閑話 警備局にて
私の名前はミュル。駆け出しと中級に挟まれたような立場にいる冒険者だ。
その私は、今日マジックバッグを心機一転、新調しようと王都の店に来ていた。
「むむむ……」
マジックバッグの二つの売り方。それは理解していた。だからまずは置いてある商品を見ていた。
質は悪くないが良くもない。今背負っているマジックバッグと性能はそこまで変わらないだろう。
ならば。もう一つの手段を選ぶしかない。
結果から言おう。私は惨敗した。いや、惨敗させられたのだ。手持ちのスンは残りの宿に払う分を差し引くともうちょこんとしか手元に残っていない。
悔しい、これが現実か。そう思っていた。だから横に来た男の事も、言っている事も分からなかった。
「……クジ引きに細工してるだろ。アンタ。簡単に言えば不正だ」
不正。つまり私は運が悪いのではなく、元々当たりのないクジを引かされていた事になる。
だけれど、横の青年は今のところ証拠はないと言っていた。そしてマジックボックスに手を突っ込んで、引き抜く。
そこには私が見たかった金色。大当たりの色。
(あぁ……この人は、私を慰めようとして……嘘を……)
そう思っていた。次の言葉が言われるまでは。
「ディスペル」
青年はサラリとその詠唱を口に出した。
ディスペルは簡易的な魔法を解除する魔法だ。対魔法用の魔法の一つでもあると言える。
すると金色の玉はみるみる色を失って灰色になっていく。
「な、な……!?」
店主も私も驚く中、青年は箱の中身をぶちまけた。
その中にはおびただしい数の金色の玉。そして、ディスペルの魔法で解除されて灰色に戻る玉。
青年に反論する店主。しかし青年の横にいた女の姿をした妖精がそれを論破する。
妖精以上に魔法の知識に長けた人間は数少ない。それこそ、《数者》の上位に食い込む次元の話だ。それだけに妖精に魔法に対しての反論は出来ない。
ヤコ、と呼ばれていた妖精が警備局に飛んで行った後に私は思わず聞いた。
「な、なんで不正って分かったんですか……?クジ引きの運が悪いことなんて、沢山あるのに……」
「……この店を見た時、確かに普通のマジックバッグは置いてあった。けれど、マジックボックスの当たりになるような……それこそ、容量の多いマジックバッグは店の奥まで目を凝らしても見つからなかったんだ。それに、マジックボックス自体に何か魔法をかけられているのが見えたんだ。だから言ったでしょ?
『目はいい方なんだ』……って」
彼は確かに『目はいい方』だと言っていた。しかし、私だって冒険者の一端だ。
恐らくこの店は同じ手口で大量のスンを巻き上げたはずだ。それも、私よりも実力の高い冒険者の人からも。
誰一人それを指摘出来なかったのは、誰もこのマジックボックスに魔法が掛かっている、という事を看破出来なかったからである。
それなのにこの人は確信を持って細工してある事を見抜いていた。その目の良さは目が良いというレベルでは無い。まるで警備局の魔法専門の捜査員か、それ以上……それこそ《数者》のような立ち位置にいるはずだ。
彼が去る時、これだけは聞かなければ、と大声で聞いた。
「あ、あの……!私、冒険者のミュルって言います!もし宜しければお名前を教えていただいてもよろしいでしょうか……?」
すると、意外な答えが返ってきた。
「しがない一スンも無い冒険者やってる、ロイヤリーってもんだ。後で警備局に行くといい。恐らく失ったスンは全額返ってくるはずだ。それじゃ」
一スンも無い?この暴きだけでも警備局に入れるぐらいの目を持っているのに?
それはそうと、警備局に行けばスンを返してもらえると聞いた。意識は直ぐにそちらに向いてしまった。
「すみませーん……」
警備局の受け付けの人に話しかける。
「はい、なんでしょうか?」
「さっき悪徳商法でスンを巻き上げていた人が捕まったと思うのですが……その、スンをその人に巻き上げられてしまって……」
そう言うと、受け付けの人はなるほど、と言いながら頷くと尋ねてくる。
「失礼ですが、お名前を聞かせてもらっても?」
「は、はい。ミュルと言います」
そう言うと立ち上がってどこかへ行ってしまった。数分後、先程捕まえてくれた警備局の女の人が来た。
「あぁ、さっきの。ええと……ミュルちゃん、でいいのかな?」
「は、はい!あの男の人からここに来れば悪徳商法で巻き上げられたスンを返してもらえるって……」
そう言うと女の人は大きく頷く。
「その通りだ。悪徳商法で巻き上げられたスンは全額返される。あの店主は律儀にもキッチリとスンの額を記録していたから返すことが出来るよ。こちらへ」
そう言われて少し廊下を歩く。警備局の中を歩くなんて、変な感じだ。私が王国法を犯したみたいでムズムズする。
「しかし、その男の人はよく見破ったな。あの店主、相当な冒険者だけでなく騎士からも巻き上げていたぞ?」
「あ、なんか……目がいいって。そう言っていました」
「……ただ目が良いだけでそれを見破るとは。ウチに欲しいな、その男の人は」
雑談をしていると、とある一室に辿り着く。
「ここで返金の手続きが出来る。後はここで返金してもらうといい」
「わぁ!ありがとうございます!……本当にロイヤリーさんって何でも知っているのに一スン無しなんだろう……?」
ふと何気なく口にした言葉に女の人が反応する。
「今、なんて?」
「え、なんであの人一スン無しなんだろうって……」
「その前だ、男の人の名前だ」
なんだろう。冒険者の勘が告げている。
柔らかい雰囲気から固い雰囲気に。まるで、お尋ね者や探し人を探すような感じに。
しかし答えるしかない。
「ええと、ロイヤリーさんです」
「……ロイヤリー……」
「あの、どうかしましたか?」
その私の言葉にハッとしたのか柔和な雰囲気に戻って笑顔を浮かべてくれる。
「いや、機会があればスカウトしようと思ってね。さ、返金手続きを済ませると良い。私は報告に行く」
「はい!ありがとうございました!」
そう言うと女の人は去っていった。私は無事、手続きを終えてスンを取り戻した。ロイヤリーさんには感謝しかない。
その女性は警備局の最上階へと向かっていた。
「総長。お話が」
「入れ」
少し老けた低音の声が扉越しに聞こえる。それを確認すると、ゆっくりと扉を開いて報告する。
「王都に、ロイヤリーを名乗る男が出現したそうです」
「……ロイヤリー、か。なるほど」
そう言うと髭を携えた四十代から五十代に見える総長と呼ばれた男は窓の外を見る。
「……本物か。それとも偽物か」
「報告によると、多くの冒険者や騎士から不正に巻き上げていた店を『目がいいから』というだけで一発勝負に出たそうです」
「……本物、か」
ふと、女は前から気になっていたことを聞く。
「……総長、そのロイヤリーという男は手配犯でしょうか?そうならば捕まえに行きますが」
その言葉にゆっくり男が振り向くと、首を横に振る。
「いいや。彼は誤ちを犯してなどいない。……それを誤ちだと断定し、後々から誤ちでないと気づいた頃には遅かった。彼には感謝しなければならない」
「……古参の《数者》である、総長がですか?」
悔しそうな顔を浮かべながら、ナンバーズと呼ばれた総長は大きく頷いた。
「……そうだ。《数者》でも過ちを犯すのだと気付かされたのだ」
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