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ラプトル(猛禽)の爪 悪魔のヨンサン

作者: 祥々奈々

搭乗者の命を吸い取り、帰還する一式戦88番機、悪魔のヨンサンは穴だらけになっても片翼を失っても必ず基地に戻ってくる、まるで誰かを待っているように。

 良く晴れた春の穏やかな日に似合わない、けたたましいサイレンが鳴り響く。


 Rout400リーベン共和国陸軍航空隊基地に今朝哨戒活動に出撃した一式戦隼がナジリス共和国戦闘機と会敵し交戦、銃撃を浴びて火災を起こし帰投中の報せが入電していた。


 滑走路には消防車と緊急車両が待ち構えている。


 「火災機の搭乗者は誰だ!?」

 「それが……」

 「分からんのか?」

 「いえ、サカイが搭乗した88番機なんです」

 「なに、88番機……またか!」

 

 88番機と聞いて待ち構える隊員たちに緊張が走る。


 「もう何回目だよ、88番機は!?」

 「悪魔のヨンサン(試作機番号キ43の略)……」

 「サカイは無事なのか?」

 「応答していないようだ、重症らしいぞ!」

 「くそっ、どうか無事に降りてくれ」


 「来たぞ!88番機だ!」


 青空に黒煙を引きながら一式戦の星形14気筒の音は息絶え絶えだ。

 大きく機体を傾け、フラフラと千鳥足を踏むように近づいてくる。


 「なんてこった!片翼が半分ないぞ!」

 「無理だ、あれじゃ車輪がでない胴体着陸しかない、火がでるぞ!」

 

 88番機はよろめきながらも高度を落として着陸態勢に入る、片翼が無い分揚力不足だ、侵入速度が速い。


 「機首を上げろ!激突するぞ!」


 誰もが最悪の事態を予想して目を背けたその時、88番機はフワリと機首を上げて減速、滑走路脇の芝生に落ちて横滑りを始め半回転し停止した。

 

 「おおっ、サカイすごいぞ、奇跡だ!」

 「急げ、爆発するかもしれん!」


 消防車が見守る中、救急隊によりサカイは迅速に操縦席から救出された。


 「!!」

 「脚をやられている、医療班、手術室へ運べ!」

 「!?この脚でどうやってラダーを踏んだんだ……」


 悪魔のヨンサンと呼ばれた88番機、今回も燃えずに機体の原型を留めて生き残った。

 過去、88番機に搭乗したパイロットたちは4人、それぞれ重症を負いながらも基地に帰還したが再びパイロットとして復帰することは出来なかった。

 

 パイロットの命を吸い取り、生き残る機体。

 悪魔のヨンサンと88番機が呼ばれる理由。

 

 折れた片翼から燃料が漏れて、機体には燃料が残っていなかったため発火しなかったのが幸いした、またしても修理可能と判断されて88番機はレッカーに引かれてハンガーに運ばれた。

 20mm機銃で打ち抜かれた機体は穴だらけだが、フレームを避けており外板の交換と、エンジンのオーバーホールで復帰出来そうだった。

 受けた銃弾は爆発系弾丸ではなく、徹甲弾のみだった。


「また、こいつか……」

整備員たちは気味悪そうに傷ついた機体を前に整備を始めることを躊躇っていた。

「班長、本当にやるのですか?」

「ああ、行先はもう決まっているのだ」

「えっ、そうなのですか、この基地は新型の5式戦に統一されるのじゃ?」

「そのとおりだ、この機体は別の基地に行くことになった」

「今から好き好んでこんな旧式ほしがるところがあるとは……」

「まあ、いろんな都合があるのだろう」

「それじゃ、いよいよ俺たちもこの悪魔のヨンサンともおさらば出来ますね」


整備班長は88番機を悪魔の機体とは思っていなかった。

なぜなら、この機体に搭乗した者は誰一人死んでいないからだ、超山脈のタイトロープ索敵でも、ナジリスとの交戦でも必ず戻ってくる。

班長には88番機が自分を犠牲にして、搭乗員を助けているように見えていた。


「サカイのことも助けてくれたんだろう、ありがとうよ88番」


気味悪がっている整備員の裏で、班長は88番機を労わる様に手を当てた。


 昨年起きたラライダム襲撃事件を単に発生したノルマン自治区住民虐殺、陸軍航空隊兵士と麻取捜査官による麻薬工場壊滅作戦。

 工場は彼らの努力により壊滅された。

 その後、ダチアン帝国の参戦により戦死者が激増していた、戦争は本格化してきている。

 春まだ早く、天候の荒れる中、超山脈を越えてダチアン帝国の援助を得たナジリス帝国の戦闘機が飛来してきている、加えて魔の黒鳥ディアボロスの被害も増えてきていた。

 戦力強化はどの基地においても急務となっている。


( 5年前の春 )

 麻薬工場事件の前、ノルマン自治区の住人は神獣ケツァルと共に暮らし、文明的とは言えないが超山脈と神聖な川から豊かな恵みを得ていた。

 神獣の長であり人間の言葉も操るダーラニー、超山脈に生きる賢者。

 ノルマン自治区の神官エレノア、ダーラニーと交流できる唯一の人間、彼女は出自は村の者にも分からない、難民としてノルマン自治区に流れ着いた両親の一人娘だった。

 黒髪に緑色の影が挿す黒い瞳は原住民の血筋ではない。


 今、村には銃声が響き、数軒で火災が発生している。

 村を襲った武装勢力は軍人も含まれたマフィアの集団、自動小銃で武装した男たちは住民を一か所に集めると虐殺していた。


 「やめろ、どういうことだ、約束と違うじゃないか!!」

 自治区長がハンに詰め寄ったが、側近らしい兵士に即座に銃床で殴られて地に転がった。

 「ぎゃっ」

 「貴様、なにをするか!」

 まだ若い男が掴みかかった。

 パンッ

 ハンの拳銃が紫煙を吐いた。

 「がっ」

 掴みかかった男の額に9mm弾の穴が開き、膝から崩れ落ちた男は二度と動かない。

 即死だった。

 「なんてことをっ!!」

 「面倒なことだ、穴まで歩かせようと思ったのに運ばなければならん、二度手間だ」

 全員殺すと言っている。

 「ハン様、子供がいましたがどうしますか」

 「男ならいらん、殺せ、女なら使えるだろ、慰安小屋に回してやれ」

 「はっ、承知しました、こいっ」

 「痛い、やめて」

 縛られたまま追い立てられるように連れていかれたのは栗色の髪と銀髪の髪の12才位の女の子だった。

 「おかあさんっ、やだ、おかあさん!!」

 必死に叫ぶが血だまりに沈む両親は声を出すことは永久にない。


 地獄の光景を神官エレノアは祭壇に向かう階段の中腹の茂みに潜んで視ていた。

 「ああっ、あれはエイラとローレルだわ、あんな子供を!!」

 ダーラニーが言っていたことは本当だった、ハンたちからは麻薬の王、ベータロインの匂いがする、非常に危険な人間だと警告を受けていた。

 遅かった、水工場だと言っていた建物は麻薬の精製工場に違いない、首のないケツァルが運び込まれたのを見た者もいた。

 証拠を掴んで山を下りて告発に向かおうと自治区長と話し合っている先手を打たれたが、まさか住民全員を虐殺するようなことは予想していなかった。

 単なるマフィアじゃない、本格的な装備は敵国ナジリスのものだ。

 

 もはや手遅れかもしれないが、山を下りて運河施設まで出れば軍か警察に連絡できるかもしれない、震える足を動かして階段を静かに上がろうとしたとき、後方から銃撃をうけた。

 ドキュウッンッ

 腕を掠めたと思った銃弾は、服と二の腕の筋肉まで削っていた、次の瞬間、熱い痛みと大量の出血が襲う。

 「あぁうっ!!」

 よろめき立ち止まって振り返った先には銃を構えた兵士たちの姿があった、階段を上って来ている。

 絶望が目の前を暗くした、逃げ切れない。

 それでも恐怖と責任が神官エレノアを動かした、もがきながら祭壇への階段を上る。

 「逃がすな、神官は殺せ!」

 しかし、あっという間に追いつかれた、祭壇の神像に背にして兵士が放った5.56mm自動小銃の高速弾丸が幾筋もエレノアの身体を貫き、神像を石榑に変えた。

 尻もちを付くように項垂れたエレノアの上に神像の破片が降り注ぐ。


 「やったか!?」

 「ああ、即死だろ」

 

 男たちは確かめる事無く、その場を去っていった。

 事実、エレノアは心臓を射抜かれて即死だった、流れ出た血が神像に吸い込まれる。

 やがて神像は根本から折れると裏にある洞窟を流れる沢に流されて消えていった。


 流民の子として自治区に生まれ、山の民として育ち、二十歳の時に自然覚醒した、覚醒の原因はダーラニーとの接触にあった、前世においてエレノアとダーラニーは強い結びつきがあったのだ、愛情にも似た感覚は記憶の海からエレノアを覚醒に導いていた。

 出来るなら今生においても傍にいて時を共にしたかった、先に逝くことが悔しい、このままではダーラニーに危機が迫る、守りたい。

 肉体が滅び輪廻の環に飲まれることを拒んだ、なにか、なにか出来ないのかと。


 覚醒者エレノアの意識はゴトゴトと暗い洞窟の沢を神像となって流されていった。


 どれほどの時が立ったのか暗い洞窟の中を流され続け、エレノアの意識は記憶の海に半身を沈めて溶けようとしていた。

 神像は沢の出口の小さな滝を落ちて砕け散り、いよいよ輪廻の環に帰する寸前、見えない目と聞こえないはずの耳に轟音が響いた。


 Rout293陸軍航空隊 第二分隊 小隊長ローズ・チラン曹長が乗騎する一式戦隼の星形14気筒エンジン最後の咆哮!

 低空、崖を超えてのハンマーヘッド機動から背面宙返り、山肌を掠めて目標に体当たりする気だ。


 ⦅誰を守っているの、自分の命を捨ててまで守りたいものは何?⦆

 

 ローズも覚醒者、記憶の海がエレノアにローズを見せる。


 ローズが守るリオの後ろには傷ついたダーラニーがいた。

 

 ⦅ダーラニー!!⦆


 ローズ曹長は臆することも躊躇することもなく地表の魔の黒鳥ディアボロスに特攻して黒鳥を自分の命と引き換えに屠った。


 「姉さんっ!ローズ姉さん!」


 ダーラニーの前で身を挺していた彼女がリオか、ローズの大切な人、魂の絆。

 ローズがリオとダーラニーを救ってくれたのだ、私の大事なダーラニーを。


ローズは自分の責任を果たして散っていった、もう還らない。


 恩を返したい、私が彼女たちを助けたい。


 瀕死のダーラニーの霞んだ目に、エレノアの姿が映っていた。

 「幻か、エレンが見える……お前も逝ってしまったのか」

 幻の神官エレンはダーラニーに微笑みながらゆっくりとローズの一式戦に溶けていった。

 「エレン……どこへ……」


 ダーラニーの意識は途絶えた。


 ローズ・チラン曹長が騎乗した1式戦隼、機体番号88番機。

 何度銃撃を受け、穴だらけにされようと搭乗者を基地まで連れ帰り、悪魔のヨンサンと呼ばれ、搭乗者の命を吸い取る機体と忌み嫌われても、翼を折ることなく飛び続けてきた。

 

 エレノアは待ち続けていた、88番機があるべき場所に戻る時を。


初夏を迎えたRout293陸軍航空隊 第一隊にようやく補充機がやってくることになった。

リオは大尉に昇級し、小隊長を任されていた。


リオが指揮する第一小隊は超山脈の谷間を飛ぶタイトロープの専門集団、戦隊名をラプトル(猛禽)の爪と呼ばれる飛行隊、強風の狭い谷を自由自在に飛ぶ山岳の守護神。

彼らが乗騎するのは軽く小回りが得意な一式戦隼2型、超山脈ではこれ以上の機体はない。

リオの機体だけはパナマ運河襲撃事件の際にラライダムに沈み、既に製造がない一式戦は配備されていなかった、他の基地で新型機導入による更新の中古機体の導入を申請していたがようやく一機配備されることになった。


リオが使用する機体ハンガーはかつてローズが使用していた場所だ。

「お嬢様、ようやくですね」

声をかけたのは黒髪隻眼のリリィ少尉、ローズの双子でリオの義姉だが、二人はリオをお嬢様と呼ぶことを決してやめない。

「もう、お嬢様はやめてよ、リリィ姉」

「いやです、お嬢様はいつまでもお嬢様です」

リオは185㎝を超える身長に燃える赤髪、ニックネームはクィーン・ラプトル、かたやリリィは細く色白の黒髪の美形、はたから見れば、お嬢様はリリィでリオがボディガードだ。

「お嬢、そろそろ来る頃ですか」

「これで全機一式戦になりますね」

「小隊旗を描く準備してきましたよ、小隊長」

ローター少尉を始め小隊の隊員たちが集まってきた。

「大げさだな、中古機体が一機くるだけだ」


小隊全員が特別な何かを感じていたのかも知れない。


青い空に快音を響かせて降り立った機体は、牽引車に引かれてリオたちが待つハンガー前にやってきた、日差しが眩しい。


ヴォルデマール基地司令自ら牽引車で一式戦を牽いてきていた。


「指令!」

「待たせたなリオ大尉」

「基地司令自ら引き渡しとは恐れ入ります」


「!!!!!」


機体を見たリオとリリィが震えていた。

大粒の涙が二人の頬を伝い、コンクリートにいくつもの染みを作った。

二人には機体がローズの愛機、88番機だと一目で分った。

幾度も傷つき、外装を変え、エンジンを変え、キャノピーを変えても二人には分る。


「姉さん!ローズ姉!!」

「ローズ!!」


二人は88番機に走り出した、コクピットにはきっとローズがいたのだろう。


もう一人、エレノアが翼の影から三人の姉妹に優しく微笑んで青空に溶けていった。


Fin


読了ありがとうございました。

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