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01戒 祭始

 

 俺の身に不幸が降りかかったとき、とりあえず変人(よしあき)のせいにしておく。なぜなら…たいがいの黒幕はあいつだからだ。


 そう、あいつはいつも俺にとって、憎むべきものだった。


 帰り際に猿の大群に追われたのも! 体は成人男性、心は乙女な方々に追っかけまわされたのも! すべてあいつが丁寧に裏工作をしてやがった。


 だのにだのに、被害者である俺は、はた目から見ると共犯者として映るらしく、毎度の如く二次災害をこうむってきた! 

 

 本人は必死に変人の暴挙を止めようとしているのに、あの扱いは何であろうか……。


 だから、大丈夫だ。この状況はあいつのせいにしても。


 というか絶対あいつが関わってる! 「異世界にいってくるー」なんて言ってやがったのは忘れるはずもない、つい昨日のことである。


 この理不尽に対する憤りをいったいどこへ向ければいいのか……。


「あんのぉ、アホ変人ーーーっ!!」


 とりあえず、はるか下に広がる大地に向かって叫んでみた。




   *  *  *




 時はしばし遡る。


「いってきまーすっ、と」


 返事も待たず、後ろ手にドアを閉めた。家の表札を通り過ぎたところで、黒々とした雲が俺の視界に映り、顔をしかめた。 


 降ってくるのかもしれない……。傘は…、先日義秋が骨にしていた気がする。

 潔く降らないうちにたどりつくのが賢明だろう。


 俺は軽く体をほぐすと、ジョギングの要領で走り始めた。


 まだ大して経たないうちに、あいつの家の正面を通過する。


 それにしても義秋の奴…昨日の宣言道理「異世界」とやらへ旅立ったのだろうか。いつもならここで「よう」と示し合わせたかのように出てくるのだが、今日はその気配もない。


 別に異世界宣言を信じているわけでもないが、何にせよ、


「平和な一日だ…」


 もしもこの日が俺を憐れんで下さった神様の贈り物だとしたら、なんと最高なプレゼントであろうか。感謝してもしきれない。


「ありがとう! 神サマ!」


 ああ、頭上でひしめいている雲ですら美しく感じる今日この頃。


 じゃあな、グッバイ・ヨシアキ!






 「訂正する。そんなに俺が憎いのか神様! サイテーだ!!」


 空から飛来する大粒の雨。秋だから降ってもせいぜい小ぶりだろうという、俺の甘い考えを打ち砕いてなお降り注ぐ。


 最初に通り雨と思いこんでいたのも敗因だ。ニュースなんて見ない主義である俺は、台風が接近していたという事実を知る由もなかった。


 当然、俺は全力疾走。早朝の、のどかな雰囲気はどこへやら。


「まっさか、義秋の呪いか…? 落雷実験とやらで傘を丸焼きにしたのも、これを想定していたのか。 くそぅ、なんて奴だ……」


 誤解がないように言っておくが、このときの俺は突然の敵襲(おおあめ)に正常なる思考判断能力を失っていたのである。けっして普段から「呪い」なんてものを考えているわけではない。


 そんなこんなで、学校まであと少しとなった。先に見える曲がり角を右へ行けば百メートルもないはずだ。

 

 俺は一気にラストスパートをかけて、角を曲がった。


 


 そう、確かに曲がったんだ。でも……。


 雨が上がった。耳の奥に余韻をのこしてあたりは静けさを取り戻す。


 そりゃ、雨だし、永遠に降り続くなんてあり得ない。でもこれは降りやんだと言っていいのか……?


「……へっ?」


 雨どころか、周囲も少々変だ。いや、少々というには語弊があるか。


 訂正。学校や住宅街がどこかへ消えました。そこにあるのは夕焼けが赤く染めてるススキ野です。


 あまりのことに、自信喪失ならぬ自身喪失してしまう俺。あー、風が涼しいな〜とか、わけのわからんことを考えてしまう。


 驚いことに、驚き過ぎたからか、人間って意外と冷静に対応ができるらしい……。


―――キェェェェェエエエエエ。


 そんな俺の心の声に賛同してくれたのか、空から奇声が返ってきた。


 ……はい……? 空?


 一拍遅れて、夕焼け色の赤い空を仰ぎ見た俺の目に……。鋭い爪、猛禽独特の研ぎ澄まされた嘴を併せ持つ立派な体格が映る。


 こうして、獲物を狙って降下してきた巨大鳥とご対面した。

 



   *  *  *




 で、今に至る。

 

 父さん母さん、ついに息子はやりました。人類が長い歴史をかけて作り上げた飛行技術を何の機械も使わずに体感しております。


 そして父さん母さん、今までありがとうございました。息子は上にいる鳥ヤローの胃袋へと消えそうです。


 ああ、本当に報われない人生だった。


 はあ、とため息をつき、俺の両肩をがっちりとつかんで悠々飛行中の巨鳥を見やる。


 それの体躯は信じられないほど大きい。くちばしだけでも俺の胴体ほどはあるのだから、体の大きさは俺の四、五倍あるだろう。そこへ翼の大きさを加えるとなると、とんでもない怪物としか言えない。

 

 夕日に照らされたその影は、はるか下に広がる地上へ伸びていた。

 

 地上は先ほどから全く変わり映えがしない。どこまで行っても野原野原野原――。


 それにしても、捕獲後どれだけたったのだろう? 日が傾いている割には、暗くなっている気がしないのでそれほど経過はしていないと思うのだが……。肩が鈍痛を訴え始めている。


 そろそろ何とかこの状況を打破したいのだが、方法という方法が全く浮かんでこない。


 いや、でも。いくら現状がわからないまま捕まったとしても、一切抵抗なしってのも生物としてどうなのだろうか……。それならダメ元で、


「えーと、放せー、ばか鳥ーい」


―――パッ。


 おっと、これは、もしかして…? あれ……?


 うん、肩は痛くなくなった。なくなった、け、どっ!!


「こぉんの、バカトリイイイイイィィィィ」


 キャッチ・アンド・リリース!の精神は立派だがなら最初から捕まえんなよってのと逃がすなら逃がすでちっとは他人のことを考えようとかこれじゃポイ捨てに等しい行為でひぃーーー!


 一直線に真っ逆さま。とんでもない風圧で髪が逆立っているだろうが今は気にしている余裕もなく、俺は真下の黒点へ向けて落ちて行った。

 

 あれ、ちょっと待て、黒点?


 原っぱの中に何百もの黒点がうごめいている。風の音とは違う、叫び声とか、パパーンって音が……。


「って、戦場じゃん!!」


 最初から皆無に等しかった生存率が絶望的に減少した。


 そして、俺は戦場の真っただ中へ――堕ちた。


   



   *  *  *




「……朱樹(しゅき)様、時間です」

 

 側から静かな声がかかり、朱樹は目を開いた。


 前に広がるのは風でさざ波が立つ草原、そしておよそ五百に届きそうな敵勢。

 

―――相手にとって不足はない。


 朱樹は不敵な笑みを浮かべると、地に突き刺した大剣を引き抜いた。


「幕は、開いた。我らの聖戦を始める」


 朱樹の後方、闘気を露わに控えていた百の戦士たちが時の声を張り上げる。


 大剣の剣先を敵陣へ向け、天へ掲げる。


 「食らいつくすぞ、同胞よ」


 戦が始まった。両軍の銃砲に込められていた弾が放たれる。同時に朱樹は用意されていた馬に文字通り飛び乗り、その腹を蹴った。狙いはただ一点、敵将へ。


「朱樹様が先陣を切られた! つづけぇっ!」


 将軍たちの声が風となる、いや、これは己の心か。久方ぶりの戦。湧き上がる高揚感が朱樹の世界を流している。


(約束は果たした、あとは『あいつ』のみ……)


 さぁ、共に楽しもうではないか!!


「来い!」



―――求める声は世界へと染み込み、止められた時間が静かに胎動を始める。



「なぁぁあぁああああああーー!!」


 

 衝撃が、大地がはぜ割れたかのような揺れが起きる。


 いや、割れたのではない。落ちたのだ。


 敵陣のそれもちょうど将が立っていたであろう当たりの地面が陥没していた。運がいいのか悪いのか、敵将はちゃっかり御存命で口をあんぐり、腰を抜かしている。


 朱樹は満足げな笑みを浮かべた。


―――大志を遂げよ……。


(ああ、十分心得ているさ……)


 記憶の中から響いてくる声に、朱樹は肯定を示す。


「全軍、侵攻せよ! 我らの魂を見せつけてやれ!」

 

 朱樹の言葉を皮切りとして、呆然としている敵軍へ黒き人の波がなだれ込む。


「ひっ、ひぃいい――」


 へたり込んでいた敵将が、周囲の者たちを突き飛ばしながら脱兎の如く逃げ出した。それを見た敵兵たちは我先にとそのあとに続く。


「さすがは鵜陣の将…逃げ腰まで見事なものだ。ふん、まあこれであちらは終わったな…」


 脇へ騎馬を並べた将軍の一人がつぶやいた。まあ、確かに将が逃げ出した軍など烏合の衆も同然。


「ああ、我らの目的も達せられた」


 言いながら、朱樹は陥没地点へ寄せる。見事な円形に繰り下がったその中心に何やらぐったりとした少年が……伸びていた。


「たくっ、ずいぶんな間抜け面だな。この私がわざわざ出向いてやったというのに…」


 苦笑交じりに呟かれた朱樹の言葉。だが、そこには隠しようもない喜色が浮かんでいた。


「ようやくだ、覇道を歩むその時が…」


 朱樹は慣れた手つきで少年を担ぎ、愛馬の鞍へと引き上げた。


「撤収っ!」


 馬を反転させ、城への道を進ませる。


 

 これから紡いでいく物語に、心をはせつつ。



雑談

 

 義秋: この〜、飛行少年めっ!


 紅葉: …否定はしない、ああ、しないともさっ!


 義秋: そして、まさかの急展開…?


 紅葉: 自分で言いつつ、なぜ疑問形なんだ?


 義秋: ………次戒、まさかの最終話!?


 紅葉: 嘘だぁっ!!


        〜御清聴ありがとうございました〜

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