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02戒 祭城

―――それ……、が…キミ……だ…。


 なにか、聞こえた気がした。


―――…ふび…だ…。過去……ら…。


 なんだ? 何を言ってるんだ?


 光が洪水となり、押し寄せる。いくつもの映像が何らかの配列を作り、通り過ぎてゆく。


(……意味がわからん)


―――なら、行け。




   *  *  *




 ガバリと、俺は文字通り飛び起きた。


(あれ、俺空中ダイブしてたんじゃ……?)


  目の前には一見豪華な部屋。左手には恐ろしいほど細やかに装飾された見える。


 部屋の中が随分紅いななんて思っていたら、右手の壁だと思っていたのはすべて窓、夕方なのか赤い光が差し込んでいた。そして自分が寝かされていたベッドもよくよく見てみれば天蓋付きで、優に三人程度は寝れそうだ。なんという豪華のオンパレード。


「……天国?」

 

 この言葉がこの部屋を表すのに一番適している気がする。


(いやあ、だって俺落下したし、もし奇跡的に助かったのだとしても全く痛みがないというのはどうかと……)


 改めて自身の状況を確かめようと体を見回し、それに気づいた。


 部屋に人がいた。正確には俺が身を起こしているベッドの横、ベッドにもたれかかって熟睡している青年がいた。


 居るだけならいいのだが、なぜかそいつは俺の左手首らへんをガッチリ、ツメを立てるほど掴んでる。


「……俺にこの状況をどうしろと?」


 たぶん彼はあれだ。不時着した俺を拾って介抱してくれた、心優しい方だ。


(あれでも、ここって天国だっけ? じゃあ彼は神様天使様サマとか? あはは、まっさかー)


 さてどうしよう。


 生憎と、俺はせっかく寝てるんだから起こさないなんて配慮は持ち合わせていない。


 というか痛い。特にツメが刺さっている場所が。


 しかもだんだん握力が強くなっている気がするのは俺だけ? それともこれは善良な気持ちが生み出している心の痛みかい?


 このまま気にせず二度寝とか無理。最終的にどこまで強くなるんだろとか確かめる勇気を俺は持ってない。


 したがって。


「―――のぎゃっ!」


 殴ってみた(グーで)。




「う〜ん、まだ鈍痛が……。普通殴るか? 久々に気持ちよく寝ている人物を……」


 言えない。俺の場合変人しか起こしたことないから、フツーだなんて。


「そりゃ、すまなかったと思っているケド……」


(怖かったんです! 特にそのツメっ!)


「しかも仮にも命の恩人に対して―――」


「あ、じゃあやっぱり助けてもらったのか」


 当たり前だ、そう言って相手は笑みを見せる。


「まさか降ってくるとは思わなかったけどな…」


 素直に礼をいいかけて、相手の言葉にふと違和感を感じた。


「ん、どうかしたか?」


「いや、何でもない……」

 




「すごい違和感あるな、これ」


「そうか? 私的にはなじんで見えるぞ」


 目の前の人物から渡された衣服。もともと来ていた服は土色変形の見るも無残な状態であったため、好意でもらいうけたのだが、どこの時代劇といった感じなのだ。


 形は目の前の青年と似通っており、赤が主体となった配色がされている。和服のよりは幾分楽な気がするが、裾が長くて動きにくい。いつ布を踏みつけて転ぶか気が気ではない。


 足もとに細心の注意を払いつつ、青年の後から部屋を出る。


「うわっ、広…」


 外は廊下だった。ただしパッと見どこまで続いているのかわからない。


「城だからな…広さで言えば他の領地とは比べようもないほどあるらしいぞ」


「…城? どこの…?」


「どこって、()の領地に決まっているだろう。窓から確認していないのか?」


 そこに至るまでの精神的な余裕がなかった。そして俺が外を見たところでピタッと地名を言い当てられるとは思えない。


「牙の領地……」


(やっぱあれかな〜、ここって)


 考え込んむ俺に、目の前の人物は怪訝そうな顔をしたが、やがてポンっと手を打った。


「忘れていた…。そういえばそうだったか、ふむ、なるほど……」


 俺の顔をみて何やら自己完結している。しばらく悩んだそぶりを見せ、おもむろに口を開いた。


「牙の領地と聞いて何か分かることはあるか?」


「……全く…」


「―――そう、か」


 一瞬、目の前の人物が落胆を浮かべた気がした。次の瞬間にはまた人の良さそうな笑みを浮かべていたのだが……。


「自己紹介がまだだったな、私は朱樹―――一応、牙の領主をしている」




   *  *  *




「え〜と、朱樹…?」


 領主と言っていたので「様」をつけるべきかどうか迷ったが、どのみちいまさらな気がしたのでそのまま使用した。罰せられたりしないよな…?


 幸いにして相手も別に気にしていないのか、ニコニコと答える。


「何だい、紅葉」


「ここを通れと……?」


 目の前には存在感あふれ出る「門」。


 城の中なのになぜ門があるんだとか、ここまでの造りは東洋風だったのになぜ門だけ西洋風なんだとかの突っ込みはさておき、問題はその奥。


「異様なにおいと、金切り声が漂ってくるんだけど……」


「気のせい、気のせい」


「黒い部屋と黒い人たちと黒い鍋と黒々とした染みがあるんだけど」


「見間違いさっ!」


「……帰っていいか?」


 なぜだろう、ものすごーくいやな予感がする。


 そして現在、朱樹が浮かべている笑顔。それを見ると否応もなく友人な変人を思い起こさせるのだが……。


 回れ右をしようとした俺の肩を朱樹がガシっとつかんだ。


「いやいや、入るくらい、いいじゃないか」


 その笑顔の奥に潜んだ黒々とした素顔をのぞかせ、朱樹はぎりぎりと力を加えてくる。しかし、こいつの握力は無限大か!?


 だが、間違いない。こいつは……、


(あの変人と同類だ!)


 知らない大地でようやくあの変人の魔の手から逃れられたと思っていたのに、どうして変人奇人と巡り合ってしまったのか、俺はどなたかに尋ねたい。


 というか、もうそういう星の下に生まれてしまったとしか思えない。


「では、行ってみようか〜」


「え?」


 どんと、背を押され、俺はよろめきながらも地獄の門をくぐってしまった。


 ガッシャーンと、無情にも門が閉められる音がする。


「なぁっ!!」


「すまない、ここに入るのは私もごめんなんだ。尊い犠牲に感謝するよ……じゃっ」


 足音が遠ざかっていく。

 それに混じって「あっはっはっは」なんて高笑いがするのは俺の気のせいか!?


(しかも犠牲って、ハッキリ言いやがったあんりゃろ)


 俺は、朱樹に対する敬いが変人並みに低下していくのを感じながら、こぶしを握りしめた。





「お取り込み中、失礼しますよ?」


「はい!?」


 突然背後からかけられた声に、俺は反射的に門まで後ずさった。


 そこにいたのは、顔立ちの整った、ロングヘアーな……男?


「すみません、そこまで驚かせてしまうとは思いませんでした」


 ばつの悪そうに言っているが…。そこまでってことは、驚かせることは前提だったのか!?


「純粋な悪意からでして、気配まで消しちゃいました」


(確信犯かよ!!)


「ワタシは礼蛇(れいだ)という者です。以後お見知り置きを……」


 なんか、あんまりよろしくされたくない人というのが第一印象だった。



「いやぁ、驚きました。まったく領主様にも困ったものです、いきなりやってきて『頼んだぞ』ですよ、こちらも年中暇で忙しいというのに…少しは人の事情も考えてもらいたいもんです」


「はあ」


「いい領主様なのですが、人使いが荒いんですよ。ある意味使い方がうまいとも言えますがね……」


「へえー」


「ああ、でも月給は他の領地の倍はありますからね…いい具合につり合いがとれてるんでしょうか。そう考えるとワタシもいい稼ぎしていますよね」


「あの……」


「なんでしょう?」


「どこまで行くんでしょうか?」


 礼蛇と名乗った、一見物腰の柔らかそうな人に案内され、乱雑に置かれている怪しげな物の間を縫うように歩いていた。すでに時間の感覚は失われている。


「あと少しですよ…」


 礼蛇はニコニコと、どこかで見たことのある笑顔を浮かべている。


 まさか、少しっていうのは、発音が同じだけで実は「まだまだ」という意味合いを持つのではないか…。

 

 本気で考え始めた俺がいた。




   *  *  *




「すまない、少々遅れた」


 朱樹は言いながら腰掛ける。部屋の中には二人の人物がいた。どちらも朱樹の両腕とされる腹心の部下だ。


「気にはしていない。それよりも……」


「ええ、手短に是か否かでお答え願います」


 重々しい空気をまとう二人に朱樹は苦笑を浮かべたが、すぐにその雰囲気を一変させた。


「‘否’だ。本当に残念ながらな…」


 軽やかな口調で言っているが、朱樹の眼は真剣そのものであった。


 対する二人が息を呑む。


「わかっているのか? 時間はもう残されていないんだぞ?」


「……すでに鵜の領地は再戦の手筈を、遠方にある兎の領地も動き始めたとの報告が入っています」


「ああ、それは聞いている。ずいぶん気合いが入っているそうじゃないか、ご苦労なことだ」


「では『あれ』無しに、どうすると!!」


 朱樹はこらえきれなくなった将軍を片手で制した。


「まあ、そう一人で盛り上がるな。打つ手なしというわけではないのだから」


「それは、いったいどういう……我が牙の領の兵力は二領の勢力にとても太刀打ちできませんぞ」 


「痛いほど、分かっている。だが、私は一言も『使えない』とは言っていないぞ?」


 二人は、今度こそ驚愕に目を見開いた。


「無謀なのは承知しているが、黙って食われるわけにもいかないだろう? もしかしたら、‘是’となるかもしれない」


「儚き望みに希望を抱けと……?」


「いや、もっとだ」


 朱樹は笑む。人々を統べる領主として、契約に従う者として。



「私は命を賭けろと言っている」



 

   *  *  *




「これって……」


 急に目の前が開けたと思った瞬間、そこには湖畔が広がっていた。人工的なものなのか、その淵は正確にゆったりとした円を描いている。


 オドロオドしい部屋を抜けてきた俺には眩しすぎるほど、その部屋は輝いている。

 一瞬外へ抜け出たのかと思ったほどだ。


「水が、光ってる?」


 波打つ水面から溢れんばかりに光が飛び出し、ドームのように覆った壁を七色に光らせていた。光る湖と虹の壁…、何というか幻想的だ。


「すばらしいでしょう? ここが我らの研究地であり、聖域兼神殿です」


―――曰く、我らが領地に恩恵を与えし女神からいただいた至高の地、なり。


「ついでにこの水にはありがたいご利益がありまして。老後の生活充実、関節痛の改善、血行促進、縁解(えんほど)きなど……」


「まてまてまて! 今なんかありがたくないのが紛れてたぞ!!」


「特に最後の効能は若い娘たちの間で大人気だったりします。おかげさまで、ずいぶん懐が温かくなりました」


(さらにぼったくりかよ! 仮にも神様のおひざ元と言ってなかったか!?)


「―――なあ、バチとか当たったりしないわけ……」


「大丈夫です。神前で、『全責任は領主様にあります』と進言していますから。ワタクシ共神官は全く心配ありません」


 イケナイことを聞いてしまった。


(だから朱樹(あいつ)は来るのを嫌がってたのか…?)


 こんなのがいたら確かに…同情に価する。見目麗しい美人であるにもかかわらず、人をからかうことが使命ですとでも言いたげな言動をしてくるのだ。毎日、顔を合わせるようなことにでもなればさぞや悲惨な日々を過ごしそうだ。


(領主っていうのも大変なんだな……)


 だが俺は、このとき重大なことを失念していた。

 

 そう、何故朱樹が俺を連れてきたのかという事実を。




「ということで、明日から神官見習いとなっていただきます」




「…………はい?」


「明日から神官見習いとなっていただきます」


 聞き間違いではないようだ。残念ながら。


「ということで明日の『朝』、起きたらこの服を着用の上、神殿のほうまで来てください」


 なんか白い服を取り出しながらニコニコニコ……。ああ、出たよ営業スマイル…。


「当然ながらここの領主様に世話になっている以上、拒否権はありません」



―――それに、避けられない運命ですから―――

 



ついでの話


礼蛇: と、上のセリフで脅しておいてくれと、領主様から頼まれまして…。


紅葉: なにっ!!


礼蛇: 責任転嫁とは…、領主様も困ったもんです。


紅葉: (いや、あんたも言える立場じゃ……)


     

         〜前戒のは『嘘だー』…By 義秋〜

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