【電子書籍混入】真実の愛を見つけたので婚約破棄したお姫様
「婚約を破棄します」
この国で最も美しいとされている姫はそう宣言した。綺羅びやかな大広間、パーティーのため参列していた人々は誰もが驚きに息を呑む。
婚約破棄を宣言された男はぽかんとしていたが、すぐ気を取り直して声をあげる。海の向こう側にある国の、公爵家の嫡男だった。
「お待ち下さい!突然に何故!?私達の婚姻は両国を結ぶ、大事なものだと承知の上ですか!?」
「もちろん。忘れたことなどありませんわ」
「では、何故!?」
姫はそれは優美な微笑みを浮かべた。
「私は真実の愛を知ったのです」
「なんですか、それは」
戸惑う彼等の前で姫はとうとうと話し始める。彼女が真実の愛を知った、あの日々のことを。
始まりは一年半ほど前のこと、姫は山にある村にお忍びで来ていた。暖かなこの島国では珍しいものが沢山あり、そのどれもが輸出品として価値がある。姫はその村にある特産品の1つを見に来たのだ。
「楽しみね」
「そうですね。天気が回復したらすぐにでも」
この日は酷い雨だった。明日には止むだろうと姫と侍女が話し合っていた、その瞬間にそれは起きた。
「逃げろ!!!川が氾濫した!!!」
村の近くにあった大きな川は、大量の流木でせき止められていた。それはまさにダムのように。だが長い時を経て老朽化した流木が崩れたために、今まで溜め込んできた水がいっきに溢れたのだ。
人々は逃げ惑い、屋根に上り、木に登り、なんとか生き延びようとがむしゃらに足掻いた。姫と侍女も泊まっている家の屋根に上ることで難を逃れた。
「なんてこと」
姫はその惨状を見て嘆いた。たった一日、たった数時間で、一つの村が水没してしまったのだ。
「いったいどこへ逃げたら」
辺り一面が水没してしまった村。当然ながら雨風を凌げるものもなければ、食料もない。このまま屋根の上に居ても死を待つばかりだ。姫と侍女は屋根の一部をイカダ代わりにして移動を始める。姫達と同じように村人たちは移動を開始した。
やっと水のない場所にたどり着いたものの、状況が良くなったとは言えない。相変わらず食料も何もないのだ。飲水の確保すら難しい。日常が崩れてしまったことを嘆く彼等に、姫は己の身分を明かし、胸を張って呼びかけた。
「力を合わせて生き延びましょう!いつか救助が来ます!それまで助け合わなくては!」
一筋の光が見えた気がした。姫はこの国で一番の至宝、彼女を助けるために王が動いてくれるのは明白だった。その日が来るまで耐えよう、彼等はそう決意したのだった。
3日が経った。人々は食べられるものを掻き集めて細々と分け合い、草木を寄せ集めて作った家でなんとか耐え忍んでいた。だが、得られる食料はほんの僅か。彼等はどんどん衰弱していった。どうしようと誰もが焦り始めた頃、それは現れた。
「大変です!海賊が現れました!」
「海賊?こんなところに!?」
この村は山にあったが、少し離れた場所に海がある。そこに無理やり船をつけた海賊がこの村に乗り込んできたというのだ。
「行き場を無くした奴らだ、逃がすんじゃねえぞ!一人残らず捕まえろ!」
先頭に立つ海賊の男が叫んだ。それを合図に一人、また一人と村人たちが捕まえられる。非力な子供や老人から始まり、女を狙い、最後には屈強な男すらも捕まえられた。村人たちは文字通り一人残らず。姫や侍女も捕まり、縛り上げられて連れ去られてしまったのだ。
海には複数の船があった。村人たちはバラバラに分けられて、各々の船に乗せられる。足掻こうと試みた村人も居たけれど、海上に連れてこられた時点で逃げられないのは明白だった。
「無駄な抵抗はやめるんだな。ここでは俺がボスだ」
海賊のリーダーであろう、恰幅のいい男が下卑た笑いを浮かべる。姫も侍女も村人達も、悔しさに歯噛みしていた。
あれから7日が経った。姫は海を眺めてボソリと一言。
「なんて快適なの」
そう、快適なのだ。この船での暮らしはあの3日より遥かに過ごしやすいのである。
村人達は四人に対して一部屋を与えられて、そこで寝泊まりしていた。ハンモックが四つ吊るされているだけなのだが、フカフカの毛布が敷かれていて寝やすい。
家族はなるべく一緒に過ごせるような部屋割だった。小さい子のいる家庭の傍には、子守の経験がある女が配置された。彼女たちが子守をしていると、海賊たちは「ガキをウロチョロさせんなよ」とニヤニヤ笑う。だが、怒鳴られたことは殆どない。子供が倉庫に入ろうとした時だけだった。
年頃の男女は船そのものが分けられており、女が多く集まる船がある。そこで彼女たちは酷い目にあっているのかと思えば「大事な商品に傷をつけるか」とのことで何も起こっていない。男たちはというと「使い物にならない奴は売れない」とのことで、やっぱり何もない。暴力のぼの字も無かった。
姫は思った。
「私達、本当に海賊に連れ去られたの?」
「実は私も疑問に思っております」
朝から昼には船から下ろされて、仕事が与えられる。女達は料理に駆り出され、服などを繕う。男達は麻や食料を採るのに駆り出されていた。料理も服も海賊達が受け取っていたが、彼等は独占することなく村人達にも等しく分け与えた。おかげで飢える者も凍える者もいない。
夜には体を清潔にしてから船に乗せられる。そこで与えられたハンモックで寝て、次の日を迎えるのだ。
「なんにせよ救助が来るまで待たなきゃ。こういう時の為のものだし」
「そのとおりです。気を強く持ちましょう」
「なんだ?脱出の相談か?」
後ろから声をかけられて姫と侍女は振り返る。そこには海賊達のリーダーがいた。今日もニヤニヤと笑っている。
「逃げ出す相談なんかしても無駄だぜ。あの場所が整い次第、おまえらを連れて行くつもりだからな」
やはり気を許してはならない、姫と侍女は気を引き締めた。
川の氾濫に襲われて、そろそろ一ヶ月経とうとする頃に一艘の船が現れた。それはまっすぐ海賊船に向かってくる。救助かと沸き立つ村人達の目に映ったのは、この船と同じマークを掲げた帆だった。
「俺らの仲間が来たみたいだな」
海賊のリーダーはそう嗤う。村人達の目の前で、船から一人の男が現れた。
「我こそは偉大なる帝国より派遣されたシデンである!貴様らが捕虜か!?」
それは軍服を着た男だった。
海賊のリーダーと軍服を着た男はしばし見つめ合う。
「兄ちゃ~ん!設定を間違うなよ~!なんで独裁国家のほうで来ちゃうんだよ〜!」
「ごめんライデン!海賊ごっこのほうだったんだな!?手紙めっちゃ滲んでて読めなかったんだわ!」
「不敬〜!許す〜!」
村人達がポカンとしている間に、シデンと名乗った男はぐるりと辺りを見回す。そして姫を見つけると跪いて頭を垂れた。
「お初にお目にかかります、シィナ様。こちらに書状を預かっております」
「えっ!?その人ってシィナ姫様だったの!?」
そういえば海賊に身分を明かしていなかった、姫は今更ながら思い出した。
受け取った手紙を見て姫は驚いた。それは王の直筆であることを示す、特別な印璽の封蝋で留めてあったためである。まごうことなき父からの手紙だった。
此処にいる彼等は海賊ではなく、他国の貴族とその部下であること。彼等は商談をするつもりで国に訪れていたところ、あの川の氾濫を知って村人達を保護しに来たこと。あとは彼等に感謝している文章などが書き連ねてあった。
「命の恩人を敵だと思いこんでいたなんて!」
「止めてください、海賊ごっこして遊んでたのはこっちだし」
「ライデンは悪役のフリをしながら慈善活動をする、奇特な趣味の持ち主なんです」
趣味、思わず姫がそう繰り返す。男二人は揃って深く頷いていた。
「何故そのような趣味を?」
「皆の困惑する顔が面白くて」
姫はそんな日々を語り終えてフウと息をついた。
「私共は一人も欠けることなく助かりました。ライデン様と部下の皆様のおかげです。その時に私は真実の愛を知ったのです。見返りを求めることなく、人を助ける真心を教わったのです」
パーティー会場にいた人達は姫の話を聞いて、誰もがほうと息をついた。姫はその美しい唇で微笑みを浮かべながら、冷めきった目で婚約者を見ていた。
「私と貴方の婚約は、両国の関係が友好であるとアピールする為のもの。そして我が国の特産品を安く輸出する代わりに、有事の際にはそちらの国の兵を派遣していただける約束だった筈。なのに、川が氾濫した時に誰も助けにいらっしゃらなかった。どういうことでしょうか?」
「それは」
言い訳もできず黙り込む。川が氾濫した話は聞いていたが、被害にあったのが小さな村であった為に救助要請など届いていないフリをしたのだ。それが国全体の総意だった。そのせいで姫の命が危うかったことも知らず。
「ご理解いただけましたか?この婚約破棄は不当なものではありません、そちらの国の契約不履行です」
「お待ち下さい!」
「待ちません。我が国はこのことを重く受け止めました」
つまり輸出入を撤廃することも視野に入れている、と告げたのである。この島国がもたらす恩恵は大きい。特にこの島周辺で採れる真珠はとても質がいいと人気の品なのである。それを安く仕入れて加工し、他国に売り出すという彼等の計画は白紙になってしまった。
弁明をしたくとも全て終わった後。この一年ほどで村は移築し、復興はほぼ完了したとのこと。今更援助をしたところで後の祭りだった。
あれから数カ月後、とある国にて。
「シィナ姫からの強い希望があり、ライデンと婚約を結ぶことになった」
「どうしてこうなった」
ライデンは王に呼び出されて城に来ていた。シィナ姫がそこに居たので「感謝のお言葉かしら?」とのんきに構えていたら、まさかの婚約。ライデンは今の気持ちを思わず口にしていた。
「私はもちろんですが、父がライデン様をいたく気に入っておりまして」
「こんな絶世の美女がぽっちゃり系男子と婚約とかある~!?」
困惑のあまり敬語も使えないライデン。王はそんなライデンを見て笑いたいのを堪えた。威厳を保つのに必死なのだ。
「私とライデン様が婚姻を結んだ際には、両国のため貿易を盛んにしたいと思っております。我が国が誇る真珠はもちろん、あらゆる品をご紹介いたします」
「それは有り難い。この国からも様々なものを紹介いたしましょうぞ」
あははうふふと笑う姫と王。その二人を見ながらライデンは空を仰いだ。
「ぼかぁ【バナナ】があるか知りたかっただけなんだよう」
そうして二人は結婚した。シィナはライデンをよく理解し、彼の仕事を手伝いながら趣味にも協力した。悪役のフリをしながら慈善活動をする奇特な趣味はやってみると面白く、その詳細を島国にいる父に報告するほどである。
二人は部下を引き連れて様々なところを訪れて、いろんな人を助けた。
だけど未だに【バナナ】は見つかっていない。
連載小説「虐げられ令嬢、知識チートな陰キャに嫁入りする。」に出てくるライデン叔父貴と同一人物です。シデンは「完璧な男に捨てられたので、おもしれー男と結婚した」にも出ています。
ライデンの奇特な趣味ですが、この場合は「殊勝なこと」と「不思議なさま」どっちでも正しいです。