失われた数字
「あらぁ!おかえりなさいロイヤリー!……あら?今度こそナンパかしら!?」
青い鳥に帰ると、ダグザが高い声できゃー!と言いながら近寄ってくる。手を横に振って否定する。
「違う違う。今日昼間、たまたまぼったくりに遭遇したのを助けて、ダグザさんとアルトの姐さんの話をしたら来たいって言ってくれた人だよ」
その言葉に彼はまぁ!と手を合わせながら喜びの表情を浮かべる。
「嬉しいわぁ!アタシ達の事知ってもらえているなんて!それなら自己紹介しなきゃね!元《数者》、《アウトナンバー》のダグザよ〜!貴女のお名前も聞かせて頂戴?」
そのフランクな問いかけにもミュルはガッチガチに緊張している。
確かに考えれば当然だ。目の前には号外まで飛ばされた猛者。それを本人の方から名乗ってしまったのだから、後から名乗る一般冒険者としては緊張せざるを得ないだろう。
「は、はい!ミ……ミュルって言います!昼間にマジックバッグの詐欺にあった所をロイヤリーさんに助けて頂いて……!
……あの!ダグザ様に会えて私感動です!憧れの《数者》の中でも、その上位界に居たおひとり!『豊穣』の二つ名で、土魔法と植物の扱いに長けた冒険者様!」
「あらぁ!よく知っているのね〜!アタシ嬉しいわ!……あっ!そしたら姐さんも知っているわよね!?アルトの姐さん!」
ダグザは本当に嬉しそうに目の前のミュルの手を握っている。実際嬉しいのだろう。
ダグザはオカマではあるが、実際の所『人や植物、果てに魔物。全ての生に感謝を』をモットーに生きてきた人好きだ。そんな人がファンと言われて嬉しくないわけが無い。
「は、はい!知っています!『無限』のアルト様……!剣術や武術もさながら、それを大量の見分けがつかない魔法体に行わせる事により一人で敵国軍を退けたお方!まるで魔法体一人一人がアルト様本人かのように堅く、靱やかに、強力でその力から『無限』と呼ばれたお方!」
(……やたらめったら詳しいな。いや、二人がそれだけの人だったって事だ)
ロイヤリーが感心していると、奥からその大声に引き寄せられたのかアルトが出てくる。
「おや、昔の話をしてるじゃないか。……ん?ロイヤリー。ヤコちゃんとシュネーちゃんは?」
「あー、あの二人はラーナさんに預けて今『円卓』にいるよ。どうも俺はあそこで飲むには居心地悪くてね」
その言葉に、そうかい。とだけ返したアルトは奥から酒を持ってくる。
「お嬢ちゃん、お酒はいけるかい?」
「は、はい!呑めます!」
「じゃあロイヤリーが連れてきた折角のお客さんだ。いい物と話をしてあげよう」
お前も飲むか?とばかりに視線を向けられたが、どうも飲む気になれない。
-卑しい裏切り者-
(……俺のした事は、本当に正しかったのか?)
酒場で吐かれた単語に対して思い耽りながら、アルトに返す。
「……いや、疲れたから先に寝るよ。今日ははぐれグリフォンの依頼でラーナさんから色つけて貰ったし、何ならラーナさんが送ってくれるからそのまま払ってくれるんじゃないかな」
「アンタのお気に入りかい?この子は」
その言葉にはハッキリ答えないと後から圧力がかかりそうな気がする。
「別に恋愛的な意味じゃないさ。ただ……俺の見立てが正しければミュルはいい筋をしているはずだよ。多分、ね」
そう言って俺は静かに部屋へと戻った。
「さて、お嬢ちゃん……いや、ミュルちゃんか。王都にきて何年ぐらいだい?」
目の前には天上のお方が二人、フランクに話しかけてくる。私ミュル、今日凹んだりアガったりで喜怒哀楽が凄まじい事になっております。
「え、ええと……ついこの前です。二ヶ月ぐらい、ですかね。その前は南の街で冒険者をしていました」
「南!いいわよねぇ〜!暑いけどアソコでしか味わえないトロトロの完熟フルーツに海産物……うんうん!アタシも久しぶりに行ってみようかしら!」
トクトクトク……と注がれる酒。既に喜びと緊張で溢れている私の思考。どうぞ、と出されたお酒を一口飲む。
「……美味しい!」
それは甘みが強いお酒だった。辛口も好きだが甘口も好きだ。口に含むと少しだけトロっとした舌触りとそこから出る芳醇な香り。そして何よりも飲み込んだ時のくどくない甘さ。なるほど、これが《アウトナンバー》のお二人の店……!
「でしょう?アルトの姐さんもいいモノ出したわね〜」
「当然でしょう?ロイヤリーがスジが良いって言うんだ。あのロイヤリーがだよ?そうしたら祝うしかないじゃないか」
その言葉にふと気になることがあって、お酒をもう一口飲んでから聞いてみる。
「あの、ロイヤリーさんにスジがいいって言われてどうしてそこまで……?」
その問いにアルトさんが何やら肉を和えたツマミを出してくれながら答える。
「ロイヤリーの目は本当に良くてね。視界だけじゃない。透視、千里眼、果てにはその人の素質さえ見抜く。だからロイヤリーにスジが良いって言われたミュルちゃんは、努力すれば必ず伸びる」
「……《アウトナンバー》の実力者のお二方にそこまで言われるロイヤリーさんって、一体……タダの冒険者、って言っていたのに……」
その問いに似たような呟きに、ダグザさんが質問してくる。
「ミュルちゃん、ここ数年《数者》って実は今九十九人しかいないのよ。知ってた?」
「……えっ?」
それは初耳だった。《数者》は百人が定員。それ以上でもそれ以下でもないというのが常識だったからだ。
「そうよね。そうなるわよね。じゃあ重ねて質問しちゃうわ。空いている数字……つまり序列ね。何番目だと思う?」
その問いに少しだけ考えて答える。
「……百、じゃないのですか?新人を振り落とすため、とか……」
その問いにアルトさんがふるふると首を振る。
(……低すぎた?)
その考えが過ぎる。しかし、アルトさんから言われたのは衝撃の番号だった。
「……空いている序列は『一位』。つまり、王の警護から最前線での戦い。あらゆる《数者》の中でも最高の位よ」
「な、なんでですか!?王様の警護とか、それこそ序列二位の人が……」
その問いにもふるふると首を振られる。今度は代わりにダグザさんが説明してくれた。
「……序列一位の人はね。強すぎたの。アタシだってアルトの姐さんだって鍛錬を怠ってなんてないし、現役で挑んだ事もあったわ。……けど、どんな手を使っても、どんな人数相手でも適わなかった。例えそれが序列二位の人でも、ね」
「……」
あまりに人間離れしている。そんな、そんな人がこの世にいるのだろうか。
いや、居たのだ。この人達は嘘をつく人じゃない。
「けど序列一位の人はね。数年前に王の側近から数人の《数者》、それに数多の騎士や冒険者を殺したわ。それを裏切りだと思った人々は序列一位を追放して、それ以来その席は呪われた席として空白のまま。
アタシ達は失われた数字、《ロストナンバー》ってその一位の事を呼んでいるわ」
「……そんな、王の側近で圧倒的な実力の人が……どうして……」
その問いには答えられないとばかりに酒とツマミが出される。
「……暗い話になっちゃったわね!楽しく呑みましょ!」
そう言ってダグザさんが横に座って飲んでいる。甘口故にドンドン飲めてしまう。
でも私はその質問が、どうしても脳内に残るのだった。
いつよ読んでくださりありがとうございます!