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嘘告白してきた後輩がやってきたんだが…

 部活棟からの帰り道、下駄箱に向かう途中の俺の前に立ってきたのは、乙木海おとぎうみだった。ショートヘアーが似合う、スポーツをやっていそうな文芸部の彼女が、目の前に瞬間、一瞬の寒気が襲い、俺は後ろを向いた。


 ――まさか、こいつと会っちまうなんて……。

 こいつこそが3番目に嘘告白をしてきた犯人で、ラブレター嘘告白をしてきた張本人。そして俺が今、一番合いたくない人物だった。


 それにしても、俺の前に来るなんていったい何の間違いなんだ。あの日から一度も話に行ったことはない。それどころか1年の廊下にも行かないようにしていた。まだ話しかけられただけだし、逃げるか?


「佑馬先輩!」


 もう一度呼ばれて、俺は何故か振り返ってしまっていた。長年の癖だろう。乙木とは高校に入るからの付き合いだ。この高校を教えたのも、走り方を教えたのも俺だった。先輩と衝突したときに相談に乗ったのもそうだ。何度、先輩と呼ばれたかは分からない。


 正直なやつだった。嘘を吐いてきたのだってあの時くらいだった。

 ……まぁ、あれから話してなかったし。こいつが俺の前に来たってことはあのことを反省したんだろう。


「どうした、乙木」

「……先輩、怒ってますか? あのことについて、怒ってますよね」


 申し訳なさそうに乙木は目を下に向ける。


「怒ってないと言ったら、嘘になるけど、あれから時間も経っているからな」


 もちろん、怒っていないわけがない。しかし、そんなことを言ったって、あの事件がなくなるわけじゃないんだ。動画も残ったままだしな。ここですぐに怒らずに優しく接する。うん、俺も大人になったのかもしれない。


「……そうですよね」


 なんで、下を向くんだよ。俺がいじめているみたいに見えるじゃないか。俺を騙したのはお前なんだぞ。


「それだけ言いにきたのか? だったらもう俺は帰るぞ?」


 こいつと話していてもあの光景が浮かぶだけだ。

 帰ろうと決めて、俺がまた後ろを向くと、乙木は俺の手を掴んできた。


「待って、先輩、そうじゃなくて」


 乙木はそう言いながら、俺の手を離した後、指を組んでは離すのを繰り返す。


「……そうじゃなくて、えっと」


 乙木が真っすぐ俺の顔を見てくる。

 きっとこいつもちゃんと反省して――って、あれ、ちょっと待て。これ、数分前に見た光景じゃないか? たしかあの子もこんなことを言っていたような気がする。そうだ、海江田が嘘告白の練習をさせていたあの子と挙動がまったく同じだ。


「待ってくれ、乙木! どれだけ俺のことを嫌いか知らないが、嘘告白はもう――」


「先輩、ごめんなさい! あんなことになるとは思っていなかったんです!」


「……へ?」 


 思わず転びそうになりながら、俺は乙木の顔を見た。

 演技をしているようには見えない。嘘告白じゃない? あんなことになるとは思っていなかった? つまりどういうことだ。最初から本当に謝りたくて、俺のところに来たのか、こいつは。


「……ちょっと、よく分からないんだが、あのときのことの話だよな?」

「そうです。でも私、あそこまであの人たちがやるとは思ってなくて」


 乙木がスカートの裾をぎゅっと掴む。


「でもお前は言ったよな。告白してきた後、嘘ですって。その後、お前が引き連れてきた男子達がやってきて写真を撮りながら、俺にいろんなことを言ってきた。動画だって最初から撮ってただろ?」

「違うんです! あれはクラスの男子達が勝手にやったことで」

「あれがクラスメイトがやったこと? だったらなんで言わなかったんだよ。お前、嘘が嫌いだろ? だから先輩と衝突して、陸上部を抜けたんじゃないか。それに、嘘告白だってしてきただろ? それは乙木がやったことだ」


 そうだ、あの嘘告白のばら撒きが本当にこいつのやったことじゃないとしても、嘘告白をしてきたのは事実だ。それを嘘じゃなかったなんて言わせない。


「…………」


 やっぱり、言い返せないよな。嘘告白は本当だったんだから。でも、さすがに言いすぎたよな。


「悪い、乙木、言いすぎ――」

「違うんです、先輩。私! あ、これ、覚えてますよね?」

「……俺が渡したやつ」


 乙木が見せてきたのは、中学の時に渡したミサンガだった。使い続けていたからだろう。色が褪せて、紐が切れそうなほど、ボロボロになっている。


「これずっと大事にしてるんです。あのときはクラスの男子達に、見られちゃってるの分かってたから、言えなかった初めての嘘を吐いちゃったんです」

「乙木?」

「これはあの時、言いたかったんですけど」


 そう言って、乙木は俺の手をぎゅっと掴んできた。


「先輩、好きです! 私と付き合ってもらえませんか!」


「ごめん、乙木、ちょっと考えさせてくれ!」


 俺はまた逃げていた。


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