異世界転生したらタワマンの住人になった
トラックにはねられ、異世界に転生した。異世界はほとんど現代と変わりはないが一つだけ違う点が。それは高度数千メートルのタワマンが流行っていたのである。スタンフォード大卒の富裕層が続々と入居した。
十五歳のあの日、トラックに跳ねられた。死んだと思ったが、異世界転生していた。
記憶が戻ったのは四歳の頃。
この世界は前の世界とたいして変わりはない。小説投稿サイトのような中世ヨーロッパ風の異世界ではなく現代日本だ。テレビもあるし、スマホもある。技術的にも変わりはないし、歴史も前と同じ。政治体制も同じだ。ただ一つ違うのは、富裕層の間でタワマンの最上階に住むのが流行っていることだ。タワマンくらい前の世界でもあるじゃないかと思うだろうが、前の世界ならせいぜい数十階。この世界のタワマンは低いもので高度六千メートル。高いものだと高度一万五千メートルにも上る。旅客機より高い。俺が住んでいるところはそこまで高くないが、それでも高度一万メートルはある。
高いところから庶民を見下ろせるだろうと思うだろうが、雲に覆われて庶民どころか地面すら見えない。ここ最近は庶民どころか生き物の姿すら見ていない。数カ月前からは万博のマスコットになりそうな化け物の姿が見えてきた。最初は怖かったが、だんだんと慣れてきて今では俺の孤独を癒してくれる唯一の存在だ。
何故そんなことになっているのか。俺がヒキニートなのもあるが、そもそも地上に降りれない。話は数十年前にさかのぼる。
タワマンができた当初、日本にいるスタンフォード大卒の人間たちがこぞって上層に入居した。彼ら彼女らは問題なかった、スタンフォード大学卒業しているから。しかし彼ら彼女らも結婚をし、子供も生まれる。当初は問題なかった。タワマンには酸素供給装置があるうえ、スタンフォード大卒特有の学習能力で薄い大気にもだんだん適応できるようになった。それにタワマン内にショッピングモールや病院も併設されているから仕事以外では出なくても生活に困らない。タワマンの住人以外の労働者はネパールで鍛え上げられたエリートだ。
当初は問題なかったのだ当初は。景気が落ち込んだのと地球環境が叫ばれだし、酸素供給装置から出る酸素の量が減少した。それでも問題なかった。スタンフォード大学出れるような人間。そしてそんな人間と結婚できるスペックのある人間はエリートパワーで適応した。流石アメリカの大学である。それに比べて日本は・・・・・・
しかしその子供たちはどうだろうか。幼い子供はまだスタンフォード大学に入れるスペックもスタンフォード大学の人間と結婚できるスペックもない。そんな子供たちは酸素濃度の低い環境には適応した。いや、適応しすぎてしまった。その子供たちが下層にあるタワマン幼稚園に通おうとしたとき問題が起きた。酸素濃度や気圧の違いに適応できなくなり、肺が破裂し多くの子供たちが亡くなった。俺も子供のころ死にかけたが両親共々スタンフォード大学を出ているためなんとか一命をとりとめた。それでも十歳まで車いす生活を送る羽目になったが。
子供たちは上層階から出ることができなくなった。それでもエリートの子供達。両親から教育を受けた。しかし、両親から教育を受けられたとしても学歴はどうしようもない。幼稚園すら出ていない低学歴の無職が大量に誕生した。学校に通えなかった外国人労働者の二世は政府の支援で雇ってもらえるが、タワマン上層階の人間に政府の支援などない。なんせ年収一千万などとっくに超えている。高卒認定試験を受けて、スタンフォード大学に通えばいいと思うだろうが、高卒認定試験は試験会場に行かないと受けられない。スタンフォード大学も、オンライン授業はあるが、一度は大学に行く必要がある。つまりタワマンから出ないといけない。そして俺はタワマンから出れない。完全に詰んでいる。
そうして数十年の時が過ぎ、スタンフォード大学卒の両親たちが年老いて体を壊し、支援されるべき病人になってからSNSを通じて訴え始め、やっと俺たちが公教育を受けられる日が来た。政府御用達の中抜きが得意なIT企業と連携し、オンライン夜間中学、オンライン高卒認定試験が受けられるようになったのである。この頃になると当時子供だった俺らも大人になり、精神を病み下層に降りて大衆の目の前で肺が破裂して死ぬ人間が増え、人数もある程度減ってきたためである。
三年間のオンライン夜間中学は地上の人間と映像越しとはいえ話して感動した。最初はたどたどしい会話しかできなかったのだが、今では映像越しなら普通に言葉を交わすことができる。オンライン卒業証書を貰った時は感動した。涙が凍って目に張り付き、危うく失明するところだった。下の階の吉岡君は失明したらしい。
そして先週高卒認定試験の合格通知を貰った。世間的には底辺だが、俺も学歴という物を得た。今タワマン高層階の中学卒業組の間では外に出るのが流行りだ。死ぬ可能性の方が高いが、生き残れば外での生活が可能かもしれない。隣で子供のころ一緒にゲームをした鈴木君、一緒に飛行機に向かって手を振った佐藤さん。この二人も外に出た。その後の行方は分からない。きっと亡くなっているだろう。
俺も地上に行こうと思う。今エレベーターが来た。一階のボタンを押し、エレベーターのドアが閉まる。長年整備されてなく閉まるときに軋む音がしたが、今の俺にとってその音は希望の音に聞こえる。
オリジナル用語
タワマン:高い物では高度一万メートルを超えるすごく高いマンション
スタンフォード大学:卒業証書を持つということはそういうスペック。酸素濃度や気圧に関係なく行動できる
スタンフォード大卒と結婚できる:それ相応のスペック。エリートと結婚するためなら気圧や酸素濃度なんかものともしない
タワマン高層階住人:地上の人々を見下すとかそういうのはない。そもそも高すぎて地上の人々なんか見えないから地上の人と接するときはとても丁寧。高層階の住人と地上の人間との関係は良好。見下し入るのはタワマン低層階で地上の人間が見える位置に住む人たち
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・大学・タワマンとは一切関係ありません