第十四話 わたし(俺)、間に合わなかった
あのあと、
胸の奥に残った違和感が、
ずっと消えなかった。
セレスの言葉。
学園の空気。
強化された規則。
(きれいすぎる)
何かが起きる。
そんな予感だけが、
輪郭を持たずに居座っていた。
それは、
実技棟で起きた。
午後の自由演習。
教師は一人。
生徒は多い。
安全手順は、
完璧に守られていた。
――表向きは。
「次、行きます」
そう言って前に出たのは、
目立たない生徒だった。
魔力量は平均。
成績も中庸。
だから、
誰も警戒しなかった。
(……待て)
詠唱が始まる。
違和感。
魔力の流れが、
微妙に歪んでいる。
大きくはない。
だが――嫌な歪み。
わたし(俺)は、
一歩踏み出しかけて――止まる。
(独断行動は禁止)
前回、確認したばかりだ。
教師を見る。
教師も気づいている。
だが、
判断を迷っている。
生徒会補佐。
セレスではない。
別の上級生。
彼女は、
規則集を手にしている。
「……様子見で」
その一言で、
空気が固まった。
(違う)
言葉を発しかけて、
飲み込む。
(今、声を出せば)
(前回と同じだ)
詠唱が、進む。
魔力が、跳ねる。
「中断――」
教師の声。
だが――遅い。
魔法が暴発した。
結界は作動した。
被害は、最小限だった。
それでも。
悲鳴。
床に倒れた生徒。
足を押さえている。
血は少ない。
命に別状はない。
だが――怪我だ。
(……間に合わなかった)
演習は即中止。
医療班が駆けつける。
周囲は騒然。
責任の所在が、
宙に浮く。
「規則は守られていました」
生徒会補佐の声。
「手順通りです」
教師は、
何も言えない。
誰も、
規則を破っていない。
だから――
誰も悪くない。
(それが、一番まずい)
視界に表示。
《失敗:確定》
《被害:軽微》
《精神負荷:上昇》
放課後。
廊下の窓から、
夕焼けを見ていた。
「……怪我した子、大丈夫みたい」
背後から、
彼女の声。
「そう」
それしか言えなかった。
「あなた、気づいてたよね」
否定はしない。
「でも、動かなかった」
「動けなかった」
訂正する。
沈黙。
「……それでも」
彼女は、
少し震える声で言った。
「それでも、悔しいよね」
ああ。
前世なら、
ここで誰かを責めていた。
今回は――
違う。
「次は、止める」
自分に言い聞かせるように。
「規則の中で?」
彼女の問い。
「……規則の、外で」
彼女は驚いた顔をしたが、
すぐに真剣な目になる。
「それ、危ないよ」
「知ってる」
それでも――
選ぶ。
一人が怪我をした。
それだけで、
十分すぎる理由だ。
視界に、
新しい表示が浮かぶ。
《方針変更:検討》
《次段階:越境》
(ここからだ)
本当に、
試されるのは。




