畏怖
ミュルはその後もダグザと雑談をしながら飲み続けていた。
「ほんっとうに美味しい……あ、でも私お代払えるかな……こんなに飲んで食べちゃったけど……」
今更だがロイヤリーさんに連れてこられたから忘れていたが、お代のスンを忘れていた。
どのぐらいあるかをバッグを降ろして透明化を解除すると中を漁る。
「ええと、財布財布……」
何せ《ロストナンバー》二人のお店だ。高いに決まっている……と思っていた所、アルトさんから声がかかる。
「大丈夫だよ。ロイヤリーが連れてきたんだろう?ならアイツが全額払うだろうよ」
その台詞にギョッとする。確かに今日はぐれグリフォンの討伐に行ったが、彼は一スン無しの冒険者だと言っていた。はぐれグリフォンのお代だけで足りるのだろうか。
「え、でも……ロイヤリーさん一口も飲んでないのに……。それに高いでしょう……?」
その言葉に後ろで飲んでいた冒険者の人が言う。
「ありゃ?もしかしてお嬢ちゃん『青い鳥』は初めてかい?……ってそうか、連れてこられたって言ってたもんな!」
「このお店は確かにスゲェ御二方が経営しているけれど、値段は王都の酒場とそんな変わんねえのさ!ホント、アルト様とダグザ様には感謝してもしきれねえ!」
その言葉を聞いて驚く。こんなに美味しいお酒、それに料理。それを王都の酒場と同じ料金で提供している?
その驚きを説明するかのようにアルトさんは口を開く。
「ウチは私とダグザがいるから調達のコネがある。だから酒もいい食材も融通が多少効くんだよ。
それにね、私達は戦闘のプロであっても料理のプロじゃない。私とダグザはたまたま料理を多少出来るから何とかなるけど、もし同じ食材でプロと同じ料理を作ったらプロの方が美味い。
要はウチはアマチュアのお店なんだ。もっと美味しい酒や料理、高級でフカフカなベッドなんてものは他のプロが用意している。それを奪ってまでぼったくれる実力も理由もない。だから皆こうして来てくれるんだろうけどね」
「ほ、ほええ……」
流石は元《数者》の人だ。プロにはプロの意識というものがあるのだろう。
そこにダグザさんがこっそり言う。
「それに、いざとなったらロイヤリーをまた使いっ走りさせるだけだし……ラーナのマスターも来るし大丈夫よぉ~!」
「……え」
そういえば忘れていた。確かラーナさんにヤコちゃんとシュネーちゃん?という子を預けていると。
「……も、もしかしてラーナさんって……」
「そ!現役《数者》、冒険者ギルドマスターのラーナさんよ!」
(ロイヤリーさんの顔って本当に広すぎない!?本当に何者なのあの人!?)
私があんぐりしている様子を前に、後ろから声が上がる。
「お!今日はラーナさんも来るのか!」
「一杯飲んで行くのかな!?」
割とフレンドリーな対応をしている皆さん。もしかしたら公私がキッチリしているが故にこうして皆接しているのかもしれない。
そう思っていると扉が開かれる。
「かぁえったわよぉぉ~!ロイヤリィ~!」
……そこには滅多に顔を出さず、冒険者ギルドを律しているマスターではなくタダのへべれけがいた。
それを見てまた背後から声がかかる。
「な?今回は呑んでるけど……ラーナさんも偶に呑みにくるんだ。その度に言われるんだよ。『同じ生き物なんだから青い鳥ぐらいでは楽しく飲もうや!』……って」
「な、なるほど……?」
思ったより《数者》の人は変わり者が多いのかもしれない。そう思っていると後ろから可愛らしい声がかかる。
「お姉ちゃん、だあれ?」
「……え?」
そこには白髪で、ちっちゃくて、目をキラキラさせながら見つめる幼女が。
「わ、私?私はミュルって言うのよ……?」
「ミュルさん!ミュルさんだね!私グリフォンのシュネー!」
その言葉にひっくり返るかと思った。
「グググググリフォン!?」
「あ!ちょっとシュネー!……もう、ごめんなさいミュルさん。この子、円卓で場酔いしたみたいで……。害を為さなければ何もしてこないから討伐しないであげてね」
「そうよぉ~!!シュネーちゃんを討伐なんてぇしたらぁ!わたしがぁ!許さないんだからぁ!」
ラーナさんが大声を上げている。これは相当酔っている。意識が残るタイプだとこれは恥ずかしくなるタイプではないだろうか。
それを察したのかまたダグザさんがこっそり耳打ちしてくれた。
「……ラーナさんは残るタイプよ」
「……明日、ギルド大変そうですね」
私とダグザさんが二人して合掌するのを見てアルトさんが笑う。
「やあやあ派手に飲んだねラーナ。泊まっていくかい?」
「泊まるぅ!もぅここまで来たら泊まるわよぉ!でぇ!?ロイヤリーはどこぉ!?」
「ロイヤリーならとっくに寝たよ。……円卓とは。アンタも思い切ったことをしたね」
その言葉にバァンと酒場のカウンターが強く叩きつけられる。
「それはそうでしょぉ~!?もう何年経ったと思ってるのよぉ!ロイヤリーが……」
そこまで言ったところでダグザさんが手から植物を出してラーナさんの口に当てる。
するとスルン、と寝てしまった。すやすやと。
「ごめんねぇ。でも、これ以上はミュルちゃんや皆にも聞かせられない事だから……許してねぇ!」
そう言うとラーナさんを持ち上げて階段を上って行った。
(ラーナさんとは旧友だってロイヤリーさんは言っていた。でも、口ぶりからするとロイヤリーさんはタダの友達だから円卓に入れるわけじゃないような……そう、まるで……さっき出てきた……)
そこまで考えると、アルトさんがポン、と頭に手を置いてくれる。
「難しい顔をしなさんな。ホント、ロイヤリーの奴は目がいいんだから」
その口ぶりからして、私の考えが当たったことを知った。
そして震えた。背筋が凍る、いや、全身が凍結したかのようにガタガタと震えた。
思えば一スンも無ければ医療もポーションも買えない。何の後ろ盾もない。
そんな中はぐれグリフォンという危険な依頼を簡単に受けられた理由は?
円卓に行けた本当の理由、そしてこんなに顔が広い証明。
(ロイヤリーさんが、《ロストナンバー》……。《数者》の第一席……!)
その顔を見られたのか、コトンと目の前になにか置かれる。
「ホットミルクだ。飲むと落ち着くよ。……後、今考えた事は忘れるなとは言わないけど、絶対秘密にすること。これはお願いだ」
最後の言葉は本気だった。頷きながらホットミルクを口にした。
なんだか、眠くなってきた。今日はここのベッドで眠らせてもらおう……。
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