第十話 わたし(俺)、静かに勝つ
仕込んだものは、
忘れた頃に効いてくる。
それが一番、厄介で――強い。
変化は、朝の連絡事項から始まった。
「本日の実技授業は、
安全確認の手順を追加する」
教師が淡々と読み上げる。
「指示があるまで、
生徒の独断行動は禁止」
(来たな)
教室がざわつく。
「急だな」
「昨日までそんなのなかったぞ」
わたし(俺)は、
何も言わずにノートを開いた。
(安全確認の“追加”……ね)
規則を破らない形で、
規則を強化する。
誰かがミスをしたわけじゃない。
でも、“ミスが起きた前提”に変わった。
模擬戦。
今回は、
三人一組。
教師の指示は、
やけに細かい。
開始前。
わたし(俺)は、
一つだけ質問をした。
「確認ですが」
教師がこちらを見る。
「緊急時の裁量について、
この場合は誰にありますか?」
一瞬の沈黙。
――効いてる。
教師は、
視線を泳がせてから答えた。
「……指示を出した教員です」
「つまり、
生徒の独断は想定されていない?」
「そうなります」
(逃げ道、閉じた)
模擬戦が始まる。
案の定、
一人の生徒が焦って詠唱を乱した。
魔力が、
不安定に揺れる。
周囲が息を呑む。
教師は――
即座に手を上げた。
「中断!」
結界が強制展開され、
魔法は霧散する。
事故は起きなかった。
(はい、実績一)
教師は、
周囲を見回し、
こう言った。
「今後は、
危険兆候を確認した場合、
即時中断とする」
誰も反論しない。
できない。
だって――
正しいから。
視界に表示。
《環境変化:成立》
《主人公関与率:低》
(理想的)
放課後。
廊下で、
小さく声をかけられた。
「……今日の」
彼女だ。
「偶然、だよね?」
探るような目。
「さあ」
わたし(俺)は、
肩をすくめる。
彼女は、
少し考えてから言った。
「でも、
よかったと思う」
「誰も怪我しなかった」
その言葉に、
わたし(俺)は頷いた。
「それが目的だから」
一拍。
彼女は、
はっきりとこちらを見た。
「……すごいね」
褒め言葉じゃない。
評価だ。
(少し、近づいたな)
その少し後。
廊下の向こうに、
銀髪が見えた。
セレス=アルディア。
彼女は立ち止まり、
わたし(俺)を見る。
一瞬だけ、
視線が交差する。
――笑った。
(見てたか)
《上位存在:警戒度上昇》
《敵対フラグ:維持》
(上等)
わたし(俺)は、
歩みを止めない。
静かな勝利でいい。
正しさは、
こうやって広げるものだから。




