嘘告白じゃないっぽいんだが…
時は数分前に遡る。
朝にラブレターのことを考えすぎて、見事に遅刻した俺は放課後、担任からのお説教から解放され、手紙に書いてあった通り、屋上に向かった。
誰が待っているかって? 全く分からない。
嘘告白をされた回数が五十を超える常連者の友人によると、嘘告白する人は名乗り出るタイプが多いらしいのだが、今回は差出人の名前は書いていなかった。
「……まずは確認、だよな」
屋上に着いたので、扉を少しだけ開けて、周りを確認する。後ろにも人がいないかを確認した俺は、扉の前で腰を下ろした。
「よし、誰もいなかった」
見えたのはフェンスの近くにいる女子だけ。
他には誰もいない。
これをする理由はもちろん嘘告白の被害を最小限にするためだ。この確認作業は三回目のラブレター嘘告白でやられてから、復習を繰り返した。
三回目のあのときは何も考えずに扉を開いたせいで、扉の横にいた人物に気付かずに動画を撮られて拡散されたからな。今回も同じミスはしてやるものか。ボイスレコーダーは教室を出たときから録音済み。カメラに映りそうになった場合のマスクはポケットに入れてある。足の速さなら誰にも負けはしない。
「後ろから足音が聞こえてきたときと、泣かれた時はすぐ逃げる。さて、行くか」
友人から教わったおまじないを胸に俺は扉を開けた。
屋上にいたのはやっぱり一人。
アニメやドラマだったら、羨ましいシチュエーションだろう。
ただしこれは嘘告白だ。
告白という青春を利用した嘘を吐かれて終わる、憧れとは程遠い言葉のいじめ。手に届きそうになかったクラスメイトに告白されて、数カ月でも付き合えるのは羨ましい、なんて人もいるかもしれないが、騙された後の絶望感を知って欲しい。
誰もやられたくないはずなのに、何故こんなのがこの学校で流行っているのか、本当に理解したくない。
さ、相手はどんな奴――
「あ! 来てくれたんだ。斉藤、待ってたよ!」
キーっという扉の音に気付いたのか、俺が扉を閉めた瞬間、サイドテールを揺らしながら、待っていた女子は俺に手を振ってきた。
「卯月?」
俺は彼女のことをよく知っていた。
卯月空。同じクラスで隣の席。演劇部副部長でいつも台本を持ち歩いている、誰とでも話す人気者だ。そして、俺が1回目の嘘告白から立ち直らせてくれた唯一の女子の友人。
こいつがまさか嘘告白なんてことに手を出すなんて。他のやつに命令されていたとしても、卯月だけはやって欲しくなかった。
「そうだよ、わたし、私! あ、せんせに怒られて遅くなったのは分かってるから。どうせ私のラブレター見て、考えてたんでしょ?」
「……そ、そんな訳」
図星をつかれて、俺は咳をした。その瞬間を卯月は見逃さなかった。
「やっぱり、嘘が下手だよね。斉藤って」
「…………嘘が下手なのは認めるよ」
嘘が上手かったら嘘告白には引っかかっていないだろう。
「それで、どんなふうに思った? 私と付き合えるって期待しちゃった? また騙されるって思った? それとも、復讐とか考えちゃった? ……あ、やっぱなし、最後のは考えなさそう」
「考えなさそうって何だよ」
ちゃんと考えちゃってますよ? お前らのせいで俺の性格は少しずつ歪んでいってますよ?
「べ~つに。斉藤はそんなことしても馬鹿だから、結局は騙されちゃうよなぁって思っただけ」
「ああ、そうですか」
「ああ、そうですよ!」
他の人には優しいのに、いつもこいつ俺にだけこういう態度なんだよな。そういうところが話しやすくていいんだけど。
「……なぁ、もう俺のことはいいだろ? 何で呼び出したんだよ」
「もうその話言っちゃう? もっと私は色んな話をしたかったんだけどな」
「…………?」
そういえば、なんでこいつ告白してこないんだ?
告白ならこんなに長く話したりしない。嘘告白ならなおさらだ。「嘘でした」と言って、さよならか、数秒経って「好きです」と告白してくるかのどちらかのはず。
もしかして、嘘告白じゃなくて2人で話したかっただけ?
いや、動画班を待っているからか?
卯月の顔をじっと見る。「何?」といった様子で首を傾げるだけで、彼女はいつもと変わらない明るい笑みを浮かべるだけだった。
「卯月?」
「まぁ、いいか。じゃあ――」
卯月はそういうと、後ろを向いて、すぐに振り返った。
「斉藤佑馬君。私と付き合ってくれないかな?」
「…………」
ここですぐに「嘘だよ?」なんて言ってくれたらどれだけよかっただろう。しかし、卯月からのその答えは返ってこない。
きっと卯月のことだ、命令されているんだろう。あいつに告白してこいって。付き合ったあとに思いっきりフってこいって。じゃなきゃ今の俺にこいつが告白してくるはずなんてない。
「……どうかな?」
「…………」
「あ、嘘だと思っているでしょ?」
「……そんなわけ――」
「だったら教えてあげる」
そう言って、卯月は俺の方になぜか近づいてきた。つま先が触れ合う。人差し指が触れ合って絡み合う。顔が近い。
こんなにこいつの顔見たことなかったけど、瞳ってこんな宝石みたいにキラキラして――
チュッ。
「…………!?」
今何をされた。一瞬だった。すぐに卯月は俺の胸を軽く押して、俺から離れたが、そんなことあるはずない。
「う、卯月、お、ま!」
初キス。覚えている限りだが、親にもされたことはない。これは、嘘告白だよな? 本当の告白なんてあるわけないよな……。
俺から離れた卯月は頬をりんごのように真っ赤にしていた。
「……嘘じゃない?」
「……うん、嘘告白じゃないんだよ? 私も初めてだったんだから。これでわかってくれたでしょ? だからさ、私と付き合ってくれない?」
卯月が俺のことを? 本当に? でもこれが嘘告白の可能性も、そうなったら俺はもう終わりだ。いや、キスまでされたんだ、そんなわけはない。でも、卯月は演劇部だ。それさえも分かったうえで騙そうとしているってこともあるもしれない。でも、あのときこいつに励まされなかったら俺は――
「……ごめん、卯月、ちょっと考えさせてくれ!」
俺は屋上から逃げていた。




