力の使い方が分からないなら分からないままでもいい
「100万円貯める。それがこの力の正しい使い方なんだよね、信じていいんだよね。委員長。」
少しうつむき加減で、血まみれの拳をじっと見つめて呟くクラスメイト。何色にも染まらないその黒髪の隙間から見える表情は先程まで人を殴っていたとは思えないほどの穏やかであり、その暴力性を感じさせない白い肌は夕日に照らされオレンジ色だ。
「ヒーローになりたかったの。でも、うまくいかなかった。死なない体、日に日に強くなる力。これは委員長と100万円貯めるための力…」
「いや、絶対違うでしょ。なんかもっとあるよ。」
つい我慢していた言葉が出てしまった。エッという顔でこちらを見るクラスメイト、いやどうしてだよ。男一人半殺しにできる力をそんな邪なことに使えー!って神様が授けるわけ無いだろう。
「あ!あのさ、とりあえずその足元にうずくまってる人が生きてるなら通報だけしてここから逃げよう。私、推薦取り消されたくないし。」
我ながら人の心がない発言だとは思うが、でも目の前のこの怪異じみた野蛮メンヘラ男よりはマシだ。
まだ「エッ」の顔で固まる彼女の手を握り、走り出す。夕日の中を。
ずっと勉強しかしてこなかったので青春というものが分からなかった。きっと、これが青春なんだ。汗と血の匂い、むせそうだ。うーん。そうかな。
ふと隣を走る男の顔を見ると、彼は爽やかな笑顔だった。なんでだよ。
なぜこの男と出会ってしまったのか。過去を振り返るのは自分の性分に合わないが、反省点が多すぎて振り替えざるを得なかった。
花笠かえではつまらない優等生だった。
推薦入学が決まるまでかけられる時間の全てを勉強に割いていたため、趣味もなく、友達もおらず、学生時代の楽しみというものをほぼ経験したことがなかった。
進学が決まった今、彼女女はこのままでは腐ってしまうと自分の身を危惧し、趣味を作ることにした。それは100万円貯めるという新しい目標に向けてお金集めをすることだった。
アフェリエイト、ポイ活から自動販売機の下を覗き込んだり近所の人のお手伝いをしたり何でもした。
しかし、学生の力でお金を集めるのはなかなか限界があるというもので、24万円貯まったところでどん詰まってしまった。
そんなある日。
大人からの評価を上げるためについた学級委員長という仕事のせいで担任に呼び出されることになる。
「あのね、コガワくんがさ。交通事故に合ったらしくて。これ、折り紙買ったからさ千羽鶴でも作ってね。持って行ってあげたいんだよ。」
「はぁ。」
「委員長とかさ、もう推薦も決まってる子達でなんか適当に作ってさ。ここの病院のね、5A病棟に持って言ってほしいんだよね。」
「はぁ〜〜」
はぁ〜〜〜〜〜と、花笠はなった。
推薦組はたしかに受験組に比べると暇かもしれないが、この時期に運転免許を取ろうと忙しい者や県外に進学するためその準備で忙しい者も多い。
また、何はともあれクラスの人気者って訳でもないモブキャラのようなコガワのためにこのような面倒くさいことをやるやつがいるだろうか、いや、いないだろう。
コガワのために鶴を折れるのは自分しかいないのだ。
数日して25羽ぐらいの折り紙の鶴を握った花笠がコガワの入院してる病院の前に立っていた。