制限されても、伝え方は残る」
彼女は、わたし(俺)を見る。
真っ直ぐに。
「じゃあ、私は」
少しだけ、間を置いて。
「あなたの“外側”を支える」
夕方の演習場。
今日も、生徒たちは集まっている。
だが、昨日までとは違う。
遠慮がある。
様子見がある。
(……いい)
正面から支配しない。
上から導かない。
わたし(俺)は、
後ろに立つ。
必要な時だけ、声を出す。
判断は、生徒自身に委ねる。
視界に表示。
《裁量:間接運用》
《影響:緩やか》
《監視:継続》
《孤独:軽減(微)》
小さな変化。
だが、確かな前進。
前世では、
管理に従い、
思考を止めた。
今世では、
制限の中でも、
考え続ける。
それが、
贖いであり、
抵抗だ。
夕暮れ。
彼女が隣で、静かに言う。
「一人じゃないよ」
わたし(俺)は、
ほんの少しだけ、笑った。




