星は僕らを憎んでる。
秋の気配はするものの、夏の残暑がまだまだ残る9月の夜。僕は宇宙人と星を見ることにした。
「ただいま。ごめん、ちょっと遅くなって」
「おかえり。ちょうどよかった、雲が晴れたよ」
仕事終わりに飛ばしてきた車を飛び降りて、丘の上の公園で待っていた彼女とブランコに腰かけて夜空を見上げた。
彼女の名はモセド。遠い星の滅びを免れて宇宙を渡る船に乗り、地球にたどり着いた。お父さんは国をまとめる王様だそうで、モセドはお姫様ということになる。
「シリウスの場所また忘れちゃったの。どれだっけ」
「北斗七星……シバプマでは何ていうんだっけ、天の柄杓じゃなくて」
「天の麦撒き匙。形が違うけどあれがそう?」
「天の麦撒き匙。そうあれ。その端をずーっと伸ばしていった先に北極星」
「ええと……そっか、あれが地球の軸星ね」
「うん。それで、北極星の近くにひときわ明るい星があるだろ。あれがシリウス」
「ああ、見つけた、あれが……」
彼女の生まれた惑星、シバプマは地球よりシリウスに近く、シリウスは北の夜天に白く燃えるという慣用句があるほど大きく見えるのだという。
「地球から見るシリウスは、小さいな……」
寂しそうに彼女はそういった。もう彼女は2度と、故郷からシリウスを見上げることは無いのだ。
「小さい、かぁ……」
地球で生まれ育った僕には、その感覚はよくわからない。
「モセド、星は好きじゃないんじゃなかったっけ」
かつて地球に来たばかりの頃、モセドがそう言ったのをなんとなく覚えている。
「ううん、私は星は嫌いじゃないの。でもね、星は私たちのこと、あんまり好きじゃないみたい」
「あれってそういう意味だったのか」
「うん。星はね、生命が嫌いなの」
「生命が嫌い……?星が僕らを嫌うってこと?」
「そう。私たちが生きているってことはね、ごく簡単に言えば、宇宙の寿命を食い荒らしてるってことなの」
「あっ、なんだっけそれ……僕も聞いたことはあるかも」
「私も言葉ではうまく説明できないんだ。量子論だっけ?の学者さんとかが論文で発表したっていうけど」
一呼吸入れてモセドが続ける。
「私たちの心はたくさんの物事に触れて、いろんなものを想像するでしょう?それは私たちの心の中にある以上、宇宙が始まるとき可能性として用意されてるものなの」
そう。僕達はたくさんの想像をする。それこそ惑星から惑星へ旅をすることとか、ある日宇宙人と出会ってしまうこととか。
「私たちの心が、何かを夢見るたびに、宇宙が未来に使うはずだった可能性をどんどん燃やして消費してしまうんだって」
「それで、宇宙の滅びが早くなるんだっけ」
「うん。熱的死を早めてしまうの。私たちが生きているせいで、宇宙は予定よりずっと、早く死んじゃうんだって」
「そんなこと言われてもなあ」
「ふふ、そうでしょ?そうは言ったって、私たちは生まれてきてしまったんだから」
モセドが淡々と話すのが余計寂しく聞こえて、だんだん僕は気が気でなくなってくる。
「モセドが生きててくれて、モセドと出会えて、僕はすごく嬉しいと思うんだけど」
「あら珍しい。君、ふだんそんなことめったに言わないのに」
クスクスと笑うモセド。確かになんだか彼女の事が心配で、僕は変なことを言っているかもしれない。嘘をついたわけではないのに、言葉が空を切ったような虚しさが残る。
「ねえ、星の光は死の光だって、知ってる?」
「えっ?」
「地球人も使うでしょう?核兵器。みんな兵器は怖がるのに、同じ仕組みで光ってる星の光は好きだなんて。なんだか面白いなあって」
「そっか……水素の核融合……」
モセドに言われなかったら気が付くことも無かっただろう。ツァーリ・ボンバもシリウスも、同じ仕組みで輝いている。
「だからね、きっと星は私たちのこと、嫌いなんだと思うの。環境の緩い惑星に寄生虫みたいにはびこって、宇宙の未来を少しずつ食べていってしまう。それが嫌で、星は私たちを焼き尽くしてやるって憎しみで、ああやって光るのかなあって」
モセドの生まれた惑星、シバプマの話を思い出す。
シリウスに近かった惑星シバプマは、シリウスで前触れもなく起きた極大の恒星フレアで惑星の持つ磁気バリアを突破され、大気は強烈な電荷でイオン化して半分近く消し飛ばされてしまったのだ。突如始まった大絶滅の前に、星間巡洋船で脱出できたのは惑星の民6億人のうち、たったの4千5百人だけ。ほとんどの民は死した後も、葬られることもなくシバプマの地上に骸をさらしているのだろう。
「ねえ、私、生きてて良いのかな?」
「モセド……」
かける言葉が見つからなくて一瞬、言葉に詰まる。
「今こうしてる間も、シバプマのみんなは私を恨んでるかもしれない……。ううん、それだけじゃないな、星たちはみんな、私に死んでほしいのかなって」
それを聞いて、見上げる空の星々が急に恐ろしく思えてくる。
だらしのない浪費家の僕達を、無闇に増えて宇宙の寿命を齧る害獣を、殺してやると星たちは雄叫びを上げている。
それが空一面に広がっているとしたら。ここは戦場なのかもしれない。襲い来る敵の大群を、その恐ろしさも知らずに綺麗と見惚れる僕達は、きっと、酷い愚か者なのだ。
でも。たとえ多くの星々に憎まれているとしても。
「それでもさ、モセド。やっぱり僕はね、僕が生きていて良かったし、君が生きていて良かったし、君と出会えて嬉しいんだよ」
だから、生きていてやろう。なるべく挑戦的に聞こえるように、僕はそう言ってやる。
「宇宙を滅ぼす悪者になって?」
モセドが笑う。僕は頷いてみせる。
「そうさ。いのちって強いんだって。星たちが僕らを殺そうと思うなら、逆に僕らが宇宙を滅ぼしてやる。増えて増えて、どこまでも宇宙の未来を貪ってやろうよ」
「あはは、それいいね。君ってそういうこと言うとき結構いい顔するよね。その顔が好き」
「あ、あーっ、なんだよ……モセドだって、普段そういうこと言わないじゃないか」
急に恥ずかしくなって口ごもる。モセドは相変わらずクスクス笑う。宇宙にだって喧嘩を売る気満々の僕は、ただモセド相手には一生勝てなさそうだ。
ひとしきり星を眺めたあと、僕の車にモセドを一緒に乗せて、一緒に暮らす家へ帰る。来月から夫婦になる僕らは、これからも、星に憎まれながら、きっと強く強く生きていく。
星の光は核融合の光で核兵器と仕組みが同じ……というのは亡くなった知人の言。
だまには明るい話を書こうと思って書いた。大学時代に書いた原型の話からかなり変わったがこれはこれでなかなか良い。自分でも好きである。