ヤコ、開ける
「扉の前に人いる!?ちょっと風で開けるわよー!」
晴天の中、ヤコが冒険者ギルドの外から大声で叫ぶと中がざわめきながら移動する足音が聞こえた。
数秒待って、ヤコが片手を扉に当てると風が吹き荒れる。
ドゴォン!と爆音を鳴らして扉が勢いよく反射してくるのも何のその、開いた瞬間に冒険者ギルドに飛び込む。
「ラーナさん!ラーナさんはいる!?」
一番近くの受付の人に聞くと、代わりに横の人が答えてくれた。
「やあ、ヤコちゃん。ラーナさんなら今上にいると思うけど……?」
「あ、リレーさん。お久しぶりです……じゃなくて!緊急事態なんです!もう飛んでっていいですかね!?」
横に居たのは若干爽やかさが欠けて渋さが滲み出ている声とは裏腹に金髪イケメンなリレーという人だ。
良くロイヤリーやヤコ自身と一緒に依頼を受けてくれ、妖精程では無いにしろ魔法が強い部類に入る冒険者である。
「まあまあ、落ち着いて……。君たちはグリフォンの群れの討伐に向かったとか聞いたけど?」
その情報源は受付の人からか他の人からか。よく分からない情報網をこの人は持っているから不思議だ。しかしそれを気にしている余裕はない。
「グリフォンの群れの鎮圧には成功したんですけど……あぁ!これ以上はちょっとリレーさんにも聞かせられないので!私飛んでいきます!」
静止しようとする受付の人の上を飛びながらリレーは一人呟いた。
「……ふぅん?一般人には聞かせられない出来事が起こった、ね。面白そうだ」
ラーナの作業部屋の手前、緊急事態とは言えど一応声をかける。
「ラーナさん!今大丈夫ですか!」
すると中からはラーナのちょっと苦い返答が聞こえてくる。
「あー、ヤコちゃん?今冒険者の中から有望な子が居ないかって《数者》の人と検討しているんだ。緊急事態なのはわかるけれどもう少し待ってくれるかい?」
「もう少しってどのぐらいですか!」
「んー、十分……かな。『アギル』さん。ちょっと早めに進めましょう」
「……分かった。それでこちらの冒険者殿は……」
「その子は盗賊も撃退した事もあるんですけどチョット自信過剰なところが……」
相談を外でグルグルと飛びながら聞きながら、本当に十分と少し。中からラーナの声が聞こえてきた。
「……これぐらいですかね。今回は」
「……うむ。では外のヤコ殿の言葉を我も聞いて帰ろう」
扉が開くとヤコは入ってすぐにラーナとアギルに伝わるように言う。
「今回のグリフォンの群れの討伐の件で、ミディアが関わっていることが判明しました。ロイヤリーが潰しにかかるのでその報告に」
その言葉に二人がギョッとする。特に驚いていたのはアギルの方であった。
「……それは真か?」
「はい。グリフォンはミディアの呪術を受けていました。解呪して聞いたところ、今の地が分かったので攻めるそうです」
「……うむむ」
アギルは悩んでいる。一方のラーナは後ろの書類にハンコを押していた。
「んじゃグリフォンの群れの件はひとつ片付いた……けどミディアか。一個人として動いてあげたいけど……」
「……否。我々《数者》、ましてや王の勅命に従って冒険者と騎士を統括する立場の者が勝手に敵国に攻める訳にも行かぬ」
「だーよーねー!」
バタッとソファーに倒れるラーナの座って静かに茶を飲むアギル。しかしヤコの要件は達成しているので大丈夫である。
「恐らくロイヤリーも助力を求めているのではなく、単なる『報告』だと思います。というかあのロイヤリーです。十中八九報告です」
その言葉にアギルが悔しそうにティーカップの中を覗き込む。
その顔は悔しい、という気持ちのアギルを映し出していた。
「……ロイヤリー殿……せめて、我々に何か助けられる事があれば……」
その言葉にラーナがソファーに転がったまま言う。
「やめとけアギル。ロイヤリーの傍に中途半端な冒険者、騎士、《数者》なんて送り込んでみろ。足でまとい間違いなしだぞ?しかも相手は呪術使い、流浪の民『ミディア』。ミイラ取りがミイラになる、なんて笑い話にもならない」
「……無念。自由を対価に国を守る我々が、民を守れず」
「仕方ないさ。盗賊ならまだしも国相手じゃあ、他の国から宣戦布告されかねない」
完全に蚊帳の外なヤコはそれでは……と出ていこうとした。そのときふと閃いたというようにソファーからラーナが起き上がる。
「そうだ!私とアギルの二人が見回りをしていて、偶然……『偶然』ミディアの話を聞いて、『仕方なく』協力する状況になったら事故報告でも許されるよな?」
その言葉に飲んでいたお茶をアギルが気管に詰まらせかけてむせる。
「げほっ、げほ……ラーナ殿。もしやそれは……」
「うんうん!仕方ないなら仕方ないね?それじゃあ行こっかー」
「……相変わらず無茶苦茶な者よ」
そういうアギルも作戦にはノリノリのようだった。顔には出なかったが。
「じゃあ……」
「うんうん!たまたまミディアと接敵したら仕方ないね!」
強引が過ぎる、と思いながら二人を連れて下に降りる。
「おや、ヤコちゃん……に《数者》の御二方。どこかへ?」
リレーさんがまたにこやかに声をかけてくる。その問いにラーナが答える。
「ちょっと冒険者と騎士として、見回り作業をね。たまにはやらないと腕が鈍るものでさ」
「……然り」
そう言うとふうん、と頷きながらリレーはヤコの方に向かってくる。
「なるほどね。それじゃあ行ってらっしゃいませ……。あ、ヤコちゃんちょっと目を瞑ってもらっていい?」
「……は、はい?」
言われた通り目を瞑ると頭をちょん、とつつかれる。
「……?」
「うん。撫でたかっただけ!行ってらっしゃい!」
「撫でるというかつついただけじゃない!行ってきます!」
そういうと手を振りながら見守るリレーを後ろに三人はギルドを出た。
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