ミュルの大勝利
日が落ちた頃。しっかりとしたマジックバッグを手に入れてムフフ、と乙女にあるまじき顔をする。
私の名前はミュル。警備局で返金手続きをして貰い、全額戻ってきたところで今度は警備局の役員さんにお勧めされた店に行ってきた。
その店のバッグは質が良く、普通に買えるバッグでも今のより良い物が取り扱われていた。けれど……。
(やっぱり冒険者たるもの、冒険しなきゃ!)
そう奮起してクジ引きに挑戦。店員さんに持ってきてもらった箱から無造作に一つ取り出すと……。
そこには金色に輝く、一等の証が握られていた。
「大当たり~!お客様おめでとうございます!」
「えっ、あっ!金色!やったぁぁ!!」
周りの騎士や冒険者、それに店員からも拍手を受けながら一等のマジックバッグを貰う。
「おぉ……とっても軽い!」
なんと言っても持った時の感触が違う。高級な布でも使われているのだろうか。これなら長時間背負っていても疲れが溜まりにくそうだ。
「そうでしょう!更に容量もそこらの商品とは比較になりません!何よりも……」
「な、何よりも……?」
ゴクリ、と唾を飲み込んで次の言葉を待つ。
「この布地!なんと防水加工の技術が使われております!これで急な雨の日は当然、酒場で急にお酒をかけられたり水溜まりに間違って足を踏み入れても水滴一つ付かない代物です!」
「おおぉーっ!」
防水加工。簡単故に分かりやすい。
テントでキャンプしていて間違えて水を零してバッグがダメになる……なんて事も無くなるわけだ。これは大切にしなければいけない。
「ありがとうございます!」
「ご当選、改めておめでとうございます!良き旅路がそのバッグと共に訪れますように!」
欲望と羨望の視線、それと祝福の視線に囲まれながら店を出た。
それからは必要な物の買い出し、前のバッグを冒険者ギルドで引き取ってもらい、代わりにスンを貰う。
「いっけない!そろそろ宿に戻らなきゃ……!」
時間を確認すれば既に夜の九時は過ぎている。浮かれすぎて時間を忘れていた。
大急ぎで宿に向かおうとすると、その途中で今日の……ひいてはこの冒険者生の中でも感謝してもしきれない人が一人黄昏ていた。
「ロイヤリーさん!」
「ロイヤリーさん!」
物思いに耽っていた所を急に呼ばれ、ふと振り向く。そこには昼間見た少女が居た。
「あぁ、昼間の……ええっと、名前は……」
「ミュル、ミュルと申します!あの後お陰で無事に新しいバッグを買えたんです!しかも一等の!」
じゃーん!とばかりに背中から外して見せてもらうと、なるほど。確かにいいバッグだ。
「ミュルさん。いいバッグを買えてよかったね。……うん。こんな綺麗な防水加工付きなんて中々お目にかかれない」
「そうなんです!これ背負ってても本当に軽くて……って、あれ?何で防水加工してあるって分かったんですか?」
そう問いかけられるとつんつん、と自身の目をつつく。
「目はいい方なんだよ。……それはそうと、そろそろ宿に戻らなきゃ行けないんじゃないかな?」
冒険者の宿は基本いつでも開いているが、冒険者の体力は無限ではない。次の日のために体力の回復は必須と言えるだろう。
「はい!けど、ロイヤリーさんを見かけたのでお礼がしたくて……。……あれ?あの、妖精さんは?」
ヤコの事だろう。確かに目立つから居ないと心配されても仕方がない。
「今、俺の旧友に酒場に連れて行ってもらって飲んでるよ」
「へぇーっ!そうなんですね!……あれ?じゃあロイヤリーさんは何で一人なんですか?」
その問いに自分でも清々しい程の笑顔を浮かべて答える。
「居心地悪くなっちゃったから」
「……そんな場所にヤコさんを残して大丈夫なんですか?」
ミュルは若干怒っているのか、不満げな声だ。けれどあの酒場なら心配はない。
「大丈夫。ギルドマスターのラーナさんも付いてるし、酒場って『円卓』だから」
「……あ、え、円卓ぅぅ!?って言うかその口ぶりだとロイヤリーさんの旧友ってギルドマスターの……!」
あ、しまった。と口を滑らせた後悔が湧いてくる。しかしここで変に誤魔化すのも相手に失礼だ。正直に答えるしかない。
「そそ。冒険者ギルドマスターで《数者》のラーナさん。……意外だね、ミュルさんも『円卓』の事知っているんだ」
ここで話題をズラす。これ以上追求されると面倒くさそうだ。それに、あの酒場が一般的にどんな扱いを受けているのかも知りたい。
「それは勿論知っていますよ!ティタスタ王国のお偉いさんがたや名高い騎士や冒険者、それになんと言っても《数者》様達が出入りするって!中は見たことありませんけど、一度でいいから入ってみたいなあ……」
(なるほど。存在は認知されているけれど周りが偉すぎて普通の人は入れない……と言った印象なのか)
ロイヤリーは納得しつつ、一つ提案をする。
「そうだ。宿一泊分遅くなるかもしれないけれど、俺が懇意にしてる宿で飲むかい?酒も飯も、普通のジュースも美味しいよ。なんたって《アウトナンバー》二人が経営してるからね」
その言葉にピクっと反応するミュル。その目はキラキラと輝いている。
「《アウトナンバー》の人に会えるんですか!?それは是非行ってみたいです!今日一泊ぐらい宿は帰らなくても大丈夫ですし、そっちの方が貴重です!」
「そう言って貰えるとアルトの姐さんもダグザさんも喜ぶだろうよ。じゃあ案内するから着いてきて」
歩きだそうとして、ふとミュルが何か聞きたそうにしているのに気づく。足を止めて問いかける。
「……どうかしたか?」
「あの……アルト様とダグザ様って聞いた事あります。『無限』のアルト様と『豊穣』のダグザ様。お二人共《数者》の中でも強力だったのに、数年前に突然辞められて……号外の新聞が飛んだのを覚えてます」
「……」
そこまで噂になっていたのか、と再確認させられる。あの二人は確かに強い。今でも現役復帰させてくれ、と言えば顔パスで通れる程には。
「ロイヤリーさんは……なにかご存知ですか?その、辞めたきっかけとか……」
「うーん?俺はちょっと顔の広い冒険者だから、《数者》とかの込み入った事情は知らないかな……ごめんね」
その言葉に慌ててミュルは歩幅を詰めてくれながら言う。
「そ、そうですか。そうですよね……。変な事聞いてごめんなさい。なんか、ラーナ様といいお二人といい、まるで元《数者》だったような……そんな気がして」
「はは、まさか」
その返しにチクリと胸が痛みながらも、太陽の沈んだ街の外へと歩き出した。
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