ヤコの記憶
「えっ?ロイヤリーの事殆ど知らない?」
円卓にて少し酔ったラーナさんのその問いに私は戸惑いながら答えた。
「う、うん。アイツの事はよく知らないわ……聞いても教えてくれないし」
横ではシュネーちゃんが美味しそうにマスターから出されたお肉を食べている。やはりグリフォンである。だがその美味しそうな笑みにマスターも自分の子供を見るような微笑みを浮かべてジュースを横にそっと置いている。
「……ロイヤリーのやつ。変な所で意地張って……いや、違うな。ヤコちゃん、一つ質問してイイかい?」
ブツブツと呟いていたラーナさんが不意にこっちに向いて問いかけてくる。妖精用の小さなグラスから口を離して返す。
「は、はい。なんでしょう?」
「……ロイヤリーと会った時の事を、覚えているかい?」
「アイツと会った時の事?そりゃもちろ……」
ん、と言いかけてふと疑問に思う。
確かにロイヤリーと私は仲がいいと思う。私が追っかけて、ロイヤリーが逃げて。冒険者ギルドで一緒に依頼書を見て、討伐も採取も手伝って。
だけど、それが『いつからなのか』が思い出せない。例えるなら、それがさも当然のように私が横にいた、という感じだ。そこに理由など無いような感じで。
「……思い出せない。私、ロイヤリーと仲が良いけど会った時の事、いつから一緒にいたのか、思い出せない」
「……やっぱりね」
そうだと思ったよ、と言った感じで頷きながらラーナさんがまたグビっと一気にいく。その言葉に疑問を覚える。
「やっぱり?ラーナさん、何か知っているんですか?」
手でツマミをパクッと口の中に入れて咀嚼し、飲み込むと顔を上に向けて言う。
「んー、知らないといえば嘘になるけど……正直会った時の事は本当に分からない。でも、ヤコちゃんはずっと昔から……そう、本当に昔から付き添っていたよ。
いいコンビだ。今はロイヤリーを叩き起こしたりウチのギルドに連れてきたりして貰って大変だろうけど、昔は違ったよ。戦線に立てばヤコちゃんとロイヤリーの姿を見ただけで逃げる兵士が居たぐらいさ」
そう言ってマスターからもう何杯目か分からないお酒をまた飲む。私もグラスのジュースを飲んで考える。
(……戦線、兵士?でも私は騎士の仕事なんてした事ないし……冒険者の仕事でそういうのがあった?いやでもそういうのって騎士の仕事よね、うーん……)
考えていると、つんつん、と横からつつかれる。
「ヤコお姉ちゃん、お肉いる?美味しいんだよ!」
見ればシュネーが口周りに食べカスを付けながらも美味しそうに細切れにしたお肉を差し出してくれている。私は傍の布巾を風で移動させるとそっとシュネーの顔を拭く。
「食べカスが付いているわよ、シュネー。でも美味しそう!私にくれるの?」
「うん!美味しいものは皆で一緒に食べた方がいいっておじいちゃんが言ってた!」
「おじ……?」
ふと横を見るとマスターが手を振っている。なるほど、おじいちゃん。ありがとうマスター。
パクッと食べさせてもらうと、確かに美味しい。お酒用ならもっと濃い味付けなのだろうが、私とシュネーはジュースだからそれを考慮して味が変わっているようだ。
「これは……何のお肉かしら?とても美味しいけれど……」
その問いにほっほ、とマスターが笑いながら答える。
「それはウチのとっておき、一級イノシシから取れたお肉ですよ。……本来はラーナさんに出す予定だったのですが、ラーナさんがお二人にも分けるように、と」
そう言うとラーナさんが大声で言う。
「とーぜんだろー!?あいつが、あいつが連れてきた客だぞぉ〜!?更にこのシュネーちゃんときたらロイヤ……アイツに見定められて契約してるんだぞ〜!多分!」
「主様に見定められて契約されると、何かあるの?」
シュネーちゃんが問いかける。それは私にも想像がつく。同じ事をラーナさんも考えているだろう。それは……
「あいつはなぁ!目が良いんだ!いや、カンも何もかもがいい!もしシュネーちゃんが人化できても普通のグリフォンだったら住処に帰るように言ったかもしれん!
けどアイツは契約した!それはアイツの目がシュネーちゃんには何かあるって事だ!
ま、それに!こんな高い肉、私一人で食ったところでつまらないしな!わっははは!」
そう、目がいい。それは知っていた。
そうだ、私もその目で……
(……その目で?その目で……何……?)
見定められたのだろうか?私の中に何か一瞬だけ浮かんだ言葉を紡ぐことが出来ない。
それにラーナさんは昔、とも言っていた。試しに自分自身に魔法をかけてみる。
(強調詠唱、ディスペル)
強調詠唱は高い魔力と引き換えに、その魔法の効果を高める効果を持つ。
妖精は元々魔法に長けた種族。魔力量も多く、こういった強調詠唱、後は単純に数を増やす多重詠唱も得意だ。
しかし、ほんの僅か、僅かに何かに触れた瞬間に消し飛んだ。
「……ウソっ!?」
その言葉にシュネーが首を傾げ、ラーナさんがこちらを向く。
「どうした?ヤコちゃん」
「ラーナさんの言っていた昔が気になって、もしかして何か封印魔法でもかけられているんじゃないかって思って強調魔法でディスペルを使ったんですけど……とても強い魔法で覆われていて、私の魔力の大半を使ったのにヒビすら入らない……」
あぁ……と納得した顔をしたラーナさんが答える。
「……確かに、ヤコちゃんには魔法がかけられているよ。一種の記憶操作だね。
ただ、それをかけた奴は妖精よりも、どの知能を持つ生物よりも魔法に精通していた。オマケにタチの悪いロックまでかけてある」
「タチの悪いロック……?」
その言葉に呆れたように頷くラーナさん。私に呆れているのかと思ったが、違った。
「……その魔法をかけたやつはね。ヤコちゃんがこの事で落ち込まないように。ポテンシャルを失わないように。『その魔法に干渉した』記憶だけを消す術式を込めているのさ。
アタシは仮にも《数者》だから情報管理の観点から対象に外されているけど、少なくともこの店にいる人やシュネーちゃんは……宿に戻る頃には『楽しく飲んで食べた』記憶しかなくなるよ。ヤコちゃんに魔法をかけられている事なんて、この場はアタシ以外だーれも覚えてやしない」
それは優しさか、残酷か。
何故私にそんな魔法をかけられているのか。
誰がそんな魔法をかけたのか。
疑問は浮かぶがラーナさんの最後の言葉を思い出してマスターに言う。
「……忘れちゃうなら良いわ!それよりも楽しく飲んで食べる記憶を残すわ〜!マスターさん!アタシにもジュースもう一杯!」
「おっ!そうだそうだ!それでいい!マスター!全額アタシが持つから好きなだけ二人にも飲ませて食べさせてやってくれ〜!」
その横でシュネーが、少し悲しそうな顔をしながら言った。
「……その魔法をかけた人、悲しくないのかな。だって、魔法をかけた人すら忘れられるのに」
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