第五十二話 わたし(俺)、歪んだ模倣
数日後。
学園の空気は、確実に変わりつつあった。
露骨な叱責は減り、
無意味な命令も姿を消し始めている。
(いい流れだ)
そう思った、その時だった。
演習場の一角。
ざわつきが、微妙に不自然だ。
視線を向けると、
上級生の一人が新入生を囲んでいる。
「ほら、判断しろよ」
「迷うな。あの人みたいにさ」
声は荒くない。
言葉も、一見すると正論だ。
だが――
新入生の手が、震えている。
(……違う)
わたし(俺)は近づく。
足音に気づき、上級生が振り返った。
「俺たちは、正しいやり方を教えてるだけです」
胸を張る。
「あなたも、そうしてますよね?」
一瞬、言葉が詰まる。
(これが、歪み)
模倣は、必ずしも理解を伴わない。
前世で、わたし(俺)が量産した光景だ。
「違う」
静かに、はっきり言う。
「わたし(俺)は、判断を奪わない」
「恐怖で急がせない」
「失敗する余地を、残す」
上級生の顔が強張る。
「でも、結果は――」
「結果だけを見た判断は、暴力になる」
その言葉に、周囲が静まる。
新入生が、恐る恐る顔を上げた。
視界に表示。
《模倣:不完全》
《危険性:高》
《是正介入:必要》
《前世経験:警告発動》
わたし(俺)は続ける。
「急がせるのは簡単」
「支配も、効率がいい」
「でも、それは――」
一瞬、前世の記憶がよぎる。
怒鳴る声。
黙り込む部下。
折れた判断力。
「……壊れる」
上級生は、言葉を失う。
拳が、わずかに震えている。
あの少女が、いつの間にか隣にいた。
何も言わない。
ただ、そこに立つ。
(大丈夫だ)
わたし(俺)は一歩下がる。
「やり直せる」
「学ぶ気があるなら、ね」
沈黙の後、
上級生は深く頭を下げた。
「……すみませんでした」
新入生の表情が、少しだけ緩む。
放課後。
演習場を離れながら、
胸の奥に、重さを感じる。
(これも、責任か)
正しい判断は、
必ずしも、正しく使われない。
視界に表示。
《影響:外部歪み検知》
《裁量:是正フェーズ移行》
《孤独:継続》
「疲れた?」
少女が、ぽつりと聞く。
「うん」
正直に答える。
「でも、逃げない」
彼女は、少しだけ笑った。
「それが、あなたなんだね」
夕暮れの校舎。
長い影が、二人分、伸びていく。
前世では、
止められなかった歪み。
今世では、
見過ごさない。
わたし(俺)は、
そのために、ここにいる。




