プロローグ
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「マジで滅べあのつるっパゲ加齢臭」
時刻深夜2時のこと。
他の来客はいない、というか自分の為だけに開けてもらったこの居酒屋にて
ガンッ、と勢いよくグラスを置く、この女。
「はっはぁ、今日も飲むねぇ」
「いやです辞めたいです辞めます」
今にも舌を噛みそうな、この女
「亜奈さん、そろそろ時間じゃない」
今日は繁盛したのか。積み重なった食器を拭きながら、時計をチラチラ見る大将。
そう。
この女の名は
佐藤 亜奈
さとう、あな
サトウ、アナ
__つまり私である。
「ぐ、言わないで下さい」
しくしく机に突っ伏し、ジョッキをまたカツンと押し付けた。それを見てはは、と微笑する大将。……やめて、メンタルが抉られます。
「いいじゃん、丁度カレシでも出来るでしょ」
「……本当にそう思うんですか」
豪快に口を開く大将を軽く睨みつける。あれ、今ヤバいって顔しましたね。
「ま、まぁ、さ。三十路が何だって」
「それぜんっぜん1ミリもフォローになってませんから!!!」
大将がうわぁあ。ちょっ、なんて女の子みたいな反応をする。まぁ、イケおじがこんな反応をしてギャップ萌え?ふざけんな。
こちとら女子やめてぇの。
「イメチェンとかしたらいいのにさぁ?」
「やれたらとっくにやってますよ」
なんとも痛い指摘だ。ぴゅーっと口笛を吹き始めたこのイケおじ、きっと悪気は無い。
__佐藤、亜奈。
肩書きは三十路OL。
佐藤という比較的平々凡々な苗字に、亜奈というキラキラネームをくっつけた、陰キャには辛い名前である。
まぁ?これで美人なんでしょ?
だと思うか愚民ども
ボッサボサの髪、肌荒れ、大根足。
正に負の三拍子
完全に名前負けしているこの私である。
「ほらもう出ないと」
「嫌です」
虚ろな目をしていた私を急かす大将。……会社だ会社。
死ぬ程行きたくない。
意地を張る女と、焦るイケおじ。
居酒屋特有の、どこか柔らかい光が降り注いだ。